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出発前夜

外へ出ると、もう夜だった。

空には無数の星が散りばめられ、静かな教会を優しく照らしている。

教会の入口にある石段へ腰を下ろす。

「スピレアって、精霊術師なんだよね?」

ぽつりと尋ねる。

「うん、そうだよ?」

隣に腰掛けたスピレアが、小首をかしげた。

どうして今さらそんなことを聞くの?

そんな顔だった。

「スピレアの旅って、どんな旅にしたい?」

「…私の旅? 精霊術師の旅じゃなくて?」

きょとんとした表情で聞き返される。

「そう。スピレアの旅。精霊術師の旅なんて聞いても、真面目で難しい話になりそうじゃん」

正直な感想をそのまま口にする。

「うーん…そうだなぁ。各地の精霊様のところを巡って…」

「ちょっと待って」

慌てて止めに入る。

「そうじゃなくてさ。海鮮が食べたいとか、お肉が食べたいとか。そういう楽しい話あるじゃん」

「ふふっ」

スピレアが吹き出した。

「食べてばっかりだね。アスターって、食べること好きなの?」

「たぶん、好き」

食事をした記憶は思い出せない。

だから自信はない。

「ふふっ。"分からない"じゃないんだ?」

少し意地悪そうに、今度はこちらの口調を真似してくる。

「意地悪だね」

わざと頬を膨らませる。

「お互い様」

満面の笑みで返された。

「ふふっ」

「あははは」

何がそんなに面白かったのか分からない。

でも、不思議と笑いが止まらなかった。

ひとしきり笑って、呼吸を整える。

スピレアは夜空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。

「私の旅かぁ…」

「お祭りに参加したり」

「海で泳いだり」

「山の上で星を眺めたり」

「みんなの思い出になるような旅」

「そんな旅になったらいいな」

スピレアは、少女が夢を語るように声を弾ませていた。

でも、その瞳の奥には、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいる気がした。

みんなの思い出。

きっと、この子は本当に誰かの幸せを願える人なんだ。

「いいね」

思わず笑みがこぼれる。

「旅が終わったらさ、『あんなこともあったね』『こんなこともあったね』って笑いながら振り…」

そこまで言って、ふと気づく。

スピレアの表情が少し曇っていた。

理由は分からない。

でも、この話題は、あまり触れてはいけないものなのかもしれない。

それに理由は、知らないほうがいい気がする。

いや、理由を知るのが怖かったんだ。

だから、逃げた。

「ところで、いつ出発するの?」

「あっ、えっと…明日。もう今日かな?」

スピレアが少し慌てて言い直す。

「あっ…伝え忘れてた。ごめんね」

申し訳なさそうに両手を合わせる。

どうやら、本当に忘れていただけらしい。

「今日なら早く寝ないとね」

立ち上がりながら、わざと低い声を作る。

「『おい、不審者!! いつまで寝てやがる!!』ってルドベックに怒られる」

自分でも驚くくらい、よく似ていた。

「ふふふっ」

スピレアが肩を震わせる。

そして、少しだけ声を低くして言った。

「『スピレア!! いつまで寝ている!!』」

意外なくらい似ている。

思わず吹き出した。

「あははは」

「ふふふっ」

二人で笑い合う。

さっきまでの重たい空気が、夜風に溶けていくようだった。

「じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ、アスター」

そう言って手を振り合い、それぞれの部屋へ戻った。

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