宴会
一行は、夕食を求めて港町の酒場へ足を運んだ。
店内には、職人や船乗りたちで賑わうカウンター席と、団体客向けの座敷が設けられている。
威勢のいい店員の声と、客たちの笑い声が飛び交い、活気に満ちていた。
店へ入ると、座敷へと案内された。
座敷へ案内されると、男女で向かい合うように腰を下ろした。
女性陣は、壁際からスピレア、グラッド、ローレル。
男性陣は、壁側にルドベック、その隣に座った。
グラッドが女判定なことに慣れつつある自分が少し嫌になった。
座布団へ腰を下ろす。
だが、俺の気になっていたのは、メニューではなかった。
「お酒って何歳から飲めるんだ?」
真顔で尋ねる。
その瞬間。
場に、何とも言えない微妙な沈黙が流れた。
…どうやら、聞く順番を間違えたらしい。
そんなことを考えていると、スピレアが苦笑を浮かべる。
「十八歳からだよ」
そう言って、優しく教えてくれた。
その横で、グラッドの目がきらりと光る。
「アスターちゃんって、いける口?」
獲物を見つけたように身を乗り出し、期待に満ちた表情で聞いてきた。
「た、たぶん?」
その圧に気圧されながら答える。
「そう」
グラッドは満足そうに頷くと、今度は視線をローレルへ向けた。
「ローレルも飲めるわよね?」
「あ、あーしは、まだ成人したばっかだから…」
ローレルは引きつった笑顔を浮かべながら、そっと距離を取ろうとする。
しかし、一歩遅かった。
グラッドがにっこりと笑い、肩をがっちりと組む。
「大丈夫よ。安心しなさい」
耳元で優しく囁くその笑顔は、なぜか妙に怖かった。
「大将! とりあえず、これをお願い。それと、この甘いお酒にコップを四つ。あと、氷とお水も持ってきてちょうだい。それから――」
グラッドは店員を呼び止め、慣れた様子で次々と注文していく。
文字が読めないので、何を頼んでいるのかさっぱり分からない。
だが、ルドベックとローレルは顔を引きつらせ、スピレアはおろおろと落ち着かない様子でグラッドを見つめている。
その反応だけで十分だった。
これは、絶対にダメなやつだ。
しばらくすると、店員が料理と飲み物を次々と運んできた。
テーブルの中央には、アジ、サバ、ブリ、タイ、カレイが並ぶ五種の刺身盛り。
その隣には、一升瓶と鮮やかなオレンジ色の酒が置かれる。
グラッドは待ってましたと言わんばかりに瓶を手に取ると、四つのグラスへ氷を入れ、手際よく水割りを作り始めた。
その様子は、あまりにも慣れたものだった。
どうやら、飲み物を選ぶ権利は、最初から存在しなかったらしい。
「お待たせ」
グラッドが、コトッと音を立てて俺の前へグラスを置く。
嫌な予感しかしない。
思わずルドベックとローレルへ視線を向け、助けを求める。
しかし、返ってきたのは、二人からの「助けてくれ」と言わんばかりの視線だった。
アルハラという言葉は、異世界転移出来なかったようだ。
「それじゃあ、火の精霊様のご加護を無事に授かったことと、これからの旅の無事を祈って…乾杯!」
グラッドの音頭に合わせ、それぞれがグラスを掲げる。
「乾杯!」
軽やかな音を立ててグラスがぶつかり合う。
「ふぅ…いいわぁ」
全員とグラスを合わせ終えたグラッドは、一気に酒を飲み干した。
頬を緩め、恍惚とした笑みを浮かべている。
「あら? 遠慮しないで飲みなさいよ」
まだグラスに口をつけていないこちらに気づくと、グラッドは当然のように空いたグラスへ次の酒を注ぎ始めた。
思わずルドベックとローレルを見る。
二人とも、覚悟を決めたような顔をしている。
互いに目配せを交わし、小さく頷いた。
ええい、ままよ!
勢いよくグラスをあおる。
口いっぱいに広がったのは、麦焼酎だった。
麦のほのかな甘みと、鼻へ抜ける力強いアルコールの香り。
「うまい」
思わず本音が漏れる。
しかし、味わう暇すら与えてもらえなかった。
「あら? いい飲みっぷりね。惚れちゃうわ」
グラッドはにっこり笑いながら、間髪入れずに次の酒を注いでくる。
「うっ…具合が…」
その一言に背筋がぞわりと粟立ち、思わず口元を押さえた。
「失礼しちゃうわね」
グラッドは唇を尖らせ、不満そうにこちらを睨んだ。
その時だった。
「おう、旅の人たち! もしかして、精霊術師様御一行かい?」
陽に焼けた肌をした地元の男が、カウンター席からこちらへ声をかけてきた。
「そうよ。アタシたちが精霊術師様一行よ」
なぜかグラッドが得意げに胸を張って答える。
「そうか、そうか! それじゃあ、一杯奢らせてくれ!」
嫌な予感しかしない。
それから先は、まさに地獄だった。
「精霊術師様! 一杯どうぞ!」
「こっちとも乾杯してくれ!」
地元の人たちが入れ替わり立ち替わりやって来ては酒を奢り、乾杯を交わす。
一杯飲めば、また一杯。
断る間もなく、次のグラスが目の前に置かれていく。
気づけば、店中が宴会会場になっていた。
ルドベックは限界を迎えたのか、顔色を真っ白にして座敷の隅で体育座りになっている。
グラッドは地元の酒豪たちと飲み比べを始め、豪快な笑い声を響かせていた。
ローレルは酒の勢いで魔法を使った一発芸を披露し、そのたびに店中から歓声が上がる。
そして、スピレアは頬を真っ赤に染めながら、その光景をにこにこと眺めていた。
もはや、カオス以外の何物でもなかった。




