3話 狙われの身
あれから11年。色々あったことを語りたい気持ちでいっぱいだけれど、ここでは話が逸れてしまうのでそれらはまた今度にする。
あの魔法にかけられたような日から過ごしていて分かったことがあった。
まず、私が人とは違う何かを認識しているこの感覚は霊感とはまた別物であるということ。
本当に私のペンダントのクリスタルは私以外の人にはただの石にしか見えないこと。
そして視えている彼等には何かしない限りは私に気づかないということ。
偶然だったのかは分からなかったけど、視えること以外は何事もなく過ごせていたので、あんな不思議な体験はもう訪れることのないものなのだろうと思っていた。
きっと心のどこかで、私はまたあのようなものを恋しく思っていたのかもしれない。それがきっと引き起こしてしまったのだろう。
「じゃあ、これ買ってきてくれるかい?」
「はい。カランコさん。あと他にありますか?」
「強いて言うなら君の好きなものでも買ってきな」
「本当ですか……?ありがとうございます!」
時は3日前。
手提げの中にハッキリとした字体で書かれた買い物リストを仕舞い込んだ私は、カランコさんに見送られながら、目的のお店に買い出しをしに歩みを進めた。
成長した私は、知り合いの花屋に住み込みで働かせてもらっていた。
母の知り合いことカランコさんは、母がかつて彼女の命を救ったことから話すようになった人らしく、私が働き口を探して迷っていたのを拾ってくれた。
カランコさん自体が小さい頃から見知った顔だったのと、元々花は好きだったのでここで働くことになったのは私的にも天職だったと思う。実際のところ特にトラブルに巻き込まれることもなく、上手くやらせていただいているのだ。
そんな物思いに耽りつつ、目的の人々の明るさに溢れた市場に入ると、見知った顔が私に声を掛けてきた。
「お!おはようジェーン」
視覚から得られるかなりの齢を感じさせない陽気な声で、最初に声を掛けてきたのは、魚屋さんのフィーシおじさんだった。
「おはようフィーシおじさん。また1匹増えたの?」
「いや、今日は切り身だけで勘弁してもらえたところだ。全く困ったもんだよ彼奴らには。何匹追い払ったって、またやってくるんだからよ」
彼はそう口では言いながらも、私が見たことのない新顔の猫を膝で撫でてあやしている。私が知る限りでは猫嫌いだったはずだが、奥さんが捨て猫を保護してきてからというものの、この有り様らしい。
「シャオンは元気?あ、このニシン3尾」
「あいよ。やっぱり孫の成長は早いさ。腰にも満たなかった背丈がこの前会った時にゃもうあっという間に……」
「男の子だもんね。成長期だし」
何気ない世間話に花を咲かせて、お互いにクスクスと笑っていると少ししみじみとした様子で、「そういやジェーンも成人だな」と言葉を掛けられた。
小さい頃からこの市場にはお世話になっていたし、『2日に1度顔を出していればもう身内と言っても過言では無い!』……とかこの市場の商売人方は言いそうなくらいお世話になってきた自信もある。
私はそんな様子に心を引っ張られながらも「そうだね……なんか私も長かったようで短かった気がするよ」と返した。
「成人って言ったらもうお酒も飲めるのか……大きくなったね君も」
「お酒の飲み過ぎは身体に良くないからね。アークアおばさんの為にも、シャオンの為にも……ね?」
「敵わないな……君も酒飲みになったら分かるさ。今度飲むかい?アークアも喜ぶと思うんだがね」
そう、私の住んでいる国では成人が17からなので、一応お酒も飲めなくはないが、母の教えで20歳になるまでは飲まないと勝手ながら決意している。なんせまだこの歳だと、身体が成熟しきっていないということらしい。
私は愉快な誘いに乗りたい気持ちと、申し訳ない気持ちの半々になりながらも、お釣りとニシンを受け取りながら言葉を紡いだ。
「気持ちだけ受け取っとくね。またアークアさんの酒場には顔出しに行くから。つまみとお酌で手を打ってくれない?」
「はっはっは!惚れた腫れたの話か何か持ってこいよ!」
「ふふっ。そんなの私にあるわけないってば!」
そう言いながら私はまた市場の中を練り歩いた。お使いもスムーズに済ませてあとひと店舗というところで、思わず私の口からこんなことが零れていた。
「惚れた腫れた、ね……」
その言葉は雑踏の喧騒の中に紛れて消えていった。フィーシおじさんの言葉を考えながらも、頭を切り替えたい気持ちだけはいっぱいだった。私には無縁、いやそうありたいと願っている自分がいるからだった。
普通はああいったことは起きるものではない。
それを受け入れもせずに真っ先に家族を置いて奴は逃げた。逃げた先で同じように家族を作って、私が生まれ落ちる前の色褪せた母とのツーショット写真の中の時と同じように、笑っていたのだ。
何故こうにも人というのは愚かなのか。
あれだけ母を愛していたくせに。母のお腹をさすって、笑っていた写真も撮らせていたというのに。ジェーンという名前も、奴から賜ったというのが心底憎らしいくらいだ。
母は強くて優しかった。
けど奴は自分のせいで母が衰弱していたのも、露も知らずに笑っていた。幼い頃の私じゃなくても『許し難い終身罪だ』と言い渡したはずだ。
……こんなことになるくらいなら。色恋がこんなにも優しい人を、狂わせて傷つけてしまうのならば、私は……
そう頭の中で久しぶりに出てきた恐々しいものを鎮めようとしていると、嗄れた声が私を呼び止めた。
「おうい。そこのお嬢さん」
それと同時に服を掴まれたので私かと振り返るとそこに居たのは体を外套で覆った優しい顔の老婆だった。
「私ですか」と聞くと老婆は笑って「そうだよ」と返してきた。
「なにか御用ですか」と言葉を続けると道が分からないと言うので、時間にも余裕があった私は道案内をすることにした。
新聞で取り上げられているような事件などとかの世間話をしながらの道中は、とても楽しかった。地図で記されていた目的地に着くと、そこは人通りの少ないような郊外の森の中の小屋だった。
「ここでいいんですか?」
「うん。ありがとうね。御礼と言ってはあれだけどこっちに来てくれるかい?渡したい物があるんだ」
もっと近くにと言うので私は何も考えずに近寄ってしまった。油断するのが寧ろ自然と言っていいくらいの話し方と態度をした"人間"と見えていたのだ。
次の瞬間、驚きの声を上げるまでもなく体は宙に浮き、何も縛られてないというのに体の自由が阻まれた。
目の前の優しい老婆はクククと先程の優しさを捨てて不敵に喉を鳴らしながら姿を変えていく。
たるんでいた肌はハリを持ち、白髪の髪の毛は紫紺色に染まっていき、丸まっていた背もしゃんとなって夕日によって作られた影も大きくなった。
やがてそれは長身のスレンダーな痩せ気味の女の姿へと変貌した。
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