出航
旅立ちの日の朝。
宿をあとにし、港へ続く石畳の坂道を一緒に歩き始めた。
潮風を感じながら坂を下る道中でも、昨日と変わらず屋台を見つけては立ち寄り、気になるものを買い食いする。
そんな寄り道を繰り返しながら、一行はゆっくりと船の停泊所へ向かった。
港には、黒漆塗りの船が静かに停泊していた。
二本の帆柱に白い帆を畳み、船体は海水を吸ったような深い黒色に染まっている。
全長は二十メートルほど。
甲板では船員たちが慣れた手つきで荷を積み下ろし、樽や木箱が次々と岸へ運ばれていく。
船首には、荒れ狂う波間から姿を現す巨大な蛸をかたどった木彫りが据えられ、その瞳には青く輝く魔石が埋め込まれていた。
船尾からは細く白い蒸気が立ち上る。
「おう! 待たせたな!」
停泊所へ着くと、一昨日出会った船乗りが大きく手を振って迎えてくれた。
「さあ、乗んな! エヒメアまで連れてってやる!」
船乗りは親指で船を指し示すと、そのまま軽い足取りで乗り込んでいった。
置いていかれないよう、その後に続いて船へ足を踏み入れた。
船内へ足を踏み入れると、木の香りと潮風が混ざった匂いが鼻をくすぐった。
床も壁も飴色の木材で造られ、太い梁が天井を支えている。
通路は大人二人がすれ違えるほどの広さしかなく、壁際には荷を固定するための縄や金具が整然と並んでいた。
船底では魔導機関が低く唸り、まるで生き物の鼓動のような振動が船全体へ伝わってくる。
客室は質素だった。
広い一部屋に木の床が広がり、壁際には薄い敷布団や毛布が等間隔に並べられている。
仕切りはなく、乗客全員が同じ部屋で休む雑魚寝部屋だった。
出港して間もなく。
ローレルの顔色がみるみる青ざめていった。
「あ、あーし…もう無理かも…」
口元を押さえたローレルは、ふらつきながら立ち上がると、そのまま慌てて客室の外へ飛び出していく。
どうやら、盛大に船酔いしてしまったらしい。
「大丈夫かしら…」
グラッドが苦笑混じりに呟き、一行の間にも小さな笑いが広がる。
その時だった。
ドォンッ!!
腹の底まで響く衝撃音とともに、船体が大きく揺れる。
「うわっ!」
思わず手すりへ手をつく。
間髪入れず、警鐘がけたたましく鳴り響いた。
「敵襲! 敵襲!」
船員たちの怒号が甲板へ響き渡る。
互いに目を合わせ、小さく頷くと、一斉に客室を飛び出した。
甲板へ駆け上がり、海へ目を向ける。
船の周囲には、小型船が何隻も波を切りながら迫っていた。
右に三隻。
左にも数隻。
ぐるりと見回すと、合計七隻の小型船がこちらを取り囲んでいる。
その船影を見た瞬間、思わず目を見開いた。
「あれは…」
見覚えがある。
プラスチック製のジェットボートによく似ていた。
小型船へ視線を向ける。
そこには、白髪に赤い瞳をした人影が乗り込んでいた。
アインシュ族だ。
その瞬間、拡声器を通したように割れた大音声が、海一面へ響き渡る。
「精霊術師を渡しなさい! そうすれば、危害は加えないわ!」
聞き覚えのある声だった。
「バゥ!」
続いて響いたのは、犬のような鳴き声。
その声に導かれるように先頭の小型船へ目を向ける。
そこには、ジェットボートの船首に立つフランネルと、その隣で尻尾を振るクロマルの姿があった。




