イズーナ
深い森を抜けた先に、イズーナはあった。
空を覆い隠すほどの巨木が町の至る所に根を張っていた。
人々は木を無闇に伐ることはない。
家々は巨木を避けるように、あるいは寄り添うように建てられている。
道もまた、森を切り裂かず木々の隙間を縫うように続いていた。
家々を結ぶ橋や小径には蔦や色鮮やかな花々が自然と絡みつき、人々の営みと森の息吹が違和感なく溶け合っている。
まるで町そのものが、森と共に生きているかのような場所だった。
お昼過ぎにはイズーナにたどり着いた。
『イズーナへようこそ!』
リリーが嬉しそうに紙を掲げた。
「ここがイズーナ?良い場所だね」
森林の香りを胸いっぱいに吸い込み、吐き出してから言った。
『何もない場所だけどね』
リリーが照れくさそうに紙を見せてくる。
「これからどうする?」
パッと振り返ってスピレアの方を見るもグラッドの背中に隠れてしまう。
「精霊教会に行きましょうか?」
グラッドがやれやれといった様子でスピレアの動きを目で追いながら言った。
「森と一緒に生きてきたって感じだな」
精霊教会の姿に、思わず感嘆の声が漏れる。
『この森は、イズーナの誇りなの。ありがとう』
リリーは少し照れくさそうに微笑みながら、紙を差し出してくる。
そして、教会の扉の前へ向かうと
コン、コン、コン。
扉をノックする。
しばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。
「あら? リリーちゃんにアイリスちゃんじゃない!」
扉の向こうから現れたのは、シスター服を身に纏った中年の女性だった。
二人の姿を見るなり、嬉しそうに顔をほころばせる。
「帰ってきたのね。こんなところで立ち話もなんだから、さあさあ、中へお入りなさい」
そう言うと、リリーとアイリスの背中を優しく押して中へ促す。
「あら?」
その時、ようやくこちらの存在に気が付いたようだった。
「そちらは?」
不思議そうに首を傾げる。
「私は、精霊術師のスピレアです」
スピレアが一歩前へ出る。
「そして、こちらがグラッド、ローレル、ルドベック、アスターです。本日は、木の精霊様へ祈りを捧げたく、お伺いしました」
丁寧に頭を下げる。
「あらあら、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ」
シスターは微笑みながら、スピレアを見つめる。
その視線は、まるで成長を見守る親のように温かかった。
「今は神父さんが少し席を外しているのだけど…」
そう言って少し考える。
「まあ、いいわよね」
すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃいな」
そう言って、手招きをする。
「えっ…でも…」
予想外の対応に、スピレアは戸惑ったように足を止める。
「ああなっては、無理だぞ」
アイリスが小声でスピレアに耳打ちした。
「そんなに遠慮しちゃって…可愛いんだから」
すると、いつの間にかシスターが扉の外まで戻ってきていた。
「大丈夫よ。大丈夫」
そう言いながら、優しくスピレアの背中を押す。
「あなたたちも、もちろんいらっしゃいな」
そして、扉の隙間からひょこりと顔を出し、手招きをした。
「リリーちゃんはね、昔から本当に優しい子だったのよ」
精霊の間へ向かう廊下を歩きながら、シスターは懐かしそうに語り始めた。
「でもね、少し引っ込み思案なところがあって。そんな子が『精霊術師になって世界を平和にする』なんて言い出した時は、私も驚いたものよ」
『昔からお世話になっています』
リリーが照れくさそうに紙を見せる。
「ふふっ、今でも変わらず可愛い子ね」
シスターは嬉しそうに笑った。
「それからね。アイリスちゃんはね、昔から真面目でしっかり者だったのよ。いつもリリーちゃんのことを気に掛けて、一緒にいてくれてね」
「…」
「それに、無口で格好いいって、女の子たちから結構人気だったのよねぇ」
「シスター!」
アイリスが珍しく慌てた声を上げる。
「その話は恥ずかしいからやめてくれ!」
「あらあら、いいじゃない。昔の話なんだから」
シスターは楽しそうに笑う。
精霊の間へ着くまでの廊下は、そんなシスターによるリリーとアイリスの過去暴露大会が続いていた。




