第37話:13:00 - 理想の特効薬と、若者たちの動員
【2026年6月21日 13:05 - 東京都内 某私立大学キャンパス】
『新・日本国国防憲法』の発布から1時間が経過した。
配給の列に並び、非常事態を受け入れ始めた大半の市民とは対照的に、電力を失った都内の大学キャンパスでは、現実を直視できない一部の学生たちが、未だに「平和な時代の幻影」にしがみついていた。
「いいか皆! 新憲法は無効だ! 救国暫定委員会による明らかなクーデターだぞ!」
学生運動のリーダー格である若者が、拡声器(電池式)を手に、グラウンドに集まった数十人の学生に向けて叫んでいた。
「戦争は終わったんだ! なぜ自衛隊を『国防軍』にする必要がある!? なぜ我々が強権に縛られなきゃならない!? 今すぐ非常事態宣言を解除し、中国と対話して謝罪と賠償を……!」
彼らの脳内は、戦後80年間教え込まれてきた「無菌状態の理想論」で満杯であった。
ミサイルの炎を見ても、電力が失われても、彼らは「話し合えば分かる」「軍隊があるから戦争になる」という教義から抜け出せずにいた。腹を空かせ、配給の乾パンをかじりながらも、安全なキャンパスの中から「反戦と平和」をヒステリックに叫び続けているのだ。
「……呆れた連中だ。あの期に及んで、まだあんな寝言を言っているのか」
キャンパスの入り口で、警備にあたっていた警察の機動隊員が、忌々しそうに舌打ちをした。
【2026年6月21日 13:20 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】
「……都内の数カ所の大学で、新憲法に反対する学生たちが集会を開いています。彼らは『話し合いによる平和』を主張し、非常事態宣言の解除を求めています」
情報官の報告を聞き、『国政参画党』の代表は頭を抱えた。
「まだそんな連中がいるのか! ネットもテレビも止まっているから大規模なデモには発展しないだろうが、放置しておけば復興の邪魔になるぞ。情報保全隊に命じて、全員逮捕するか?」
「逮捕などという、税金の無駄遣いはしませんよ」
『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、手元の書類にサインをしながら、氷のような笑みを浮かべた。
「逮捕すれば、彼らは自分たちを『言論弾圧の被害者(悲劇のヒーロー)』だと思い込み、さらに理想論をこじらせるだけです。……ある有識者から、非常に優れた『若者の脳内正常化』のアイデアをいただきましてね。それを実行に移します」
「正常化……? いったい何をする気だ?」
「彼らを、台湾の西海岸へ『派遣』するのです」
幹事長は、極めて冷酷な、悪魔的なビジネスモデルを語るように言った。
「現在、台湾の激戦地では、瓦礫の撤去と、数万体に及ぶ『亡骸の回収』という、最も凄惨で過酷な作業(汚れ仕事)の人手が圧倒的に不足しています。そこで、非常事態宣言下の特例法として『国家青年復興奉仕隊』を創設し、彼ら反戦を叫ぶ学生たちを強制的に徴用します」
その言葉の響きに、二人の代表は息を呑んだ。
「理屈ばかり捏ねる理想論とは、平和と飽食が生み出した一種の『脳の病』です」
幹事長は、冷え切った目でモニターに映る学生たちを指差した。
「その特効薬は、現実の地獄を見せることですよ。……彼らを台湾に送り込み、自衛隊の厳しい監視の下で、吹っ飛んだ手足や、腐乱し始めた死体を素手で袋に詰めさせる。血と泥と排泄物の臭いが充満する真の戦場(現実)を味わえば、彼らの頭の中のお花畑など、たった一日で枯れ果てます」
「しかし幹事長! それはあまりにも……非人道的ではないか!?」
「非人道的? とんでもない」
幹事長は、さも素晴らしい慈善事業であるかのように両手を広げた。
「同盟国である台湾の復興を助ける、崇高なるボランティア活動ですよ。それに、日本のゼネコンが台湾の復興利権を独占するためには、大量の『安価な労働力』が必要不可欠です。学生の徴用は、思想矯正と労働力確保を同時に満たす、極めて合理的な一石二鳥の策です」
【2026年6月21日 13:40 - 東京都内 某私立大学キャンパス】
「軍国主義反対! 救国暫定委員会は今すぐ退陣を……!」
学生たちがシュプレヒコールを上げていたその時。
キキィィィッ!!
キャンパスの正門を強行突破し、陸上自衛隊の大型輸送トラック(3トン半)が十数台、グラウンドへと次々に雪崩れ込んできた。
荷台から飛び降りてきたのは、完全武装した自衛官たちである。彼らの手には、アサルトライフルではなく、無数の「スコップ」と「遺体収納袋」が握られていた。
「な、なんだ!? 自衛隊の弾圧か!」
学生のリーダーが拡声器で叫ぶが、屈強な自衛官たちは無言のまま、学生たちを円陣で包囲していく。
そこへ、拡声器を持った部隊長が進み出た。
「これより、国家非常事態特措法に基づき、ここにいる全員を『国家青年復興奉仕隊』に徴用する! 貴様らには直ちに羽田空港へ向かい、自衛隊の輸送機で台湾の台中市へ飛んでもらう!」
「た、台湾!? ふざけるな、我々は民間人だぞ! 人権侵害だ!」
「人権?」
部隊長は、冷たく鼻で笑った。
「貴様らがぬくぬくと平和を叫んでいる間、台湾の市民は数万人が死んだ。同盟国が瓦礫と死体の山で苦しんでいるのだ。平和を愛し、対話を愛する貴様らこそ、真っ先に駆けつけて復興を手伝うべきだろうが!」
「ひっ……!」
「拒否権はない。逃げる者は治安維持法違反でその場で拘束する。……トラックに乗れ!!」
部隊長の怒号とともに、自衛官たちが学生たちの首根っこを掴み、次々とトラックの荷台へと放り込んでいく。
昨日まで「自衛隊は人殺しだ」とプラカードを掲げていた若者たちは、本物の暴力と国家権力の前に、赤子のように泣き叫びながら無力に連行されていった。
【2026年6月21日 13:55 - 台湾西海岸 台中市 郊外】
一方、彼らが送り込まれる先である台湾の西海岸は、まさに「現世の地獄」であった。
初夏の台湾の気温はすでに30度を超え、高い湿度と相まって、破壊された市街地にはむせ返るような死臭が漂い始めていた。
崩落したビル、焼け焦げた病院、そして路上に散乱する、中国兵と台湾市民の区別もつかない無数の損壊遺体。
ハエが群がり、黒ずんだ血がアスファルトにこびりついている。
先行して現地に入っていた日本のゼネコンの現場監督と、自衛隊の連絡将校が、マスク越しにその惨状を見つめていた。
「……酷い有様だ。重機を入れる前に、まずは人力で遺体と不発弾をどかさないと、復興工事など始められんぞ」
「午後には、日本から『学生のボランティア部隊』が到着します。彼らに手作業で拾わせましょう」
自衛官が、無感情に答えた。
「彼らも、平和の尊さを身をもって学べる良い機会になるでしょう」
【2026年6月21日 14:00 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】
「……対象の学生およそ500名、強制徴用を完了。輸送機にて台湾へ向けて出発しました」
報告を聞いた幹事長は、満足げに時計を閉じた。
「これで、国内で寝言を抜かす連中はいなくなりました」
幹事長は、総理代理と統合幕僚長に向けて言った。
「数週間後、地獄の死体処理を終えて帰国した彼らは、二度と『話し合いで解決』などという言葉は口にしないでしょう。トラウマを植え付けられ、国家の暴力に完全に屈服した彼らは、我々新体制にとって最も従順で扱いやすい『優良な労働者』に生まれ変わるのです」
『国政参画党』の代表は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
この幹事長は、敵国を破壊するだけでなく、自国民の精神構造すらも意のままに解体し、新国家の歯車として冷酷に組み上げようとしているのだ。
作中時間、14:00。
開戦から38時間が経過した。
戦後処理という名の「日本社会の完全な造り替え」は、反乱分子への容赦ない思想矯正という形で、最後の仕上げに入っていた。
残り10時間。暗黒の首都・東京が、再びその「光」を取り戻す夜に向けて、時計の針は容赦なく進んでいく。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




