アグニス
かつて炎の山が残した巨大な窪地、カルデラ。
その内側に街は築かれている。
聖霊教会を中心に、街並みは放射状に広がっている。
カルデラの縁は、そのまま天然の城壁となり、外敵の侵入を阻む。
人の手で築いた城壁をはるかに凌ぐ、自然が生み出した要塞都市。
それがアグニスである。
街へ入る道は、一本の長いレンガ造りの橋しかない。
ネイル喪失事件から数日後。
時は、影が長く伸び始めた夕刻。
一行は、アグニスへと続く巨大な橋のたもとへ辿り着いた。
街まで一直線に伸びる長いレンガ造りの橋。
絶妙に傾斜がついており、上り坂になっている。
「ここ登るってマジ? ヤバくない?」
ローレルが橋の先を見つめ、思わず顔を引きつらせる。
「もうすぐ…じゃないけど、頑張ろうね。」
スピレアが苦笑しながら、その背中をぽんっと押した。
「えー、あーし、もう歩け…」
ぐずりかけたローレルが、不意に言葉を止める。
「…待って。」
その視線が橋の先、アグニスへ向く。
「あれ、なんか燃えてね…?」
ローレルがゆっくりと街を指差した。
つられるように全員の視線が向く。
風に乗って火の粉が舞っていた。
街のあちこちから黒煙が立ち昇り、柱のように伸びる炎が夕焼けを赤く染める。
熱気で揺らめく陽炎が、街全体を歪ませていた。
誰の目にも、一目で火事だと分かった。
「走るわよ!」
真っ先に反応したのはグラッドだった。
「ローレル! アンタの魔法が頼りなんだから!」
言い終えるより早く、橋を蹴って駆け出す。
「えー、あーし、休みたいんだけど……」
文句を漏らしながらも、ローレルもすぐ後を追った。
「不審者! 何をぼさっとしている!」
三番手を走るルドベックが振り返る。
「お前も消火くらい魔法でできるだろう!」
「分かってる!」
橋を蹴り、ルドベックの背中を追う。
「ちょっと、みんな早いよ…!」
少し走った所で、後ろからスピレアの声が聞こえた。
振り返ると、肩で大きく息をしながら、その場で膝に手をついている。
「あとで追いつくから…先に行ってて!」
火事の消火が最優先だ。
頷いて、再び前だけを見据え、橋を駆け上がった。
長い上り坂を全力で駆け上がる。
燃え盛る街が近づくにつれ、熱気が肌を撫でた。
だが、おかしい。
火事のはずなのに、悲鳴が聞こえない。
耳に届くのは、助けを求める叫びではなく、威勢のいい掛け声と笑い声だった。
「せーの!」や「おら!飲め飲め!」
などと、妙に活気がある。
炎に包まれた街の中では、人々が楽しそうに火柱を囲み、歓声を上げていた。
「祭り?」
思わず呟いた、その時。
「あんたら、見ない顔だな!」
近くにいた大柄な男が豪快に笑いながら声を掛けてきた。
「なんだ? 五年に一度の火柱祭を見に来てくれたのか?」
声のした方へ視線を向ける。
そこには、一人の男が立っていた。
短く刈り込んだ金髪に、金色の瞳。
日に焼けた逞しい腕を白いタンクトップからのぞかせ、動きやすそうな短パン姿で豪快に笑っている。
ふと、胸元が目に留まる。
首から下げられた五芒星のネックレス。
形はスピレアが身につけているものとよく似ていた。
だが、一つだけ違う。
五芒星の頂点には、祭りの炎に照らされて赤く輝く宝石が埋め込まれていた。




