戦闘
「精霊術師って誰かな?それ以外は興味ないから、帰ってくれる?」
ナルシサスが軽い調子で問いかける。
グラッドはグローブをはめる。
ルドベックは静かに剣の柄へ手を添えた。
スピレアはワンドを構える。
そして、ローレルだけが、何もしていない。
「ローレル!ふざけてないで構えなさい!」
グラッドの怒声が飛ぶ。
「あーしの武器、これだし。」
ローレルは得意げに指先をひらひらさせ、ネイルを見せつけた。
あのネイル、メインウェポンだったのか…
「うーん?名前なんだったかな?」
ナルシサスは首を傾げる。
「確か女だった気がするから、男は要らないか。クロマル出ておいで。」
悩むような仕草をしながらナルシサスは茂みへ呼びかけた。
なんでグラッドは女判定なんだ?
そんな疑問も、次の瞬間には吹き飛んだ。
ガサガサッ!
茂みをかき分ける音とともに、黒い影が勢いよく飛び出してきた。
思わず身構える。
しかし、その影はナルシサスの前まで駆け寄ると、尻尾をぶんぶんと振りながら足元へ身体を擦り寄せた。
クロマルと呼ばれたその魔物は、大型犬を一回りほど大きくしたような体格をしている。
漆黒の毛並みに、血のように赤い瞳。
首輪には赤い魔石がはめ込まれ、不気味な光を放っていた。
「クロマル、やっちゃって。」
命令が下された瞬間だった。
クロマルは地面を強く蹴り、土を巻き上げながら一気にこちらへ突っ込んできた。
速い。
だが、所詮は獣だ。
一直線に飛び込んでくるだけなら、合わせるのは難しくない。
野球のボールを打ち返すような感覚で、クロマルの動きに合わせる。
今だ!
十分に引きつけ、腰の剣を一気に抜き放ち、その勢いのまま頭上から叩きつける。
しかし、クロマルは刃が届く寸前で地面を蹴り、身体を横へ流すように跳んだ。
剣は空を切る。
そのままクロマルは大きく宙へ舞い上がる。
開かれた口の奥で、赤い光が揺らめいた。
炎!?
そう気付いた瞬間、横腹に強烈な衝撃が走る。
身体が吹き飛び、地面を何度も転がる。
次の瞬間、さっきまで立っていた場所を灼熱の火炎が飲み込んだ。
「油断しおって!死にたいのか!愚か者!」
怒鳴り声が耳に飛び込む。
どうやら、ルドベックが蹴り飛ばして助けてくれたらしい。
もう少し他に助け方はなかったのか。
腹立たしさはある。
だが、今は仲間割れをしている場合じゃない。
「ありがとう」
怒りを飲み込み、短く礼を言って立ち上がる。
再びクロマルへ剣先を向けた。
「女の子を痛めつける趣味はないから、大人しく捕まってくれない?」
ナルシサスが肩をすくめ、軽い口調で笑う。
「あら? 紳士なのね。でも、ダメよ。」
グラッドは妖艶に微笑み、指先を口元へ添えた。
「アタシを捕まえたかったら、もっと情熱的にアピールしなさい!」
言葉が終わるのと同時だった。
キィン!
鋭い金属音が辺りに響く。
思わず視線を向けると、二人の姿が激しく交錯していた。
どうやら、あちらも戦闘が始まったようだ。
「ルドベック! どうしたらいい!?」
叫ぶと、すぐさま怒声が返ってきた。
「所詮は獣だ!点ではなく、線で捉えて先を読め!」
教えるつもりなのか、怒鳴りたいだけなのか分からない。
そう考えた瞬間だった。
視界の端で、黒い影が弾ける。
クロマルが一直線に飛びかかってきた。
反射的に後ろへ跳ぶ。
ザシュッ!
目の前を炎をまとった爪が薙ぎ払う。
火の爪まで使うのかよ!
息をつく暇もない。
着地した瞬間には、クロマルが再び地面を蹴っていた。
今度は、大きく口を開けて一直線に突っ込んでくる。
ここだ!
噛みつく軌道に合わせ、剣を真っ直ぐ突き出す。
ガキィン!
牙が剣を噛み込み、互いに押し合う。
まるで、噛みつきで行う真剣白刃取りだ。
「愚か者!ローレルに習っただろ!魔法も使わんか!」
ルドベックの怒声が飛ぶ。
水剋火ってやつだったよな?
不安に思いつつ、水行の魔法を発動する。
剣先から水の刃が伸びるイメージ。
そのままクロマルを貫こうと魔力を流し込む。
だが、魔法が形になった頃には、クロマルはすでに大きく後ろへ跳び退いていた。
水の刃は空を裂くだけ。
あっさりと見切られた。
「だから、先を読んで攻撃しろと言っているだろう!」
ルドベックが地面を蹴る。
鋭い斬撃がクロマルへ走る。
しかし、紙一重で身をひねり、その刃をかわした。
「お前も読めてないじゃないか!」
負けじと水の刃を放つ。
一直線に伸びた水刃は、クロマルが跳ねるように飛び退いたことで空を切った。
「貴様の首から先に落としてやろうか?」
ルドベックが青筋を浮かべて睨みつける。
「上等じゃないか。やってや…」
ルドベックにガンを飛ばす。
言い終える前だった。
クロマルが大きく口を開く。
赤く燃える火球が一直線に飛んでくる。
「邪魔だ!」
「邪魔だ!」
声が重なる。
ほぼ同時に放たれた二つの水球が火球へ激突し、蒸気を巻き上げながら相殺した。
白い湯気が視界を覆う。
「さっさと片付けて、決着をつけるぞ。」
「望むところだ。朝の借り、倍にして返してやる。」
二人でクロマルに武器を構え直す。
その様子を見つめるクロマルは、無邪気な表情で舌を出し、
「はっ、はっ、はっ」
と息を弾ませながら、楽しそうに尻尾を振っていた。




