9話 信じ難い話(Side.A)
かくかくしかじかで、僕に半ば強制的にではあるが人外の世界に連れてこられた彼女は今、硝子を通して暖かな春の日差しに照らされた僕の家の温室の中で、僕の向かいに座って紅茶を美味しいと啜ってくれているわけだ。
しかし……と連れてきた立場ながらに思うのは些かどうかと他の者たちに言われそうなところだが、何故ここまでこの状況をすんなりと受け入れてしまっているのかが、元友としては物申させてもらいたい。
これに関しては、良い意味でも悪い意味でも完全なる友としての信頼の積み重ねの賜物によるものであるのは間違いがない。
だが『男』という生き物は一応理性は持ち合わせているが非常に本質は単純なもので、ちょっとやそっとでその気が簡単に湧いて、それに齢なんて関係なく揺らがされてしまう生き物なのだ。
頬を緩ませ、呑気に茶菓子も食べている無防備な様子だとあまりの気の緩さに捕って喰う輩だって間違いなくいるだろう。
言うまでもないかもだが、さすがに僕はそんな人として落魄れるようなことはしない。
釘を刺しに行くようでなんとも大人気ないとは思っているが、僕の括りは悔しくも其方側なのだ。
言い過ぎと言われるやもしれないが、これは全世界において男女共通認識だと僕が堂々と主張したい。
今は硝子越しに見える空の雲を数えるふりをしながら、そんなことを考えて腕を組み天を仰ぎ見ている。
そうしていると其方に意識が傾いていたせいか、完全に彼女の声掛けに気付いたのは三度程名前を呼ばれてからだった。
それからちょっとして彼女が茶菓子を食べ終わった瞬間を見計らって、「君、少しは警戒しないかい?」と聞いた。
だが、返ってきたのは「警戒するって……逆に言いますけどここまで紳士なアル、さんほどの人がこれだけ信頼を積んでおいてこの期に及んで襲うなんてないでしょう。その気で襲える機会なんて幾らだって作れたと思いますしね」なんて、呑気にも程がある回答だった。
僕は彼女の妙な肝の据わり具合に、溜息をつきながら「それはそうだけどね……」と言葉を返したところで言葉の締めの行き場を失ってしまった。
よく分かっていると言うべきか、油断し過ぎと言うべきか……
彼女の事情は"あの時"の歳では見られないような、哀愁の漂う表情と声でそれとなくは分かっている。
何が原因かまでは探ってない以上分からないが、話を聞く限りは、どうも同年代の男の子との巡り合わせが悪かったらしい。
"もう恋愛はしない"とたった九つという歳でするとは考え難い主張だったことを今もよく覚えている。
だからこそ、この関係性を彼女が提案した時は驚きもあったと同時に懸念もあった。勿論今もだ。
それにしても僕も僕だ。
この彼女に対する感情が友に向けるものではないと、三日前に確定してしまった以上どうすべきかをこの三日ずっと考えあぐねている。
この十一年を思い返してみれば自分の気持ちについては、そんなものがあったか……というくらいにはあまり気にしていなかったのか、気付かぬように蓋をしていたのか。
学に勤しむことを体の一部としてきた僕であってもすんなりと答えを出せる気がしないのだ。
……一先ず保留にしておこう。
世の中直ぐに答えを出せるものの方が少ないのだから。
今考えるべきは彼女の笑顔をどう引き出すか、それ以外には何も始まりはしない。
そう決めてから目の前にいる彼女に僕は言葉を紡いだ。
「君がそこまで安心してくれているなら良かったよ。住み心地がいいに越したことはないからね」
「この別荘がギラギラしてないからまだこれで済んでるというのは十分あると思いますけど? しれっとお高そうなものがチラホラ見えたといいますか……」
そうして「いやいや」と彼女が必死に首を振る姿を見て、これはこれで面白いと思ってしまうところを見るに、これは……恐らく研究疲れだろう。
「君が嫌じゃなければまだこの別荘で紹介しきれていない所もあるし、聞きたいことがあれば答えるよ」
「胃に穴が空かない程度に加減していただければ何でも」
「速答だね?」と思わず突っ込んで返してしまったが、彼女に関しては減るものではないのでそこはいいかとしておいた。
さて、とこの状況になってから初めての同居人にどこを紹介しようかと考えていたらふと一番真っ先に(ほぼ個人的なものではあるがそれはいい)気になっていたことがあったのでそれを確めるために"あの場所"に連れていくことにした。




