火柱祭
祭りの熱気に包まれた街を、スピレアと肩を並べて歩く。
通りの両側には、色とりどりの屋台がずらりと軒を連ねていた。
綿菓子、お面、輪投げ、くじ引き…
聖霊教会を中心に、日本の祭りと変わらない光景が広がっている。
もちろん、異世界らしいものもあった。
空気砲屋に魔物レース。
見たこともない屋台が混ざっているのが、かえって新鮮で面白い。
ただ、一つだけ困ったことがあった。
屋台の看板が読めない。
一軒、また一軒と視線を走らせるが、どれも見覚えのあるようでない文字ばかりだ。
雰囲気で何の店かは何となく分かる。
なのに、肝心の文字だけがどうしても読めない。
チート能力のバグか?
そんなくだらないことを考えながら、俺はスピレアと並んで祭りの通りを歩き続けた。
「アスターがいた時代のお祭りも、こんな感じだったの?」
色とりどりの屋台へ目を輝かせながら、スピレアが尋ねてくる。
「うーん…たぶん?」
記憶を辿ろうとした瞬間、鈍い頭痛がこめかみを走った。
「祭りに行った記憶がなくてさ。」
賑わう通りを見渡し、自然と笑みがこぼれる。
「でもさ、楽しいよ。」
「じゃあ、初めてのお祭りかもね!」
「それって、友達がいない人みたいじゃないか?」
悪意のない一言が、ぐさりと胸に突き刺さる。
思わず言い返したものの
「あっ! あれやろうよ!」
スピレアはまるで聞こえていなかったかのように、目を輝かせて屋台を指差した。
視線の先へ目を向ける。
やっぱり読めない。
看板には見慣れない文字が並んでいる。
未だにチート能力のバグ修正パッチは届いてないらしい。
「なんて読むの?」
仕方なく尋ねると、スピレアがきょとんと目を丸くした。
「えっ…?」
一瞬だけ驚いたあと、何かを思い出したように微笑む。
「ああ!空気砲屋さんだよ。」
記憶喪失で、この世界の文字も読めない。
そんな俺の事情を思い出してくれたのだろう。
スピレアは、優しく教えてくれた。
「やってみたいけど…」
思わず視線を逸らす。
遊んでみたい気持ちは山々だ。
だが、一つだけ大きな問題があった。
金がない。
剣を売るわけにもいかない。
何か方法はないかと考えてみるが、妙案は一つも浮かばなかった。
情けなさに俯き、言葉を濁す。
「…けど?」
不思議そうな声とともに、スピレアがひょいと顔を覗き込んできた。
その真っすぐな瞳が痛い。
「お金がないんだ…」
目を合わせられず、小さく呟く。
一瞬の沈黙。
すると、スピレアはにやりと笑った。
「ふっふっふっ。私が出してあげるから任せなさい!」
どんっと胸を叩き、自信満々に宣言する。
なんとも頼もしい。
その分、男としてのプライドが少しだけ傷ついた。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
気持ちを切り替え、二人で空気砲屋の屋台へ向かう。
「おじさん! 二人分お願いします!」
「あいよ!」
店主は笑顔で代金を受け取ると、筒と三つの球を二人分差し出した。
代金を払ったのは、もちろんスピレアだ。
その道具を受け取った。
なんだか完全にひもになったような気分で罪悪感に苛まれた。
「これって、どう使うの?」
「んっとね。この球をここに入れて、魔力を込めるだけだよ。」
スピレアが実演しながら説明する。
なるほど。思ったより簡単そうだ。
俺は筒の中を覗き込み、球を一つ入れて魔力を流し込む。
次の瞬間
ポンッ!
軽快な音とともに球が勢いよく飛び出し、そのままこちらの眉間へ直撃した。
「いったぁ!?」
「えぇっ!? アスター、大丈夫!?」
スピレアが慌てて駆け寄る。
「自分じゃなくて、あっちの景品を狙うんだよ!?」
どうやら射的と同じルールらしい。
そういうことは先に教えてほしかった。
俺はしゃがみ込み、じんじんと痛む眉間を押さえる。
「まずは私がやるから見てて!」
スピレアは得意げに筒を構えた。
どうやら、お手本を見せてくれるらしい。
出来れば、もう少し早く見せて欲しかった…
ポンッ!
勢いよく飛び出した球は、景品の横を虚しく通り過ぎる。
「あれ? おかしいな。」
首を傾げながら、二発目。
ポンッ!
今度はまったく別の方向へ飛んでいった。
「うーん…ここ?」
三発目も、やはり外れ。
三つの球は、それぞれ見事に違う方向へ散らばっていった。
「スピレア、どれを狙ってたんだ?」
「あれ!」
スピレアが嬉しそうに指差す。
その先には、小さな星形のキーホルダーがぶら下がっていた。
よく見ると、中央で二つに分かれそうな作りになっている。
ペアキーホルダーというやつだろうか?
「任せて。取ってあげるよ。」
「本当に?」
期待に満ちた瞳がこちらへ向く。
狙いさえ分かれば、あとは当てるだけだ。
深呼吸を一つ。
慎重に照準を合わせ、魔力を込める。
ポンッ!
球は景品とはまるで違う、明後日の方向へ飛んでいった。
「…この筒、曲がってないか?」
「そんなわけねぇだろ!」
店主がすかさず怒鳴る。
「お前さん達の狙いが悪すぎるだけだ!」
この店主、短気である。
「まあまあ。あと一回あるんだし、頑張って。」
スピレアが苦笑しながら励ましてくれる。
最後の一球。
俺は星形のキーホルダーだけを見据え、ゆっくりと筒を構えた。
深呼吸を一つ。
魔力を込めようとした、その瞬間
「おう、兄弟! こんな所でデートか? 隅に置けないやつだな! がっはっはっは!」
背後からカルタムの豪快な笑い声が響く。
「うおっ!?」
驚いた拍子に意図せず魔力を流し込んでしまった。
ポンッ!
球が勢いよく飛び出す。
「ちょっ…」
振り返って文句を言おうとした、その時だった。
カラン、カランッ!
景品台の鐘が高らかに鳴り響く。
「ほらよ、兄ちゃん。ちゃんと当たるだろ?」
店主がにやりと笑い、星形のキーホルダーを差し出してきた。
どうやら、狙っていた景品を見事に倒したらしい。
いや、当たった理由にはまったく納得できない。
「アスター、すごい! 上手じゃん!」
スピレアは自分のことのように目を輝かせて喜んでいる。
その笑顔を見ていると、まあ結果オーライかという気分になれた。
「はい、これ。」
受け取ったキーホルダーをスピレアへ渡す。
「ありがとう。でも、半分はアスターが持ってて。」
そう言って、スピレアはキーホルダーを中央からぱちんと外し、片方を俺の手に乗せた。
やはり、星形に見えたキーホルダーは、二つを合わせて一つになるペアアクセサリーだったらしい。
受け取った半分を眺めながら考える。
シロードにでも付けておくか。
「カルタム…だったか?どうしたんだ?」
振り返ると、カルタムが腕を組み、にやにやと笑っていた。
「お前さん達、この街は初めてだろ?案内してやるよ。」
そう言って意味ありげに笑う。
「…いや、お邪魔だったかな?」
確かに邪魔はされた。
だが、そのおかげで景品も取れたのだから文句は言えない。
「ぜひ、案内をお願いします。」
スピレアは頬を真っ赤に染め、両手で顔をぱたぱたと扇ぎながら頭を下げる。
こうして、カルタムによるアグニス観光が始まった。




