離散
翌朝。
まずは四人で、大図書館へ向かうことになった。
精霊教会本部からほど近い場所には、パウロが誇る巨大な図書館が建っている。
白い大理石で造られた重厚な建物は、まるで神殿を思わせる神聖な佇まいだった。
正面には何本もの巨大な円柱が立ち並び、壁面一帯には精霊や聖人たちを描いた精巧な彫刻が隙間なく刻まれている。
「ここが…大図書館?」
思い描いていた図書館とは比べものにならないほどの大きさと豪華さに圧倒され、思わず呟いた。
「そうよ。すごいでしょう?」
グラッドが少し誇らしげに微笑む。
「じゃあ、アタシは調べ物をしてくるわね。また夕方頃にここで合流しましょう」
そう言い残すと、グラッドは大図書館の大きな木製の扉を押し開け、中へ入っていった。
扉が閉まるほんの一瞬、館内の様子が目に映る。
天井まで届く本棚が幾重にも並び、そのすべてがぎっしりと本で埋め尽くされていた。
二階、三階へと続く回廊が本棚を取り囲み、梯子を使って高い棚の本を取り出す司書たちが静かに行き交っている。
「中まであんなにすごいのか…」
その圧倒的な蔵書量に、思わず感嘆の声が漏れた。
「それでは行くぞ」
今日の案内役となったルドベックが踵を返し、迷いなく歩き始める。
「ちょっと待てよ。最初はどこへ行くんだ?」
スピレアと並んでルドベックの背中を追いかけながら尋ねた。
「昨日言われただろう。まずは騎士団の詰所だ」
素っ気ない返事だったが、その足取りに迷いはない。
昨夜、一人で真面目に案内する順番でも考えていたのだろう。
そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「何をニヤニヤしている?」
ルドベックが振り返り、怪訝そうな顔をする。
「気持ちの悪い奴だな」
どうやら、表情に出てしまっていたらしい。
「何をやっていやがる! このウスノロが!」
ルドベックの後について歩いていると、突然、怒鳴り声が響いた。
何事かと思い声のする方を見る。
そこでは顔を真っ赤にした大男が、一人の少年を怒鳴りつけていた。
少年の足元には、果物やアクセサリーが辺り一面に散らばっている。
怒鳴られていたのは、アインシュ族の少年だった。
「も、申し訳ございません…」
少年は怯えきった声で頭を下げる。
その瞬間、大男が拳を振り上げた。
考えるより先に体が動いていた。
二人の間へ割って入り、その拳を受け止める。
「何をしやがる!」
男が怒鳴りつけてくる。
「それは、こっちの台詞だ」
睨み返しながら拳を握る。
怯える少年の姿が目に焼き付き、自然と手に力がこもった。
「い、いてててっ! 分かった! 勘弁してくれ!」
男は痛みに顔を歪め、必死にもがく。
このまま折ってしまおうか。
そんな考えが頭をよぎった、その時だった。
「不審者。貴様、何をしている?」
肩に手を置かれ、我に返る。
振り向くと、そこにはルドベックが立っていた。
慌てて男の拳を放す。
「ちっ…何なんだよ」
男は恨めしそうにこちらを睨みつけ、痛む右手をさすりながら後退する。
「おい! 帰るぞ! さっさと荷物を拾え!」
少年へ乱暴に命じると、そのまま立ち去っていった。
「何をしているって、あの子を助けたんだよ」
そう答えると、ルドベックは怪訝そうに眉をひそめた。
「少年? 奴はアインシュ族だぞ」
「…どういう意味だ?」
「アインシュ族は教義に背いた犯罪者だ。奴隷として生かされているだけでも感謝すべき存在なのだ」
あまりにも当然のように言われ、言葉を失う。
到底、納得できなかった。
「…それは教典に書いてあるのか?」
「そうだ」
迷いのない返事だった。
「だったら、その教えがおかしいんじゃないか!」
思わず声を荒げる。
「何だと!」
ルドベックの声も一段と大きくなる。
「宗教って、人を幸せにするためにあるんじゃないのか!」
抑えきれない感情が溢れ出す。
「なのに、どうして不幸な人がいるんだよ!」
辺りの視線が一斉にこちらへ集まる。
「それは…」
ルドベックは言葉を詰まらせた。
視線を落とし、小さく口を動かす。
「なぁ! 教典には、そのことがどう書かれているんだ!」
さらに問い詰めようとした、その時だった。
「はいはい。二人さん、熱くなっている所悪いね」
割って入ってきたのは、騎士姿の男が二人だった。
どうやら騒ぎを聞きつけたらしい。
「そちらも大丈夫?」
一人の騎士がルドベックへ目を向ける。
そして次の瞬間、
「…って、ルドベックじゃないか!」
ぱっと表情を明るくした。
「うっ…団長殿…」
ルドベックが露骨に顔を引きつらせる。
「もう戻ってきたのか! 休みはまだ半年くらい残ってるぞ!」
団長は豪快に笑う。
「私は…辞表を提出したはずですが…」
恐る恐る尋ねるルドベック。
「ああ、あれか」
団長はあっさり頷いた。
「捨てたぞ」
「…え?」
ルドベックが完全に固まる。
「そんなことより久しぶりに顔を出せ。みんな心配してたんだぞ。特に女性陣なんて、お通夜みたいな空気でな!」
団長は笑いながらルドベックの肩を組み、そのまま強引に連れて行ってしまった。
「えっ?ちょっ…団長殿!」
抵抗する声だけが遠ざかっていく。
もう一人の騎士が残された。
「あまり問題は起こさないでくださいね」
騎士は苦笑しながら言う。
「…申し訳ないです」
素直に頭を下げる。
「大丈夫ですよ。観光デート、楽しんでください」
爽やかな笑顔を残し、騎士も団長たちの後を追っていった。
「二人きりになったね」
振り返ってスピレアを見る。
すると、
「わ、私もクラスメイトのことが気になるなぁ…今どうしてるかなぁ…」
スピレアは茹でダコのように顔を真っ赤にし、目を泳がせながら言った。
「そ、そういうことだから! またね、アスター!」
そう叫ぶと、一目散に駆け出していく。
「あっ、待って!」
呼び止める間もなく、その姿は人混みの中へ消えてしまった。
「…一人残されて、どうしろっていうんだよ」




