帰り道
ローレルとグラッドが前を歩く。
その少し後ろを、俺とスピレアが並んで歩いていた。
会話はない。
気まずい沈黙が、帰り道を支配している。
そんな空気の中。
ローレルが、隣を歩くグラッドの脇を肘で小突いた。
グラッドは、やれやれと言いたげに振り返る。
「アナタ達、いつまでそんな感じなのよ。」
ため息交じりの声。
「そんな些細なことでギクシャクしてたら、これから先が思いやられるわよ。」
そんなことを言われても。
どうすればいいのか分からない。
助けを求めるようにグラッドを見る。
「アスター。」
グラッドが真っ直ぐこちらを見る。
「アナタ、男なんでしょ?」
腰に手を当て、説教を始める。
「男は度胸!過ぎたことをいつまでも気にしてないで、スパッと女の子をリードしなさい。」
「…ごめん。」
今の俺には、それしか言えなかった。
「次にスピレア。」
グラッドは視線を移す。
「アナタもよ。」
「女は愛嬌!いつまでも下ばかり見ていたら駄目。ちゃんと前を向きなさい。」
「…ごめんなさい。」
スピレアもしょんぼりと俯いて、小さく謝った。
「はぁ…。」
グラッドが大きくため息を吐く。
「全然伝わってないわね。」
そして
突然、こちらへ近づいてくる。
「そんな調子なら…」
ニヤリと笑った。
「アスターちゃん、アタシが貰っちゃうわよ?」
次の瞬間。
抱きつかれた。
頬を擦り寄せられる。
やめろ。
左の頬はまだ痛いんだ。
「やめろ。こっちにも選ぶ権利はある。」
必死にグラッドの顔を押し返す。
しかし。
動かない。
このオカマ…強い。
何とか抵抗していると
足が地面から離れた。
持ち上げられた。
「やーめーろー!! はーなーせー!!」
手足をばたつかせて必死に抵抗する。
「ふふっ…何それ。」
その様子を見て、スピレアが笑った。
まだ少しぎこちなさは残っている。
でも、さっきまでの沈んだ表情ではなかった。
「…ありがとうね。グラッドさん。」
スピレアが、グラッドへお礼を言う。
「あら、気にしなくていいわよ。」
グラッドは優しく笑った。
「お礼はアスターちゃんから貰うから。」
そう言って。
腕の力を緩めない。
…緩めない?
嫌な予感がした。
グラッドの顔が近づいてくる。
まさか。
「やめろ。」
脳裏にある言葉が浮かぶ。
ファーストキス。
いや。
本当にファーストキスなのか?
そんなことを考えている場合じゃない。
逃げろ。
両手でグラッドの顔を押さえる。
上半身を限界まで反らして距離を取る。
その瞬間。
ふっと腕の力が抜けた。
突然の浮遊感。
そして…
ドスン。
そのまま地面に尻もちをついた。
「痛いなぁ…急に何なんだよ。」
座り込んだまま抗議する。
すると、グラッドは静かに口を開いた。
「過去を振り返る時間は、いくらでもあるわ。」
さっきまでのふざけた雰囲気はなかった。
「でもね。」
遠くを見るような目をする。
「その時間は、未来の時間を犠牲にしているの。」
誰に言うでもなく。
自分自身へ言い聞かせるような声だった。
「そんなの、もったいないじゃない。」
「明るい未来のために、過去を振り返ってばかりじゃ駄目なのよ。」
らしくない。
そう思った。
その言葉には重みがあった。
「なーにー? 話まとまった感じ?」
真面目な空気を、ローレルの声が壊す。
「あーし、お腹空いたんだけど。早く帰りたいんだけど。」
このギャル。
空気が読めないのか?
…いや、違う。
きっと、わざと重くなりすぎた空気を、いつもの空気に戻してくれたのだ。
そんな気がする。
ギャルだけど。
「ふふっ。」
スピレアがまた笑った。
「私もお腹空いちゃったし、帰ろっか。」
そう言って、手を差し出してくる。
少し迷った。
でも、その手を握る。
「ああ。帰ろう。」
短く答えた。
夕暮れ時。
こうして。
異世界での一日が終わった。




