強奪
「…なんだこれ?」
何とかすると言ったものの、係留されているジェットボートを見て困惑する。
知っている船とは、構造がまるで違っていた。
エンジンをかけるためのスロットやキーは見当たらない。
試しにいくつかボタンを押してみる。
ピッ。
…何も起こらない。
もう一つ押してみる。
ブーッ!
「うわっ!」
突然、警笛が鳴り響いた。
「…」
どうやら、そう簡単にはいかないらしい。
そして、何より気になるのがハンドルだった。
バイクのような形をしたハンドルの中央には、手のひらほどの水晶玉が埋め込まれている。
「これはなんなんだ…?」
水晶玉をなでながら首を傾げる。
「…やっぱり、吐かせるしかないかしら?」
背後からグラッドの声が聞こえた。
振り返ると、グラッドがやれやれといった様子で倒れているアインシュ族を見ている。
「もうちょっとだけ待っ」
慌てて立ち上がり、グラッドを止めようとした。
その瞬間。
「うわっ!」
足を滑らせ、身体が大きく傾く。
このままでは海へ落ちる!
咄嗟に魔力を込めた。
海水を凍らせて足場を作る。
そうイメージした、その瞬間
ブロロロロッ!
「…え?」
ジェットボートのエンジンが突然、けたたましい音を立てて動き始めた。
「なんで!?」
どうやら、魔力を込めたことでハンドル中央の水晶玉が反応したらしい。
しかし、それを理解するより先に
ドボンッ!
「ぶはっ!」
足場を作ることには失敗し、頭から海へ突っ込んだ。
慌てて水面から顔を出し、大きく息を吸う。
「…何をやっている?」
ルドベックが心底呆れたような顔で呟いた。
「大丈夫?」
グラッドも引きつった笑みを浮かべながら、こちらを覗き込んでいる。
「…なんとか…」
海の中から立ち上がり、濡れた髪をかき上げる。
そして、ため息をついた。
「一応、動くようになったし…行こうか?」
「ええ、そうね…」
グラッドが引きつった笑みを浮かべたまま呟いた。
気を取り直してジェットボートへ乗り込むと、グラッドも続いて乗ってきた。
「本当に使うのか? 精霊様の裁きが下るぞ?」
ルドベックは困惑した様子で、なおも使用を拒んでいる。
「…もういい加減にしてくれよ」
何度も同じことを言われ、さすがに少し苛立ってくる。
「だったら、もう置いていくぞ!」
そう言ってハンドルを握り、魔力を流し込む。
すると
ブロロロロッ。
ジェットボートがゆっくりと前へ進み始めた。
「おおー」
どうやら、この船は魔力に反応して動くようだ。
「ええい! どうなっても知らんぞ!」
ルドベックは半ばヤケになったように叫ぶと、慌ててジェットボートへ飛び乗ってきた。
「じゃあ、出発だな」
三人が乗ったことを確認し、さらに魔力の供給量を上げていく。
ブロロロロッ!
ジェットボートの速度が徐々に上がっていく。
海面を滑るように進み始めると、心地よい潮風が全身を撫でていった。
「おお!」
思わず声が漏れる。
「これはなかなか楽しいな!」
まるで新しい玩具を手に入れた子どものように、自然と笑みがこぼれた。
「楽しそうね。あとでアタシにも代わってくれるかしら?」
グラッドも目を輝かせながら身を乗り出してくる。
「もちろん!」
そんな会話をしながら、しばらく海の上を進んでいると
「…その…」
後ろから、ルドベックの小さな声が聞こえてきた。
「ん?」
振り返る。
ルドベックは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「…私にも、代わってくれ」




