火の精霊教会
カルタムとは、明日の朝から一緒に旅へ出ることを約束して別れた。
その後、スピレア、グラッド、ルドベック、そして見るからに疲れ切ったローレルを連れて、精霊教会へ向かった。
そこにあったのは、かつて街の中心として存在していた姿ではなかった。
屋根は大きく崩れ落ち、夜空がむき出しになっている。
支えていた柱にはいくつもの亀裂が走り、所々が砕け落ちていた。
入口の扉は吹き飛び、瓦礫が床に散らばっている。
魔獣が暴れ回った痕跡が、そこかしこに残されていた。
精霊教会の中へ、恐る恐る足を踏み入れる。
「…本当に入っていいのか?」
目の前に広がる惨状に、全員が言葉を失って足を止めた。
壁は崩れ、床には瓦礫が散乱している。
神聖な場所とは、とても思えない有様だった。
そんな時。
奥の方で瓦礫の片付けをしていた、修道女らしき人物がこちらに気づいた。
「もしかして、精霊術師の方ですかー?」
妙に間延びした声。
それなのに、本人は満面の笑みを浮かべている。
「こんな状態ですけど、ささ、どうぞどうぞー」
そう言うなり、その修道女はスピレアの背中をぐいぐいと押し始めた。
「あっ、えっ、いや…本当に大丈夫なんですか?」
スピレアが困惑しながら抵抗する。
しかし、そんな抵抗などお構いなしに、修道女は彼女を奥へと押していく。
「あの…ちょっと…!」
スピレアの声は、あっという間に教会の奥へ消えていった。
そのあまりの手際の良さに、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
「あれって…大丈夫な感じ?」
ローレルが引きつった表情でグラッドに尋ねる。
「大丈夫じゃないかしら? 悪い人には見えなかったし…」
グラッドは右手を頬に添え、首を傾げながら自信なさげに答えた。
「まあ…とりあえず、待っていましょうか」
グラッドの判断で、その場で待機することになった。
とはいえ、ただ黙って時間を潰すのも暇だ。
そこで、先ほど現れた魔物について聞くことにした。
「なあ、グラッド。さっきの魔物って何なんだ?」
「あれは魔物じゃなくて、魔獣よ」
グラッドが答える。
魔獣?
魔物じゃないのか?
正直、違いがよく分からない。
こういう時は検索するのが一番だな。
ちらりとルドベックを見る。
「ルドベック。魔獣と魔物の違いについて教えて」
「魔物は、魔王が生み出した悪しき存在だ。魔獣は、精霊様が精霊術師へ与える試練だ」
ルドベックは、少し呆れたようなため息混じりに答えた。
本当に便利な仲間だ。
「でもさ…」
瓦礫だらけになった教会を見回す。
「…試練にしては、やりすぎじゃね?」
「それ、あーしも思った。街まで壊して、何がしたいわけ?」
ローレルがすかさず追撃してくれる。
こういう時のギャルは頼もしい。
「では逆に聞こう。弱い魔獣と戦って、それが試練になると思うか?」
ルドベックが、やれやれと言いたげな表情で返してくる。
「それは…まあ、そうだが」
正論だった。
反論しようにも、言葉が出てこない。
「でもさ」
すると、今度はローレルが口を挟む。
「ただ力の強さだけ測っても意味なくね? 賢さとかー、判断力とかー、心の強さとかさー。そういうのも精霊術師には必要じゃね?」
まさかの正論。
しかも、言っていることはかなりまともだった。
…悔しい。
ギャルに頭の良さで負けている気がして、ものすごく悔しい。
「ああ、安心しろ。魔獣は言葉で精霊術師を惑わせてくるぞ」
ルドベックが、さらりと恐ろしいことを口にする。
「安心できるか!」
「安心できるか!」
思わずローレルと声が重なった。
ルドベックは少し勝ち誇った顔をしていた。
「お待たせー!」
その時、ちょうどスピレアが手を振りながら戻ってきた。
「あら? もう終わったのね。お帰りなさい」
グラッドが、まるで母親のような優しい笑顔で迎える。
「無事に御業も授かりました」
少し息が上がっているのか、スピレアは肩で息をしながら笑顔で報告した。
御業?
また新しい単語が出てきた。
もう一度、ルドベック検索を使うか。
そう思った瞬間。
「スピレア」
グラッドが真剣な表情で彼女の名前を呼ぶ。
「いい? 御業は、絶対に使わないでちょうだい」
いつもの柔らかな表情とは違う。
鬼気迫るような表情だった。
「いい? 絶対よ?」
念を押すように、グラッドはスピレアへ詰め寄った。
「えっ? あっ…うん」
スピレアは、グラッドのあまりの剣幕に押され、思わず半歩後ろへ下がった。
「グラちゃん、らしくなくない? どったの?」
ローレルが、いつもの軽い調子で割って入る。
「…いえ」
グラッドはそこでようやく、自分が取り乱していたことに気づいたようだった。
小さく首を横に振る。
「ごめんなさい」
そして、いつもの穏やかな笑顔へ戻った。
「ただ…」
グラッドは少しだけ視線を落とす。
「御業には、何かあるような気がするの」
遠くを見ているような目をして、静かにそう呟いた。




