和解
「あれ? 私…?」
声に反応して顔を上げる。
目を覚ましたスピレアが、辺りを見回していた。
そして…
「きゃー!!」
タオル姿のまま、顔を真っ赤にする。
目が合った。
次の瞬間。
パァン。
乾いた音が医務室に響いた。
左頬に衝撃が走る。
視界が一瞬だけ揺れ、そのまま椅子から転げ落ちた。
「出てって…」
スピレアは布団を抱えたまま、小さく丸まって呟く。
違う。
誤解だ。
あの時は本当に悪気がなかった。
そう説明したい。
ゆっくりと身体を起こす。
「あの時…」
「出てって!!」
謝罪の言葉を口にする前に遮られた。
涙を溜めた瞳が、こちらを睨んでいる。
怒っている。
悲しんでいる。
その両方が混ざったような顔だった。
「はぁ…」
隣でグラッドがため息を吐く。
そして、ポンポンと俺の肩を叩いた。
そのまま背中を押される。
どうやら、今は出て行った方がいいらしい。
グラッドに押されるまま、医務室の扉を閉めた。
左頬がジンジンする。
何が悪かったんだ?
俺はただ、ローレルとグラッドに言われた通り謝ろうとしただけだ。
それが駄目だったのか?
やはり、ギャルとオカマには乙女心というものは理解できないのか。
心の中で全ての責任を二人に押し付ける。
「アスターちゃんねぇ……」
グラッドが呆れたように言う。
「乙女心が分かってないわ。」
どうやら、分かっていないのは俺の方らしい。
…いや、待て。
「オカマ。」
「なによ?」
「なんで、お前が乙女側なんだ?」
目の前には、筋骨隆々の大男。
どう考えても知っている乙女とは違う。
抗議しようとした、その時。
医務室の扉が開いた。
「入っていいってさ。」
ローレルが顔だけをひょっこり覗かせる。
どうやら、スピレアの許可が出たらしい。
中へ入ろうとした瞬間。
背中に衝撃が走った。
「頑張りなさいよ。」
グラッドの張り手だった。
痛い。
どうやら、グラッドは付いて来ないらしい。
「そういうことでぇ。」
ローレルと入れ替わるように医務室へ入る。
二人きりにされた。
とりあえず、丸椅子に座る。
スピレアはこちらを向かない。
気まずい。
というか…
さっきより空気が悪化していないか?
考えていても仕方がない。
「…ごめん。」
ローレルとグラッドに言われた通り、謝罪する。
しばらく沈黙が続いた。
すると、スピレアが口を開く。
「何に対しての謝罪?」
不機嫌そうな声。
また、その言葉だ。
俺には、この言葉の意味が完全には理解できない。
でも。
分かることもある。
スピレアは、ひとつのことだけで怒っているわけじゃない。
いくつもの感情が絡まっている。
それだけは分かるような気がする。
長い沈黙の後。
「…ううん。」
スピレアが小さく首を振る。
「私の方こそ、ごめんなさい。」
そして、こちらを見る。
その表情は、怒りではなかった。
「いや。」
首を振る。
「俺が悪かった。ごめん。」
一度息を吸う。
「でも…記憶がないから、分からないんだ。」
正直に伝える。
言い訳ではない。
ただの事実だった。
「ううん。」
スピレアは静かに答える。
「あの時の私がおかしかったの。だから…許してほしいの。」
おかしかった?
どういう意味だ?
魔物の影響?
それとも別の何か?
気になって、聞こうとした。
「おかしくなっていたって…」
その瞬間。
ガチャ。
医務室の扉が開いた。
反射的に振り返る。
「はーい。元気になったなら帰るわよ。」
グラッドがニヤニヤしながら立っていた。
何かを察しているような顔。
その後ろから。
「ふぅ…」
小さな安堵の息が漏れた気がした。




