解放
ドスッドスッドスッ
と重たい足音を響かせて、オカマは現れた。
「グラッドさん。平気だよ。」
スピレアがオカマに話しかける
どうやら、このオカマはグラッドと言うらしい。
「それなら良かったわ。戻りが遅いから、『スピレアが心配だー!』ってルドベックちゃんが大騒ぎして、大変だったのよ」
グラッドは肩をすくめ、ため息混じりに報告した。
「心配かけちゃって、ごめんね。」
スピレアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしてないわよ。」
グラッドはひらひらと手を振る。
「それよりも…」
そう言って、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。
「こちら、アスターさん。…じゃなくて、アスター!」
スピレアは嬉しそうに笑いながら紹介してくれた。
「ちょっといい?」
そう言って、グラッドを手招きする。
グラッドは「何かしら?」と言わんばかりに身をかがめた。
スピレアは口元に手を添え、小声で何かを話し始める。
どうやら、内緒話らしい。
「ふぅん、そうなのね」
グラッドは怪訝そうな視線をこちらへ向ける。
足元から頭の先までじっくりと眺めると、再びスピレアへ視線を移した。
「で?どうしたいわけ?」
何かを察したのだろう。
まるで娘を見守る母親のような優しい笑みを浮かべ、スピレアに問いかける。
「えっ!いや、その…どうって言われても…」
スピレアは視線を泳がせ、指先をもじもじと動かす。
まるで、親に隠し事をしている子どものようだった。
「女は度胸!はっきりしなさい!」
突然の大声に、スピレアはビクッと肩を震わせた。
グラッドはすぐに優しい笑顔へ戻る。
「それに、あなたのパーティじゃない。あなたが決めたことに反対する人なんて…」
そこまで言いかけて、何かを思い出したように口を止める。
「…いたわね」
少し気まずそうに苦笑すると、すぐに気を取り直した。
「まあ、その時はアタシが何とかするわよ」
まるで娘の背中を押す母親のような優しい口調で、グラッドはスピレアに語りかけた。
「だったら…私は、アスターと旅をしたい!」
スピレアはキリッとした表情で、まっすぐグラッドを見つめて言い切った。
「あら、そう?」
グラッドは目を細める。
まるで我が子の成長を喜ぶ母親のような、優しい笑顔だった。
「いいんじゃない?」
そして、ふと思い出したように付け加える。
「でも…ちゃんと許可は取っているのかしら?」
そこで初めて、二人の視線がこちらに向いた。
こちらは、話についていけず呆然と眺めていた。
「あっ…」
スピレアも、今さら気づいたように間の抜けた声を漏らした。
「あらあら、先走っちゃって。ふふふ」
グラッドがニヤニヤと笑う。
からかうような笑みだ。
「え、えっと…」
スピレアは少し頬を赤くしながら、恐る恐る尋ねてくる。
「一緒にコンペートー…京都まで旅をしてくれない…かな?」
その不安そうな声を聞いた瞬間、迷いは吹き飛んだ。
「もちろん。一緒に行こう!」
自分でも驚くくらい、即答だった。
むしろ願ったり叶ったりだ。
どうせ俺の目的は、魔王を倒すか封印することなのだろう。
京都へ行けば、失った記憶を何か思い出せるかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ高鳴った。
「じゃあ、決まりね。ちょっと下がってくれるかしら?」
グラッドは「手のかかる子だこと」とでも言いたげに肩をすくめ、追い払うようにひらひらと手を振った。
「ここでいい?」
何をするつもりなのか分からない。
とりあえず言われるまま、壁際まで下がる。
次の瞬間だった。
グラッドは牢屋の扉の前に立つと、大きく拳を握る。
「ふんっ!」
鋭い気合いとともに放たれた正拳突き。
バコンッ!!
派手な音が牢屋中に響き渡り、木製の扉はあっけなく吹き飛んだ。
「…」
このお姉様には、逆らわないでおこう。
そう固く決意した瞬間だった。
「…それで、この後はどうしたらいいのでしょうか。お姉様」
先ほど目の当たりにした一撃が脳裏をよぎる。
逆らってはいけない。
本能がそう訴えていた。
牢屋を出て恐る恐る、意を決してグラッドに話しかける。
「急に改まって、どうしちゃったのかしら?」
グラッドは不思議そうに首を傾げる。
「アタシに敬語なんていらないわよ。それに、『お姉様』じゃなくてグラッドでいいわ」
優しく笑いながら、そう言った。
「グラッドさんは優しい人だから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
スピレアがくすりと笑いながら言った。
「そうね。アスターちゃんは、明日みんなに紹介するとして…ルドベックちゃんは、アタシが何とかするわ」
グラッドは今後の予定を口にする。
しかし、ルドベックの名前を出した途端、厄介事を思い出したように小さくため息をついた。
「ああ! もしかして、今夜泊まる場所がないのかしら?…それなら、アタシの家に来る?」
こちらが気にしていたことに気づいてくれたらしい。
グラッドなら安全な宿泊場所を用意してくれるだろうと思い、安堵した。
その瞬間。
グラッドがにやりと笑った。
野獣のような鋭い眼光がこちらを射抜く。
ゾワゾワっと背筋に悪寒が走る。
まさか、牢屋の中が一番安全だったとは…。
そう思い、そっと牢屋へ戻ろうとした。
しかし、一歩踏み出したところで腕をがしっと掴まれる。
「なによ。冗談よ」
グラッドは呆れたように笑う。
「失礼しちゃうわね」
グラッドは不満を漏らした。
「ふふふ。教会に宿泊所もあるから、大丈夫だよ」
グラッドとのやり取りが面白かったのか、スピレアはくすくすと笑う。
どうやら、今夜は牢屋で一晩過ごさずに済むらしい。
「それは助かる」
思わず、安堵の息が漏れた。
「何よ。その態度の違い」
グラッドが頬を膨らませ、不満そうに唇を尖らせる。
「アタシの時と全然違うじゃないの」
…それは当然だ。
か弱そうな女の子と、牢屋の扉を拳で吹き飛ばす屈強なオカマ。
同列に考えろという方が無理である。
「ところで、牢屋を壊しちゃって大丈夫なのか…?」
今さらながら、ごく当然の疑問が浮かんだ。
「あっ…」
「あっ…」
グラッドとスピレアが、声を揃えて固まる。
…やっぱり、まずかったらしい。
しばしの沈黙のあと、
「まぁ、大丈夫よ。アタシの腕力に任せなさい」
グラッドはそう言って、ドンッと自分の胸を叩いた。
…ん?
今、話術じゃなくて腕力って言ったか?
少し引っかかるところはあったが、深く考えても仕方がない。
ここは、グラッドを信じることにした。
「気を取り直して。それじゃあ行きましょう」
グラッドは「こんなところで立ち話をしていても仕方ない」と言いたげに踵を返し、出口へ向かって歩き始めた。
「待ってよ、グラッドさん!」
スピレアが慌ててその背中を追いかける。
二人を見失わないよう、その後を追った。




