違和感(グラッド視点)
「姉御、しか…」
カルタムが何かを言いかけるも、アタシの顔を見て言葉を留めた。
「女の頼み事の一つや二つも叶えられねぇなんて、男が廃るってもんよ!」
アタシの顔から何かを察したようで、急に別のことを言いだした。
そして、カルタムは、
バシンッ
両手で自分の両頬を叩いて気合を入れた。
「援護任せたぜ!姉御!」
そのまま、爆炎とともに魔獣へと突っ込んでいくカルタム。
人の話くらい最後まで聞きなさいよ。
そう思い、ため息を一つこぼしてカルタムの後を追う。
カルタムが地面を蹴る。
一気に間合いを詰めると、炎を纏った右拳を魔獣の胸元へ突き出した。
迎え撃つように、魔獣も巨大な拳を振り下ろす。
次の瞬間
ドォンッ!!
拳と拳が真正面から激突した。
爆ぜる炎。
巻き上がる土煙。
衝撃波が周囲へ駆け抜け、近くの瓦礫を吹き飛ばす。
土煙の向こうで、大きな影が宙を舞った。
吹き飛ばされたのは、魔獣だった。
巨体は勢いよく民家へ叩きつけられ、建物ごと崩れ落ちる。
土煙が舞う。
魔獣を相手に、力負けすらしない。
やっぱり、御業というのは凄まじいものね。
「カルタムちゃん。あまり御業は使わないほうがいいわよ」
カルタムの隣に並び、静かに忠告する。
「こんなに便利な力なのにかい?」
カルタムは気にも留めていない様子で笑った。
その時だった。
立ち込める土煙の奥で、大きな影がゆっくりと立ち上がる。
「いったーい。やっと話せるようになったと思ったら、いきなりなんなわけ?」
姿を現した魔獣が、不満そうに頬を膨らませるような声で話し始めた。
その声は、巨大な見た目とはあまりにも不釣り合いな、可愛らしい少女のものだった。
「姉御…。魔獣が話すって話は聞いたことあるけど、こんなにはっきり話すものなのか…?」
カルタムも異変を感じたのだろう。
戸惑いを隠せない様子で尋ねてきた。
教典には、魔獣は精霊術師を惑わすために言葉を発すると記されている。
けれど、耳にしたことがあるのは、「助けて」や「苦しい」といった断片的な言葉ばかり。
ここまで明確な意思を持って会話をする魔獣など、聞いたことがない。
…いや、過去に一度ある。
嫌な記憶が蘇る。
それを忘れるように首を振り、拳に力が入れる。
「カルタムちゃん。魔獣の言葉なんて耳を貸しちゃ駄目よ」
そう忠告した直後だった。
「あれ? 久しぶりじゃん。元気にしてた?」
まるで旧友に再会したかのような、親しげな口調。
魔獣は自然な動作でカルタムへ視線を向ける。
「それに、ずいぶん大きくなったね」
親戚の子どもの成長を喜ぶような、穏やかな声だった。
このままじゃ、カルタムちゃんが魔獣の言葉に飲まれる。
そんな直感が、全身を駆け抜けた。
「カルタムちゃん、いくわよ!」
「…おうよ!」
返事を聞くより早く、地面を蹴る。
景色が一気に後ろへ流れた。
魔獣との距離が、一瞬で縮まる。
その背後では、爆炎を噴き上げながらカルタムが駆け出した。
アタシは左へ。
カルタムは右へ。
挟み込むように魔獣の両脇へ回り込む。
「ふんっ!」
踏み込みと同時に、拳を振り抜く。
突き上げられた魔獣の巨体が宙へ浮いた。
その一瞬を、カルタムは見逃さない。
「うおおおっ!!」
炎を纏った拳が空中の魔獣を捉え、そのまま地面へ叩き落とした。
しかし、魔獣はすぐに立ち上がった。
「話は最後まで聞いてよ! 私は戦いたいわけじゃないの。ただ、会いたいだけなんだよ! こんなにも近くにいらしているんだから、邪魔しないで!」
苛立ちを隠そうともせず、魔獣が叫ぶ。
会いたい…?
誰に?
一瞬だけ、その言葉が胸に引っかかった。
…駄目。
魔獣の言葉に意味なんてない。
教典にもそう書かれている。
惑わされてはいけない。
そう自分に言い聞かせ、湧きかけた疑問を無理やり押し殺した。
それに、この話し方…。
自然と拳に力が入る。
嫌な記憶が再度脳裏をよぎる。
胸の奥から、じわりと怒りが込み上げた。
「姉御…」
隣でカルタムが戸惑ったように口を開く。
その先を言わせるわけにはいかなかった。
「おだまりなさい!」
思わず声を荒げる。
「魔獣の言葉に耳を貸した者が、どんな末路を辿ったか忘れたの?」
カルタムが何を言おうとしていたのか。
聞くまでもなく分かっていた。
「カルタムちゃん、行くわよ!」
「お、おうよ!」
早く決着をつけなければ。
このままでは、カルタムちゃんが危ない。
焦りが、アタシの判断を急かしていた。
地面を蹴る。
視界の端で、少し遅れてカルタムが駆け出すのが見えた。
アタシは左へ。
カルタムは右へ。
先ほどと同じように、魔獣を挟み込む。
一気に間合いへ踏み込み、拳を振り抜こうとした。
「…さっきと同じって、芸がないんじゃない?」
魔獣がこちらへ顔を向け、退屈そうに呟く。
その一言に、背筋が粟立った。
やっぱり、この魔獣には意思がある!
次の瞬間。
振り抜いた拳が、ぴたりと止まる。
魔獣の掌が、アタシの拳を難なく受け止めていた。
「なっ!?」
驚く間もなく、身体が宙へ浮く。
景色がぐるりと反転する。
魔獣はアタシを軽々と振り回し、そのままカルタム目掛けて投げ飛ばした。
「姉御、大丈夫か?」
吹き飛ばされたアタシの身体を、カルタムが受け止めてくれた。
「ええ、大丈夫よ。それより…」
あの魔獣には、意思がある。
そう伝えかけて、首を振り言葉を飲み込む。
今それを口にすれば、カルタムちゃんはより迷ってしまうわ。
その考えを胸の奥へ押し込み、ゆっくりと魔獣を見据えた。
「話を聞く気がないなら、もういいよ。」
魔獣が小さくため息をつく。
「あんた達をやっつけてから、向かうだけだから。」
諦めたように呟くと、その周囲に五つの光球が静かに浮かび上がった。
ゆらゆらと揺れる光球は、陽炎が立つほどの熱を帯びている。
まるで、小さな太陽が五つ並んでいるかのようだった。
※更新時間変更のお知らせ
明日8/1から夜20時更新を17時更新に変更します。
これからもよろしくお願いします。




