エヒメア
馬車の荷台でルドベックの説教を聞かされ続けること、丸一日。
翌日の昼前、ようやく目的地であるエヒメアの街が見えてきた。
エヒメアは、ツチガルド山の麓に築かれた岩の街だった。
目の前に広がるのは、巨大な岩山をそのまま削り出して造られた街並み。
石を積み上げた家はほとんど見当たらない。
山肌には無数の窓や扉が穿たれ、崖に沿って段々畑のように石造りの住居が連なっている。
まるで、一つの巨大な岩山そのものが街へと姿を変えたかのようだった。
さらに視線を上げる。
街の背後には、岩肌をむき出しにした雄大な山々が連なっている。
その中央でひときわ大きくそびえ立つのが、この地の象徴。
ツチガルド山だった。
街へ近づくにつれ、人々のざわめきが風に乗って聞こえ始めた。
何かあったのだろうか。
また祭りだといいな。
そんな楽観的な期待を胸に抱いていると、不意に馬車が止まる。
ガタンッ、と荷台が揺れた。
御者が街の門番らしき人物と二言三言言葉を交わしたあと、申し訳なさそうな表情で荷台の後ろへやって来た。
「旅の方々。街に魔獣が現れたそうです。この先は危険ですので、入らないほうがよろしいかと…。いかがなさいますか?」
その言葉を聞いた瞬間、スピレアが静かに立ち上がる。
胸元のネックレスが陽の光を受けてきらりと輝いた。
「私たちは精霊術師です」
穏やかな声だった。
だが、その瞳には揺るぎない覚悟が宿っている。
「魔獣が現れたのなら、討伐するのが私たちの役目です。どこにいるのか教えていただけますか?」
その言葉に、御者は目を丸くする。
やがてネックレスへ視線を落とすと、慌てて深々と頭を下げた。
「精霊術師様でしたか。これは大変失礼いたしました」
頭を上げた御者は、街の中心にそびえる巨大な岩山を指差す。
「あの頂上の広場で、すでに別の精霊術師様が魔獣と交戦しているそうです」
互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。
次の瞬間、一斉に荷台から飛び降りる。
目指すは、岩山の頂上。
街中の喧騒をかき分けながら、広場へ向かって駆け出した。
息を切らしながら、長い石段を駆け上がる。
一段、また一段。
頂上が近づくにつれ、金属がぶつかる音と轟音が鮮明になっていく。
やがて視界が開け、広場が姿を現した。
その中央では、巨大な魔物と二人組が激しく交戦している。
魔物は人型だった。
しかし、その全身は岩の鎧のような硬質な外殻に覆われ、人とは思えない威圧感を放っている。
よく目を凝らす。
岩の隙間には、白と黒の衣服だったと思われる布切れが、上半身と下半身にかろうじて引っ掛かっていた。
まるで、人の内部から岩が出てきたような、不気味な姿だった。
その時だった。
魔獣の首元で、何かが陽の光を受けてきらりと光る。
赤色の魔石が一つ埋め込まれた五芒星のネックレスだ。
その先には、半分に割れた五芒星のキーホルダーが揺れている。
あれは…
胸がざわつく。
カルタムへ渡したはずのキーホルダーによく似ていた。




