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牢屋

「うん…ここは…?」

目を覚ました。

ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見回す。

一目で分かった。

ここは病院ではない。

見知らぬ黒い天井。

硬く冷たい地面。

そして、目の前には木で作られた格子。

その奥では、壁に取り付けられた松明が、薄暗い空間を照らしている。

牢屋。

そう判断するには十分な光景だった。

だが、ただの牢屋とは少し違っていた。

壁には古びた採掘跡が残り、岩肌には無数の傷が刻まれている。

「確か…そうだ!」

記憶を辿り、気絶する直前の出来事を思い出す。

「クソオカマ…あいつにやられたんだ!」

女装をした大男。

あの巨体から繰り出された一撃。

腹部に叩き込まれた衝撃を思い出し、怒りが込み上げてくる。

「クソっ!」

苛立ちのまま、木の格子を蹴りつける。

「次に会ったら、借りは利子付きで返してやる」

そう意気込んだものの、すぐに現実に気づく。

あの体格。

あの威圧感。

そして、自分が一撃で意識を失った事実。

「…いや、無理か」

勝ち筋が全く見えない。

しばらく格子を睨みつけた後、諦めてその場に座り込む。

「はぁ…」

ため息が漏れる。

その時だった。

とっとっと、と小さな足音が近づいてくる。

足音の方向を警戒して見ていると、音の正体が姿を現す。

そこには、栗毛色のショートカットの髪。

パチクリとした真ん丸で大きい翡翠色の瞳。

白を基調とし金色の刺繍が施されたRPGのヒーラーのような服を着ている。

そして、胸元には五芒星のネックレスがキラリと輝く。

そんな少女がいた。

その子が口を開く。

「えっと…大丈夫ですか?」

少女は、不安そうな表情を浮かべながら尋ねてきた。

「おおお!」

思わず声が漏れる。

目の前の少女の衣装に目を奪われた。

「何のコスプレですか?」

見たことのないほど本格的な衣装。

まるで、ゲームや映画から飛び出してきたような姿だった。

しかし、そこでふと疑問が浮かぶ。

「コス…プレ…ですか?」

少女は困ったように首を傾げる。

「えっと…何のことでしょう?」

どうやら、こちらの言葉が伝わっていないらしい。

いや、これも演技なのか?

異世界風の設定で接してくれているだけなのかもしれない。

そう考えたところで、ふと現実に引き戻される。

…いや。

そもそも、牢屋の中になぜコスプレイヤーがいるんだ?

ここは一体、どこなんだ?

「ここはどこですか?」

考えていても答えは出ない。

ならば、直接聞くしかない。

少女に尋ねることにした。

「バルダックですよ。」

バルダック…?

聞き慣れない地名に首を傾げる。

漢字で表せそうにない名前。

知らない間に海外へ来た?

…いや、それは考えにくい。

そもそも、あんな生き物が存在している時点で、普通の場所ではない。

だとしたら

もしかして…

ある考えが頭をよぎる。

俺は、転生したのか?

そう考えると、納得できることも多い。

過去を振り返る。

見たこともない野生動物。

魔法使いのような格好をしたギャル。

筋骨隆々のオカマ。

そして、いかにもヒロインのような少女。

「ギャルとオカマ…?」

そこだけは、どうにも引っかかる。

だが、今は気にしないことにした。

「あの…えっと…大丈夫ですか?」

不安そうに少女が尋ねてくる。

しまった。

考え込むことに集中しすぎて、目の前の少女の存在を忘れていたようだ。

転生。

その可能性に気づいた瞬間、胸が高鳴る。

もしかしたら、自分は物語のような世界に来たのかもしれない。

自然と口元が緩む。

「ごめんごめん。俺は、京都から来たよ」

自信満々に答えた。

「京都…ですか?」

少女の表情が曇る。

そして、まるで可哀想なものを見るような視線を向けてきた。

あれ…?

想像していた反応と違う。

京都からいらしたなんて、転生者様ですか?!

みたいに、もっと驚かれ歓迎されると思っていたのに。

代わりに訪れたのは、何とも言えない気まずい沈黙だった。

微妙な空気が、牢屋の中を支配する。

「あの…何か、まずいことを言っちゃいました…?」

恐る恐る尋ねた。

「…ああ!」

少女は何かに気づいたように声を上げた。

「グラッドさんに殴られた時に、記憶がぐちゃぐちゃになっちゃったんですよね?」

少し考え込んだ後、納得したような表情を浮かべる。

しかし、その言葉は確認ではなかった。

そうであってほしい。

そんな願いが込められているように聞こえた。

「いや…えっと…」

その異様な空気に気圧される。

「京都から来たんですけど…」

口にした瞬間、自分の方がおかしいことを言っているような感覚に襲われる。

本当に、何か間違えているのか?

不安が胸に広がっていく。

「…京都は今ではコンペートーって名前ですよ?」

京都が金平糖?

どういう事だ?

聞いたことない呼び方に困惑する。

「どういうことでしょうか…?」

「どうと言われましても……。京都って呼ばれていたのは、魔王が現れて人々を襲い始める前の時代の話です。今は『コンペートー』って呼ばれていますよ。」

少女は、そんなことも知らないんですか?と言いたげな視線を向けながら説明を続けた。

なるほど、わからん。

朝の夢。 炎に包まれた街。 崩れた建物。

あれが最期の記憶だったのか。

「…そうか、俺は死んだのか。」

「いや、生きてますよ?確かに、グラッドさん、全力で殴っちゃったわって言っていたので死んでもおかしくはないですけど。」

どうやら、心の声が漏れていたらしい。

少女がとても混乱している。

死んでいてもおかしくない?

転生してすぐに再転生なんて勘弁してくれ。

さらっと言われた恐ろしい事実に背筋が凍る。

「多分ですけど、女神様が昔に死んだ俺の魂を転生させてくれたんだと思います。だから、転生者ってやつなんだと思います。」

そこまで言ってから、はっと我に返る。

…普通に考えて、頭のおかしいことを言っている。

「…こんなこと言っても、信じられないと思いますが」

急に自信がなくなり、語尾が小さくなりつつ保険をかけておいた。

「…じゃあ」

少女は少し考え込む。

どういう反応をするのか不安で嫌な汗が背筋を伝う。

そして、ぱあっと表情を輝かせた。

「物語に出てくる勇者様みたいですね! じゃあ、一緒に魔王を封印しに行きましょうよ! 勇者様!」

少女の表情にホッとする。

とんでもない提案が飛び出した。

魔王を封印…?

その言葉が妙に引っかかる。

だが、転生した理由を考えれば、魔王を倒すなり封印するなりが目的なのだろう。

そう考えると辻褄は合う。

…いや、合っている気がする。

きっと、死んだ直後に女神様から説明フェーズがあったはずだ。

その肝心な説明まで忘れてしまっている自分に、少し腹が立つ。

それでも、少女から期待していた反応をもらえたことが、嬉しく大満足である。

一点を除けば

「あの…勇者様っていうのは、勘弁してもらえませんか?」

「あれ?嫌でしたか?勇者様?」

「その…毎回そう呼ばれると、恥ずかしくて転生しそうなので…」

追撃の勇者様にくすぐったさに似た恥ずかしさを覚える。

下を向きもじもじとしながら小声で言った。

「えっ?」

少女はきょとんと目を瞬かせる。

「じゃあ、何とお呼びすればいいですか?」

少女の質問に答えようとする。

「俺の名前は…」

そこまで口にした瞬間、言葉が止まった。

思い出せない。

名前だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。

代わりに、頭の奥を締めつけるような痛みが走る。

「っ……!」

思わず頭を押さえた、その時だった。

(アスター)

女性の声が頭の中に響く。

どこか懐かしく。

胸が締めつけられるほど切なく。

それでいて、優しさに満ちた声だった。

「…アスター」

自然と、その名が口をついて出る。

だが、すぐに違和感を覚えた。

アスター?

日本人なのに?

いや、ハーフだったのか?

でも、名字は?

疑問が沸々と頭に湧き上がる。

「アスターさんですか? 私は、スピレアと言います。よろしくお願いします。」

少女は柔らかく微笑みながら頭を下げた。

「さん付けも敬語もやめてくれない?」

「えっ?」

「俺は、ただのアスターだからさ。」

自分の名前だというのに、どこか落ち着かない。

さっきまで勇者様と呼ばれていたせいか、アスターさんと呼ばれるだけでも、くすぐったいような恥ずかしさを覚えてしまう。

その照れ隠しも兼ねて、敬語をやめてほしいとお願いした。

その時、廊下の向こうから聞き覚えのある声が響いた。

あのオカマの声だ。

「スピレアー。大丈夫ー?」

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