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第38話:14:00 - 鋼の翼と、現実の腐臭

【2026年6月21日 14:10 - 東京都・米軍横田基地】

 電力が完全に失われ、静まり返った首都圏の上空に、空気を引き裂くような四発のジェットエンジン音が轟いた。

 アメリカ軍の巨大なC-5M「スーパーギャラクシー」戦略輸送機が、ハワイの真珠湾パールハーバーから太平洋を越えて飛来し、横田基地の長大な滑走路に次々と着陸していく。

 機体の機首部分が上に大きく跳ね上がり、巨大な貨物室の口が開く。

 中から降ろされたのは、電磁パルス(HEMP)攻撃で焼き切れた首都圏の変電設備を代替するための、超大型の非常用変圧器トランスフォーマーと、米軍規格の野戦用大容量発電プラントであった。

「急げ! 陽が沈む前に、指定された各変電所にバイパスを繋ぐんだ!」

 滑走路で待ち受けていたのは、迷彩服を着た陸上自衛隊の施設科エンジニア部隊と、作業着にヘルメット姿の民間電力会社の技術者たちであった。

「米軍の規格と日本の電圧ケーブル、ジョイントの変換アダプターは噛み合うか!?」

「問題ありません! 米軍の技術将校が事前に設計図を送ってきています。自衛隊の重機でトランスを運び込み、我々が即座に結線工事を行います!」

 そこには、かつての「お役所仕事」の縦割りや、民間と軍隊の壁は一切存在しなかった。

 国家非常事態宣言という強権の下、自衛隊の組織力と、民間企業の技術力、そしてアメリカ軍の圧倒的な物量支援が、ひとつの巨大な「復旧マシーン」として完璧に統合されていたのである。

 彼らの目標はただ一つ。暗闇と恐怖に沈む3000万人の首都・東京に、今夜、再び「光」を取り戻すことであった。

【2026年6月21日 14:35 - 台湾西海岸 台中市 郊外】

 一方、海を隔てた台湾の激戦地では、「国家青年復興奉仕隊」として日本から強制的に送り込まれた学生たちが、生涯消えることのない凄絶なトラウマ(現実)に直面していた。

 自衛隊の輸送機で台湾の飛行場に降ろされ、そのままトラックで台中の市街地へと運ばれた彼ら。

 荷台から降りた瞬間、彼らを襲ったのは、30度を超える真夏日の熱気と、息が詰まるほどの「強烈な腐臭」であった。

「……う、おぇぇぇぇっ!!」

 数時間前まで都内のキャンパスで「平和」と「対話」を叫んでいた学生運動のリーダーは、アスファルトの上に四つん這いになり、胃液を吐き出した。

 彼らの目の前に広がっていたのは、映画のセットなどではない。

 爆撃で吹き飛んだ建物の下敷きになった黒焦げの遺体。中国軍の特殊部隊と台湾軍の市街戦によって、千切れ飛んだ手足や内臓が散乱する血の海。そして、それに群がる無数のハエの羽音。

 冷房の効いた部屋で語る「戦争反対」という綺麗な言葉など、この圧倒的な暴力の痕跡の前では、何の意味も持たなかった。

「吐き終わったか?」

 彼らを監視する陸上自衛隊の隊員が、無表情のまま、分厚いゴム手袋と、黒いビニール製の遺体収納袋ボディバッグを投げ渡した。

「さあ、平和を愛するボランティア諸君。仕事の時間だ」

 隊員の冷ややかな声が、炎天下の廃墟に響く。

「瓦礫の下から、遺体のパーツを拾い集めろ。右手と左手が別の人間のものでも構わん、とにかく袋に詰めろ。……貴様らが日本で『話し合えば平和になる』と念仏を唱えている間に、現実に起きた光景を、その網膜と鼻腔にしっかりと刻み込むんだな」

「む、無理だ……こんなの、狂ってる……僕らは軍人じゃないんだぞ!」

 女子学生の一人が、泣き叫びながら後ずさる。

 チャキッ。

 自衛官が、アサルトライフルの安全装置を外す乾いた音を鳴らした。

「やれ。拒否すれば『治安維持法違反』として、この場で手錠をかけて軍事刑務所送りだ。日本に帰れると思うな」

 学生たちは、絶望の涙を流しながら、震える手でゴム手袋を嵌めた。

 そして、腐乱し始めた見ず知らずの肉塊を、両手で抱え上げる。その生暖かい感触と、脳髄を破壊するような死臭に、彼らの脳内にあった「お花畑の理想論」は、文字通り一瞬にして粉々に打ち砕かれ、消滅した。

 数週間の後、彼らが日本へ帰国する頃には、あの威勢の良かった「反戦の闘士」の面影は微塵も残っていないだろう。彼らはただ、国家の命令に絶対服従し、軍隊の暴力の前に平伏するだけの「空っぽの労働者」へと完璧に作り変えられるのである。

 それこそが、市ヶ谷の地下で幹事長が描いた、最も冷酷で効果的な「洗脳(正常化)」のプロセスであった。

【2026年6月21日 14:50 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

「……台湾へ派遣された学生部隊、現地での作業(遺体回収)を開始しました。相当なショックを受けているようですが、逃亡者はゼロです」

 市ヶ谷の地下指揮所で、情報官が淡々と報告する。

 『国政参画党』の代表は、苦い顔をしてコーヒーを啜った。

「荒療治にも程がある。だが……これで国内で新憲法に反対して暴れる若者はいなくなるだろうな」

「ええ。帰国した彼らの『凄惨な体験談』は、我々にとって最高の抑止力になります」

 『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、モニターから目を離さずに言った。

「人間は、自分が体験した圧倒的な恐怖を、他者にも共有しようとする生き物です。彼らが『戦争は絶対にしてはいけない、だから強力な軍隊(国防軍)で抑止しなければならない』と周囲に語り始めれば、我々の新憲法は国民の深層心理に完全に定着します」

 幹事長の視線は、すでに国内の治安維持から、次なる最大のイベントである「首都のインフラ復旧」へと移っていた。

 モニターには、東京都内の送電網のマップが映し出され、横田基地を出発した米軍の非常用変圧器トランスが、都内各所の基幹変電所へと到着し、結線作業が進められている様子がリアルタイムで表示されている。

「幹事長。民間電力会社からの報告です」

 統合幕僚長が、通信機を片手に歩み寄ってきた。

「バイパス結線工事は極めて順調です。このペースなら、予定より早く、午後6時(18:00)には首都圏の主要エリアへの送電を再開できそうです」

 それを聞いた総理代理(国民民主連盟党首)が、顔をパッと明るくした。

「おお、それは朗報だ! すぐに復旧させよう! 市民も暑さと暗闇で限界のはずだ!」

「いいえ。午後6時には復旧させません」

 幹事長が、氷のような声で即座に却下した。

「な、なぜだ!? 早く電気が点いた方が、国民は安心するだろう!」

政治的演出ショーの基本が分かっていませんね、総理代理」

 幹事長は、自らのボスの甘さを冷酷に指摘した。

「午後6時は、まだ空が明るい。そこで電気が点いても、市民の感動は薄いのです。……電気は、完全に日が沈み、再び暗闇の恐怖が首都を包み込む『午後8時(20:00)』ジャストに点灯させます」

 幹事長の言葉に、指揮所のオペレーターたちも息を呑んだ。

「暗闇の中で絶望させ、我々の『非常事態宣言のラジオ演説』を流した直後に、一斉に光を灯すのです。そうすれば国民は、その光を『救国暫定委員会がもたらした奇跡の光』として錯覚し、我々を神の如く崇拝するでしょう。……電力の復旧すらも、権力を掌握するための最大のプロパガンダとして利用するのです」

 完璧なまでの大衆操作。

 人間の心理を完全にハッキングし、国家の危機すらも自らの権力基盤を固めるための「舞台装置」として使い倒す。この男の底知れぬ冷酷さに、二人の代表はもはや恐怖すら感じなくなっていた。ただ、この悪魔的な天才に従っていれば、自分たちは永遠の権力を約束されるのだという、狂信的な依存へと陥っていたのである。

 作中時間、15:00。

 開戦から39時間が経過した。

 太陽は西へと傾き始め、日本列島は「軍事帝国としての新生」という全く新しい歴史のフェーズを、血塗られた台湾の土と、アメリカの鋼鉄の機械によって強固に構築しつつあった。

 残り9時間。暗黒の首都・東京が、計画された「奇跡の光」を取り戻す夜に向けて、時計の針は静かに、しかし確実に進んでいく。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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