ドメイン奪取(海鮮リソースの獲得)と、四大帝の戦慄
「よし。聖帝の駆除も終わったし、空いたサーバー(領地)の所有権をこっちに移管(ドメイン奪取)しとくか」
翌日の昼下がり。
蒼太はペントハウスのソファに寝転がりながら、スマホの画面を軽く数回タップした。
【実行コマンド:『Tokyo_Bay(東京湾エリア)』の管理者権限を上書き】
【『新宿セーフゾーン』のサブドメインとして統合(M&A)が完了しました】
『ピイィィィィン……ッ!』
昨日、スパム広告(和牛と温泉)に釣られて新宿に押し寄せてきた数千人の信者たちに加え、主を失ったお台場や豊洲の広大なエリアが、一切の血を流すことなく完全に蒼太のシステム(結界)に飲み込まれた瞬間だった。
「蒼太様。無事に東京湾エリアの制圧(ネットワーク構築)が完了いたしました。……ところで、あのような何もない海沿いの土地を手に入れて、何かメリットがあるのでしょうか?」
傍らに控えていた凛が、首を傾げて尋ねる。
新宿にはすでに無限の食料を生み出すエコプラント(農業ビル)がある。わざわざ魔物の住処になりやすい海沿いを取り込む理由は、防衛の観点から見ればリスクでしかなかった。
しかし、蒼太は目を輝かせてソファから跳ね起きた。
「メリットしかないだろ! 凛、東京湾と言えばなんだ! 海だぞ、海!」
「……はぁ。塩水ですが」
「海鮮だよ!!」
蒼太はタブレットに新たな施設設計図を展開し、熱弁を振るい始めた。
「農業ビルじゃ、肉と野菜しか作れない! でも、豊洲や東京湾のエリアをシステムで浄化して『全自動・超巨大生け簀(水産プラント)』を作れば、マグロ! サーモン! ウニ! イクラ! 新鮮な寿司が無限に食い放題になるんだよ!!」
「す、寿司ぃぃぃっ!?」
その言葉に、部屋の隅でマニキュアを塗っていたカーミラがガタッ!と立ち上がった。
「蒼太様! アタシ、お肉も好きだけどお寿司も大好きなの! すぐに豊洲に防衛軍を派遣して、極上の大トロを乱獲してくるわ!!」
「おう、頼んだぞCFO(最高財務責任者)。海産リソースの確保は最優先タスクだ」
「フフフ……では私は、最高のシャリを握るための『幻影の寿司職人(AI)』をコンパイルしておきましょう」
ルシスまでノリノリで漆黒の羽を揺らしている。
かくして、神の直属の刺客を打倒したという世界中が震撼するような大偉業は、新宿陣営にとっては「寿司のネタが増えた」という最高にハッピーなアップデートとして処理されたのだった。
――しかし。
この事態を、震え上がるほどの絶望と共に受け止めている者たちがいた。
新宿から遠く離れた、東京の地下深く。
他者のシステム干渉を完全に遮断する、鉛と魔力で覆われた秘密の防空壕にて。
残された七大帝――天帝、獣帝、魔帝、剣帝の【四大帝】が、重苦しい沈黙の中で円卓を囲んでいた。
『……聖帝のシグナルが、完全に消失した』
沈黙を破ったのは、黒いローブを纏った魔帝だった。そのしわがれた声は、微かに震えている。
『討ち死にしたのではない。この世界の「登録簿」から、聖帝という存在の痕跡そのものが、塵一つ残さず綺麗に消し去られているのじゃ……。あのような芸当、神以外の何者に……』
『相田蒼太、だろ』
獣の毛皮を纏った巨漢、獣帝が、ギリッと牙を鳴らして冷や汗を拭った。
『信じられねえ。聖帝の野郎が神の犬だったのも驚きだが……その「神の力」を宿したバケモノを、あの引きこもりの優男は、一歩も自分の部屋から出ずに完封したってのかよ』
剣帝は無言のまま、己の愛刀を抱きしめるように目を閉じている。その手もまた、微かに震えていた。
彼らは皆、一つの残酷な事実に気づいてしまったのだ。
「武力」や「魔力」といった次元で、相田蒼太と争うこと自体が無意味であるということに。
彼がその気になれば、自分たちなど「ゴミ箱にドラッグ&ドロップ」されるだけの、ただのデータに過ぎないのだと。
『……半年後だ』
円卓の中心で腕を組んでいた天帝・神宮寺が、重々しい口を開いた。
『半年後、神の本体がこの世界に降臨し、地球ごと初期化の裁定を下す。……俺たちの力では、防げん。確実に消去される』
天帝の言葉に、反論する者は誰もいなかった。
神の端末や聖帝の力の一端を見た彼らには、自分たちのスキルがシステム・ゴッドの手のひらの上で踊らされているだけの「仕様の一部」に過ぎないことを、痛いほど理解させられたのだ。
『だが、たった一つだけ。あの神の初期化を耐え凌ぐ可能性のある「例外領域」が存在する』
天帝の黄金の瞳が、新宿の方角を鋭く見据えた。
『相田蒼太の、「新宿セーフゾーン」だ。あそこはすでに、神の理から完全に切り離された別サーバーとして独立している』
『ま、まさか天帝。貴様、あのイレギュラーの軍門に下る気か!? 誇り高き七大帝の玉座を捨てて!』
魔帝が驚愕の声を上げる。
『誇りでシステム初期化(死)が防げるか!!』
天帝の怒号が、防空壕をビリビリと震わせた。
『炎帝は死に、カーミラは飼い慣らされ、聖帝は消去された。……俺たちが生き残る道は、たった一つ。新宿の傘下に入り、あの堅牢なファイアウォールの内側に「避難」する以外にない』
人間界の頂点に君臨していた暴君たちが、絶対的なインフラ(防壁)の前に、ついにそのプライドをへし折られた瞬間だった。
『……奴の「下請け企業(子会社)」にでも何にでもなってやる。まずは、業務提携(土下座)の交渉だ』
――数時間後。新宿ペントハウス。
「おっ、大トロ美味ぇっ! 結衣ちゃん、次ウニ頼む!」
「はーい! ルシスさんが握ったお寿司、シャリがふわふわで最高だね!」
蒼太たちが、完成したばかりの海産プラントの恵み(高級寿司)を大宴会で堪能していると、再び天帝からの専用回線が鳴り響いた。
「んー? もしもし。今、寿司食ってて忙しいんだけど」
『……相田蒼太。四大帝の総意として、折り入って頼みがある』
電話の向こうの天帝の声は、かつての傲慢な覇王の響きを完全に失い、まるで「大企業に合併をお願いしに来た、倒産寸前の中小企業の社長」のような、悲壮感と切実さに満ち溢れていた。
『俺たちを……お前の会社の「傘下(グループ企業)」に入れてくれないか……?』
「……は?」
中トロを頬張っていた蒼太は、思わず醤油をこぼしそうになった。
最強の引きこもりによる「究極のホワイト企業(新宿セーフゾーン)」。
そのあまりにも圧倒的な福利厚生と防衛力は、ついに戦わずして、残るすべての敵国(四大帝)を完全降伏(M&A)させるに至ったのだった。




