女湯(スピレア視点)
私は考えた。
温泉へ向かう道中、ずっと考えていた。
アスターが記憶喪失なのは知っている。
アスターが本当に何も分からないことも知っている。
それなのに…
どうして、あんなに怒ってしまったんだろう。
どうして、あんなに悲しくなったんだろう。
私だって、何も分からない。
そう思った。
無言のまま温泉へ辿り着き、そのまま湯船に浸かる。
静かな時間が流れる。
けれど、その沈黙に耐えられなかったのか、ローレルが口を開いた。
「スピちゃんさ、あれってどうなの? らしくなくね?」
軽い口調。
いつものローレルだった。
でも、私は答えをすぐには出せなかった。
私にも分からない。
どうして、あんなに感情がぐちゃぐちゃになったのか。
頭の中で言葉を探す。
「アスターが…ううん」
首を横に振って、一度言葉を止める。
「アスターのことをもっと知りたいのに、教えてくれなかったから…かな?」
自分なりに整理したつもりだった。
でも、口に出してみると違和感がある。
これでは、何かが足りない。
私自身、何を言いたいのか分からない。
「違くね?」
ローレルは、あっさりと否定した。
そして、私の心の奥を見透かすように続ける。
「本心、隠してるっしょ?」
その言葉にドキリとした。
思わず両膝を抱きしめて小さくなってしまう。
ローレルは、いつもそうだ。
頭が良くて。
周りをよく見ていて。
時々、私より私のことを分かっている。
「ずるいよ……」
思わず呟く。
「じゃあ、ローレルはどう思ったの?」
聞くのが怖い。
きっと、ローレルは気づいている。
私自身が薄々感じていることに。
でも、認めたくない。
認めてはいけないと思っている感情に。
「スピちゃんの様子がおかしくなったのは、フランネルって女の子の名前が出たところからだからさ」
ローレルは淡々と話す。
「そこから考えると――」
「やめて」
続く言葉を遮った。
ローレルの推測の先にあるもの。
それを聞いてしまったら、認めることになる。
だから、怖かった。
「あっそ」
ローレルは、それ以上追及しなかった。
「あーしには、よく分かんないけどさ」
少し間を置いて続ける。
「もうちょっと素直になってもいいんじゃね?」
素っ気ない言い方。
でも、その言葉の意味は分かった。
自分の気持ちと向き合え。
そう言っているのだろう。
でも。
駄目なの。
「精霊術師の旅は、そういうものじゃないから」
静かに言葉にする。
「傷つくだけだよ」
自分に言い聞かせるように。
精霊術師の終着点。
私は、そこへ辿り着ければ、それでいい。
それだけでいいはずだった。
…でも。
少しだけ。
女の子らしいことをしてみたい。
そんな気持ちがあることにも気づいていた。
だから、全部押し込める。
見ないふりをするために。
「そっか」
ローレルは短く返した。
「じゃあ、あーしは先に出るね。ごゆっくりー」
そう言って、先に湯船から上がっていった。
「素直になんかなれないよ」
私は湯船に口元まで沈める。
ゴボゴボと泡が浮かぶ。
顔が熱い。
きっと温泉のせいだ。
そうに決まっている。
でも。
上がることはできなかった。
もう少しだけ。
頭を冷やしたかった。




