会敵
「って、あれ? 死んじゃってない?」
ナルシサスと呼ばれた男が姿を現した。
白い髪は綺麗に整えられ、赤い瞳が鋭く輝いている。
髪型はオールバック。
服装は、まるでロックバンドの衣装のような黒いレザー。
身体の線がはっきりと分かる黒いズボンに、紫色のシャツを着込んでいる。
両耳には、金色のトゲが付いたピアスが四つずつ。
そして、左手には不釣り合いなほど大きなミサンガを巻いていた。
その姿を見た瞬間、グラッドの表情が変わる。
先ほどまでの柔らかな雰囲気が消え、警戒するように距離を取った。
「やばくない?」
ローレルも珍しく真面目な顔をして呟く。
そして、自然な動きでスピレアを背中に隠した。
どうやら、あの男は敵らしい。
しかし、そんなことなど気にも留めていない様子で、ナルシサスはこちらを一瞥することもなく魔物へ近づいていく。
そして、
ドン。
一度。
ドン。
二度。
魔物の身体へ蹴りを入れた。
「フランちゃん、ごめん。もう死んじゃってるよ!!」
そう叫ぶと、ナルシサスは来た道を小走りで戻っていく。
「なっ!? バカ、ナルシサス!! どうするのよ!? 総統に怒られるじゃない!!」
慌てた声が響く。
そして、もう一人の人物が姿を現した。
檸檬色のショートボブ。
黄緑色の瞳。
白を基調としたゴスロリ衣装には、黄色の刺繍が施されている。
その少女の姿を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
知っている。
この少女を、俺は知っている。
なぜなのかは分からない。
でも、確かに知っている。
考えるより先に、口が動いた。
「フランネル?」
その名前を呼んだ瞬間、少女の表情が凍りついた。
驚き。
戸惑い。
そして、恐怖。
そんな感情が入り混じった顔だった。
「えっ…嘘…? どうして、ここにいるの?」
フランネルの顔から血の気が引いていく。
その反応に、こちらまで混乱する。
なぜ、俺を知っている?
なぜ、そんな顔をする?
疑問が浮かぶより先に、フランネルは動いた。
「帰るわよ。ナルシサス!!」
フランネルが何かを投げつけてくる。
反射的に身構える。
しかし、それは攻撃ではなかった。
地面に落ちた瞬間、大量の水蒸気が発生する。
目眩まし。
視界が白く染まる。
そして、水蒸気が晴れた時には…
ナルシサスとフランネルの姿は消えていた。
「ねぇ…どういう関係なの?」
スピレアの声が聞こえる。
振り返ると、そこには複雑な表情を浮かべたスピレアがいた。
怒り。
悲しみ。
不安。
様々な感情が混ざっている。
気がつけば、グラッドもローレルもこちらを見て警戒していた。
「分からない」
それしか言えなかった。
「分からないって…そんなのじゃ分からないよ!!」
スピレアが叫ぶ。
その声が胸に刺さる。
俺は転生者だ。
この世界に、知っている人間なんているはずがない。
なのに。
あの少女のことだけは知っていた。
自分でも理解できない。
説明できない。
状況を整理しようとするほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
だから…
考えることを止めた。
「…ごめん」
沈黙の後、口から出たのは謝罪だった。
けれど、それはスピレアに向き合うための言葉ではない。
逃げるための言葉だった。
「何に対する謝罪なの?」
スピレアの声が震える。
「分からないよ…アスターのこと、何も分からないよ」
頬を涙が伝う。
その姿を見るのが辛かった。
「まあまあ」
ローレルが間に入り、スピレアを宥める。
しかし、その言葉も今は届かない。
「アスターちゃん」
グラッドが静かに口を開いた。
「アナタ…アインシュ族と関係があるの?」
アインシュ族?
聞いたことのない名前だった。
知らない。
何も分からない。
だから、答えられなかった。
俯いて黙り込む。
「アスターちゃん。アタシの目を見て」
グラッドの声は優しかった。
「アナタは今、アインシュ族と関わりがあるの? 今の話よ」
ゆっくりと顔を上げる。
そこにあったのは疑いの目ではなかった。
信じようとしている目だった。
「…ない」
震える声で答える。
「俺には…グラッドと、スピレアと、ローレルしかいない」
怖かった。
この答えで、また一人になるかもしれない。
身体が震える。
「分かったわ」
グラッドは、いつもの笑顔に戻った。
「アスターちゃんを信じる」
その言葉に、張り詰めていたものが少しだけ緩む。
「そんなに怯えないでよ。もう、子犬みたいで可愛いんだから」
そう言った次の瞬間。
グラッドが駆け寄ってきた。
そして、抱きしめられた。
苦しい。
力が強い。
顔を擦り付けるな。
頬が削れる。
それでも。
不思議と嫌ではなかった。
苦しくて。
痛くて。
でも、どこか安心する。
そんな感覚に身を預けていると
「あら、やだ。アスターちゃん。アタシに惚れちゃった?」
グラッドが頬を赤らめて言った。
「アタシに惚れると、火傷するわよ」
全身に戦慄が走った。
冗談でもやめてくれ。
「そんなわけないだろ」
グラッドを押しのけながら答える。
そして、小さく続けた。
「…でも、ありがとう」
「ふふ」
グラッドは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、ローレル。あとは任せたわよ」
そう言って、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「えー、あーし?」
ローレルは露骨に嫌そうな顔をした。
「柄じゃないっしょ」
「アナタ達、友達なんでしょ?」
グラッドがウインクする。
「へーい」
ローレルは諦めたように返事をした。
「じゃあ、アタシ達は先に温泉に行きましょうか」
そう言うと、グラッドは俺の背中を押しながら歩き出した。
温泉へ向かう道のりは、少しだけ軽く感じた。




