出発
グラッドの料理は、とても美味しかった。
見た目からは想像できないほど家庭的な味だった。
「じゃあ、出発しようか」
一息ついたところで、スピレアが立ち上がる。
「そうね」
グラッドも続くように立ち上がった。
「そうだな」
ルドベックも立ち上がり、腰に剣を帯びる。
「…こんなに遅い出発なら、あーしが遅れたの関係なくない?」
ローレルは座ったまま、ルドベックへ不満を漏らした。
おい、ローレル。
それを今言うのはまずい。
「誰のせいで話が進まなかったと思っているんだ? ローレル」
ルドベックの額に青筋が浮かぶ。
どうやら、旅立ちはもう少し先になりそうだ。
「じゃあ、気を取り直して…しゅっぱーつ!」
スピレアが元気に号令をかけてくれる。
怒れるルドベックを何とか宥め、ようやく出発することになった。
「長い間、お世話になりました」
村の入口で、スピレアが深々と頭を下げる。
今生の別れじゃないんだし。
「そんな大袈裟な。パパっと魔王を封印して、みんなで帰ってこようよ」
途中から心の声が漏れていた。
「…うん。そうだね」
スピレアが少し寂しそうに笑う。
しまった!
この話題は、やっぱり何かある。
慌てて話を変える。
「というかさ。なんで魔王を封印するんだ? 魔王なんて倒したほうが早くないか?」
我ながら自然な話題転換だったと思う。
「貴様…そんなことも知らずに、この旅に同行するつもりなのか?」
ルドベックが鋭い視線を向けてくる。
…どうやら、この話題もまずかったらしい。
「ルドベックも落ち着いて。アスターは、その……ね?」
スピレアが気を遣う。
その優しさは嬉しい。
でも、腫れ物みたいに扱われると少し傷つく。
「ああ…すまない」
ルドベックも大人しく引き下がった。
そんなことは関係ない!
そう怒鳴ってくれれば救われたのに。
心の中で小さく愚痴る。
「聖典にはこう記されている」
ルドベックが話し始めた。
「魔王は不死の存在である。いくら討とうとも、すぐに復活する。故に封印するしか道はない」
…なるほど。
つまり倒せないから封印するのか。
それにしても。
こいつ、聖典の内容暗記してるのか…
思わずルドベックを見る。
いや、すごいことなのは分かる。
分かるけど。
少し引く。
「不審者。なぜ距離を取る?」
「いや、なんでもないッス」
慌てて視線を逸らす。
「じゃあさ。魔王って、そもそも何なんだ?」
話を続けてもらうため、質問を投げる。
「魔王とは」
ルドベックは迷いなく答えた。
「聖典によれば、人が科学を使い、欲にまみれた生活を送った罰として、神が遣わせた存在だ」
神罰。
魔王は、神が人間へ与えた罰なのか。
「四つ足で立ち、黒き毛を持ち、水色の瞳をした巨大な狼のような姿をしている。それが魔王だ」
ルドベックは得意げに説明を続ける。
なるほど。
じゃあ、精霊は?
「精霊は?」
検索ページのようで便利なので、ついでに尋ねる。
ルドベックは少しも迷わず答えた。
「魔王による蹂躙を哀れに思った神が、人々へ遣わせた善なる存在だ」
…なるほど。
ここまで聞いて、一つ思った。
「ルドちゃん、聖典なんて全部覚えてんの? キモくね?」
ローレルが引いた顔で言った。
代弁ありがとう。
「聖典の内容すら覚えていないのか! この不届き者め!」
ルドベックがローレルへ怒鳴る。
ついでに、身代わりもありがとう。
ローレル、君のことは忘れないよ…
巻き込まれないように、そっとグラッドの隣へ避難した。




