回復
「…たぶん、終わったわね」
グラッドはそう呟くと、張り詰めていた力が抜けたように身体を崩した。
咄嗟にルドベックが駆け寄る。
「お疲れ様」
優しく声をかけながら、倒れ込むグラッドの身体を静かに受け止めた。
拳は裂け、そこから血が流れている。
全身にも火傷の跡が残っていた。
「…姉御、お疲れさん」
カルタムは、ふらつきながらもいつものようにニカッと笑った。
しかし、その身体も限界だった。
拳にはグラッドと同じように裂傷が走り、全身には激しい火傷の跡が残っている。
「カルタム!」
倒れそうになるカルタムを見て、慌てて手を伸ばした。
ルドベックのように受け止めようとした。
「ふぐっ…」
カルタムの身体は、思った以上に重い。
思わずよろめいてしまう。
このままでは二人とも倒れてしまう。
無理に支え続けることを諦め、カルタムをゆっくりと地面へ寝かせた。
「すまねぇな。兄弟」
仰向けになったカルタムは、満面の笑みで言った。
そして、目を閉じた。
「ローレルはカルタムの治癒をお願い! 私はグラッドさんをやるから!」
スピレアは慌てて倒れたグラッドへ駆け寄りながら、ローレルへ指示を飛ばした。
「あーい」
ローレルはいつもの調子でひらひらと手を振ると、カルタムの元へ歩いていく。
「ねぇ、みんなさ」
カルタムの前にしゃがみ込みながら、ローレルは不満そうに口を尖らせた。
「最近、あーしの扱い雑になってね?」
ちらりとこちらを見る。
「アスちゃんもそう思わない?」
そんな軽口を叩きながら、ローレルはカルタムへ右手をかざした。
親指に嵌められた緑色のネイルが淡い光を放つ。
優しい光は広がり、カルタムの身体を包み込んでいく。
裂けた拳の傷が少しずつ塞がり、焼けただれた皮膚がゆっくりと癒えていく。
「おお…すげぇ」
目の前で起きている光景に、思わず声が漏れた。
「え? すごい?」
その声を聞き逃さなかったのか、ローレルが嬉しそうに振り返る。
「えへへー。まっあねぇー」
口元を緩ませながら、得意げに胸を張る。
「あーしにかかれば、こんなの朝飯前って感じ?」
そう言っている間にも、緑色の光が少しずつ消えていく。
傷は、もう完全に塞がっていた。
今度はローレルの小指のネイルが、水色に輝き始める。
「…?」
淡い光が、ゆっくりとカルタムの身体を包み込んでいく。
しかし、先ほどの治癒とは違って目に見える変化はない。
「…何をしているんだ?」
思わず首を傾げる。
すると、ローレルは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「あー、アスちゃんには分からないかー」
調子に乗っている。
少しだけ腹が立つ。
「今はね、疲れを癒やしてるんだよ」
ローレルは水色の光を見つめながら説明する。
「傷を治すだけしか、普通やらないんだけどねぇ」
そう言うと、ちらりとこちらを見る。
何かを期待するような視線。
…なるほど。
褒めてほしいらしい。
「ローレルさん、流石です!」
少し間を置いて、わざとらしく続ける。
「めちゃくちゃ頼りんなります!もう、いないと困るくらいです!」
「でしょー?」
すると、ローレルは満足そうに笑った。
「さらにさらに、ここまでサービスしちゃう!」
ローレルは完全に調子に乗っていた。
水色の光もゆっくりと薄れていく。
すると今度は、ローレルの中指のネイルが、黄色く輝き始めた。
黄色の光が、カルタムの身体を優しく包み込む。
…まだあるのか。
正直、そろそろ終わってほしい。
そう思ったが、口には出さなかった。
「…?」
やはり、カルタムの身体に目立った変化はない。
首を傾げていると、何も言っていないのにローレルが口を開いた。
「かー。アスちゃんには分からないよねぇー」
そう言いながら、左手を頭に乗せ、やれやれと首を振る。
…こいつは誰だ?
いつもの気だるげなローレルは、そこにはいなかった。
今のローレルは、頼られて褒められて幸せいっぱいですという様子だった。
少し癪ではあったが、聞いてやることにする。
「…何をしてい…」
「今は、身体を整えてるとこ!」
食い気味に言葉を遮られた。
ローレルは幸せそうに説明を続ける。
「ほら、急激に傷を治すと身体には結構負担がかかるんだよねぇ」
黄色い光に包まれたカルタムを見ながら、指を振る。
「だから今は、肉体の状態を整えてるわけ。筋肉とか、内側のバランスとかさ。せっかく治したのに身体がボロボロのままだったら意味ないっしょ?」
木行で傷を癒やし、水行で疲労を流す。
土行で、身体そのものを安定させる。
回復と言っても色々な工程があるのか。
面倒な異世界に転生させられたな…
そんな事を思っていると黄色の光も消えた。
「おっ?」
カルタムが目を開ける。
ゆっくりと立ち上がると、その場で屈伸をする。次に軽く跳び、身体の調子を確かめるように腕を回した。
「…すげぇな」
カルタムは驚いたようにローレルを見る。
「これ、姉御の仲間さんの魔法かい?」
「ありがとうな!」
満面の笑みで礼を言う。
「あーしにかかれば、どーってことないよ」
ローレルは胸を張り、得意げに答えた。
その表情は、いつもの気だるげな姿からは想像できないほど嬉しそうだった。
すると。
「ローレルー」
グラッドが手を上げて呼びかける。
「アタシにもお願いしてちょうだい」
「あー…」
ローレルはわざとらしく悩むような仕草をする。
「えー。しゃーなしね?」
口では面倒そうに言う。
しかし、その足取りは軽い。
むしろ、隠しきれないほど楽しそうに、ルンルンとスキップしながらグラッドの元へ向かっていった。
その様子を見て、少しだけ笑ってしまう。
「世話んなったな。兄弟達」
カルタムが改めて頭を下げる。
「これから、精霊様に会いに行くんだろ?」
カルタムが問いかけてきた。




