魔物落ち
ローレルの勉強会は、夜まで続いた。
何とか、カンニングペーパーを使えば精霊文字を読める程度にはなった。
そして、その後はリリーとアイリスとの出会いを祝う宴が開かれた。
皆、それぞれ好きな料理に舌鼓を打ち、思い思いのペースで酒を楽しむ。
騒ぎ立てる者も、飲み潰れる者もおらず、穏やかで満足感に満ちた宴となった。
こうして、賑やかな夜は、何事もなく無事に終わりを迎えた。
一行全員での帰り道。
「…グラッド、少しいい?」
グラッドの隣まで歩み寄り、真剣な表情で小声で声をかけた。
話したいことは二つある。
一つは、魔物落ちについて。
もう一つは、カルタムのネックレスについてだ。
「…いいわよ。少し場所を変えましょうか」
グラッドは黙ったまま、こちらの顔をじっと見つめる。
そして、何かを察したのか、すぐにそう提案してくれた。
スピレアとローレルは、アイリスやリリーとの会話に夢中になっている。
こちらの様子には気付いていないようだった。
一方で、ルドベックはこちらが抜けようとしていることに気付いたらしい。
目が合うと、彼は何も言わず、小さく頷いた。
きっと、ルドベックも察してくれたのだろう。
その気遣いを無駄にはできない。
小さく礼をするように頷くと、気付かれないようにグラッドと二人で列を離れた。
列を抜けると、グラッドとは言葉を交わすことなく、静かな石畳の道を歩いた。
グラッドに続いて向かったのは、昼間に登った教会へ続く石段だった。
夜の静けさの中、二人分の足音だけが響く。
やがて石段へ辿り着くと、グラッドと並んで腰を下ろした。
しばらくの間、どちらも口を開くことはなかった。
「…昼間のことよね?」
重苦しい沈黙を破るように、グラッドが静かに口を開いた。
「ああ」
俺は懐から、カルタムのものと思われるネックレスを取り出す。
「これ…カルタムのだよな?」
「ええ。それはカルタムちゃんのものよ」
グラッドは一切迷うことなく答えた。
だが、その一言だけでは到底納得できなかった。
胸の奥から、抑えようのない苛立ちが込み上げてくる。
「じゃあ、どうして魔物がカルタムのネックレスを持っていたんだよ!」
気付けば、声は自然と荒くなっていた。
グラッドはしばらく黙り込むと、ふっと視線を逸らし、小さく息を吐く。
「…カルタムちゃんは、魔物落ちしたのよ」
「…魔物落ち?」
また、その言葉だ。
何度聞いても意味が分からない。
知らない言葉で煙に巻かれているようで、胸の奥の苛立ちはさらに膨れ上がっていく。
「魔物落ちって、一体何なんだよ!!」
俺は勢いよく立ち上がり、グラッドの正面へ歩み寄る。
思っていた以上に大きな声が響き渡り、自分自身が一番驚いていた。
「…落ち着いて。アタシだって、はぐらかしたいわけじゃないのよ」
グラッドは困ったように眉を下げ、どこか悲しみを滲ませた表情で静かに言った。
「ただ…魔物落ちには、良い思い出がないのよ」
その声は、ひどく寂しげだった。
過去に、何かあったんだ。
そう悟った瞬間、胸を満たしていた怒りは、すっと冷めていく。
「…ごめん」
気付けば、謝罪の言葉が口をついて出ていた。
「いいのよ。気にしないで」
グラッドは寂しさを隠しきれないまま、それでも優しく微笑む。
そして、小さく息をつくと、決心したようにこちらを見つめた。
「…ちょうどいい機会ね。魔物落ちのことと、アタシの過去について話してあげるわ」
グラッドの過去の詳細につきましては
短編小説
『 街の英雄と呼ばれた男がアタシになるまで』
をご参照ください。




