完全買収(ホールディングス化)と、覇王たちの最終面接
新宿セーフゾーン・南側ゲート。
かつて炎帝が灰にし、聖帝の天使軍勢が激突したその絶対防壁の前に、四人の異様なオーラを放つバケモノたちが立っていた。
純白のスーツを煤けさせた【天帝】。
巨大な獣の毛皮を纏い、威嚇するように牙を剥く【獣帝】。
不気味な魔力を垂れ流す黒ローブの【魔帝】。
そして、無言で愛刀の柄に手を置く眼帯の【剣帝】。
「……ここが、相田蒼太の領域か。外から見ても、異常なまでの魔力密度だ」
天帝が、冷や汗を流しながら青い防壁を見上げる。
かつての絶対的な覇王の余裕はない。彼らは「神の初期化」から逃れるため、プライドをかなぐり捨てて、最強の引きこもりの傘下(子会社)に入るための『業務提携の挨拶(面接)』にやって来たのだ。
「フンッ! いくら結界が凄かろうが、俺たち四大帝が頭を下げる必要はねえ! あくまで対等の『同盟』として――」
獣帝が吠えた、その時。
『ウィィィン』
防壁の一部が自動ドアのように開き、パリッとした黒スーツを着こなした筋肉ダルマ――権田部長が現れた。
「お待ちしておりました、皆様。本日は弊社の『新規グループ参画・最終面接』にお越しいただき、誠にありがとうございます。総務・資源長官の権田と申します」
権田は完璧な角度(45度)で、ビジネスマンのお辞儀をした。
「め、面接だと……!? 俺たちをなんだと思って――」
獣帝が激昂しかけるが、天帝が手でそれを制した。
「……案内しろ。CEO(相田蒼太)とのアポは取ってある」
「かしこまりました。ゲスト用パスを発行いたしますので、こちらのゲートからお入りください」
四大帝がゲートを一歩くぐり、結界の内側(新宿の街)へと足を踏み入れた瞬間。
彼らは全員、雷に打たれたように完全に硬直した。
「な、なんだこれは……ッ!?」
魔帝がローブの下で震える声を上げた。
彼らの目の前に広がっていたのは、崩壊した東京の景色ではない。
塵一つない舗装された道路。煌々と輝く巨大なエコプラント(農業ビル)。そして、何よりも彼らの度肝を抜いたのは、道ゆく一万人の『市民(元難民)』たちの姿だった。
『あー、今日のクエスト(魔石掘り)、疲れたなぁ』
『帰りに温泉寄ってく? そのあと、新しくできた海産プラントの直営寿司屋で一杯やろうぜ!』
血みどろの殺し合いなどどこ吹く風。彼らは清潔な服を着て、ツヤツヤの顔色で、笑い合いながら歩いている。
東京中の富と武力を独占していたはずの四大帝の領地でさえ、これほど豊かで平和な光景は存在しなかった。
「……バカな。一万もの人間を、これほどの環境で維持しているだと? いったいどれほどの魔力が……いや、これほどのインフラを統括するシステムなど、少なくとも我々には……!」
天帝のプライドが、根元から音を立てて砕け散っていく。
「さあ、立ち止まらずに奥へどうぞ。社長がお待ちです」
権田に促され、完全なカルチャーショックで魂が抜けかけた四大帝は、ふらふらとメガ・マート最上階のペントハウスへと案内された。
――最上階・社長室(常夏プライベートリゾート仕様)。
「おー、来た来た。遠いところご苦労さん」
扉が開いた先。室内だというのに広大な白い砂浜と海が広がる異常な空間で。
アロハシャツを着た蒼太が、フラミンゴの浮き輪に乗ったまま、片手に中トロの握りを持って気怠げに手を挙げた。
「そ、相田蒼太……! 貴様、この世界の終わりが近づいているというのに、室内で海を……!?」
天帝が言葉を失う中、蒼太の隣でビキニ姿の女が「プーッ!」と吹き出した。
「アハハハハッ! ちょっとアンタたち、何その顔! 田舎から出てきたお上りさんみたいよぉ!」
「カ、カーミラ!? 貴様、七大帝の誇りを捨てて、そのような破廉恥な格好で……!」
獣帝が驚愕して指を差す。
かつての同僚である欲帝カーミラは、完全に蒼太に飼い慣らされた(ホワイト企業の福利厚生に染まりきった)ダメな大人の顔で、大トロを貪っていた。
「誇りで和牛と寿司が食えるの? 貧乏くさい連中ね! アタシは今や、この新宿ホールディングスのCFO(最高財務責任者)よ! アンタたちみたいな弱小企業の社長よりずっと偉いのよ!」
マウントを取ってくる元同僚に、4人はギリッと歯を食いしばる。
さらに、蒼太の背後には、彼らの本能が「絶対に勝てない」と警鐘を鳴らすほどの圧倒的なバグオーラを放つ白銀の騎士(凛)と、漆黒の執事が控えていた。
武力、財力、そしてインフラ。すべてにおいて、彼らは完全に敗北していた。
「……相田蒼太」
天帝は深く息を吐き、静かに、その場に片膝をついた。それに釣られるように、残る三人の大帝も屈辱に顔を歪めながら跪く。
「……俺たちの領地の全権限を、お前のシステムに譲渡する。頼む、俺たち四大帝を、お前の新宿の傘下に入れてくれ……っ!」
血を吐くような、覇王たちの完全降伏の言葉。
だが、蒼太はタブレットでアニメを再生しながら、面倒くさそうに鼻をほじった。
「えー、どうしようかな。うち、もう幹部の枠埋まってるんだよね。お前らみたいなプライド高いおっさん連中、社風に合わないっていうか」
「そ、そこを曲げて……!」
「それに、お前ら何かスキル(実務経験)持ってんの? 神の初期化を防ぐための『盾』になりたいなら、それなりのメリット(魔石)を毎月納品してもらわないと」
蒼太の完全に『圧迫面接』のような態度に、四大帝は冷や汗を滝のように流した。
かつて命を奪い合った敵に対し、蒼太は一切の武力を使わず、ただ「不採用(切り捨て)」という最大のカードをちらつかせている。
「待ってくれ! 俺の獣の軍団は、未知のダンジョン開拓に使える! 肉体労働なら誰にも負けねえ!」
「ワ、ワシの魔力解析スキルがあれば、エコプラントの生産効率をさらに上げられるはずじゃ!」
「……剣の指導。市民の、レベル上げに、貢献する」
獣帝、魔帝、剣帝が、必死になって自分のスキル(自己PR)を叫び始めた。
世界の覇王たちが、スウェット姿の引きこもり青年に向かって、必死に『御社への熱意』をアピールしているのだ。
「うーん……まあ、いっか」
蒼太はポンッと手を打った。
「よし、全員『子会社の現場リーダー(契約社員)』として採用(M&A)してやる。ルシス、あいつらに『雇用契約書(NDA)』と、賄賂……もとい、歓迎の寿司と和牛を出してやれ」
「ハッ。直ちに」
ルシスが指を鳴らすと、四人の前に、極上のシャリで握られた大トロ、ウニ、イクラの寿司下駄と、焼きたての霜降り和牛ステーキが現れた。
「こ、これは……ッ!?」
四大帝たちは震える手で寿司と肉を口に運んだ。
そして――。
「う、うおおおおぉぉぉんっ!! なんだこの美味さはぁぁっ!! 血の味がしねえ! 泥の味がしねえぇぇっ!!」
「ワ、ワシは……ワシは今まで、こんな美味いものを知らずに魔術の研究を……! 生きててよかった……ッ!!」
「……(無言で涙を流しながら大トロを貪る剣帝)」
天帝でさえも、肉の旨味の前に完全に顔を綻ばせ、無我夢中で箸を動かしていた。
「フフン、わかったかしら? これが『新宿セーフゾーン』の力よ! アンタたちは明日から、このご飯のために馬車馬のように魔石を掘りなさい!」
カーミラが高らかに笑い、四大帝たちは涙と肉汁で顔をぐちゃぐちゃにしながら、「一生ついていきます社長ォォッ!」と土下座でひれ伏した。
血みどろの覇権戦争は、これにて完全終結。
相田蒼太は、一切の指を動かすことなく、東京全域の王たちを『福利厚生』という最強のチートで完全買収(ホールディングス化)し、地球上最大の勢力を作り上げたのだった。




