第55話 束の間の平穏
魔王軍軍隊長のヴァレフォールが崩れ落ち
ドサリ、と重い音が街に響く。
さっきまで暴れていた魔獣はボスがやられたことを啞然とした表情で見る事しか出来ず、
風だけが静かに吹き抜けていく。
「た……隊長が……」
遠くで魔族兵の一人が震えた声を漏らす。
「ヴァレフォール様が……負けた……?」
「嘘だろ……軍隊長が……人間なんかに…」
誰も信じられない。
あの圧倒的だったヴァレフォールがたった一人の人間に、
完膚なきまでに叩き伏せられたのだから。
ヴァレフォールの部下達の間に動揺が一気に広がる。
「どうする!?戦うのか!?」
「無理に決まってるんだろ!隊長でも勝てねぇ相手だぞ!」
魔族達が言い争う中で、魔王軍の副官らしき魔族が歯を食いしばりながら叫ぶ。
「総員!!撤退だ!!全軍撤退ィィ!!」
ブオォォォォ――ッ!!
角笛を鳴らすと、魔王軍が一斉に後退を始めた。
「急げ!隊長の回収は無理だ!とにかく生き残れ!!」
煙の中へ次々と姿を消していく。
それを見届けた共和国兵達は、動けなかった。
「……終わったのか?」
誰かが呟く。
「ああ、……そうみたいだな」
別の兵士が信じられないように言う。
「うぉぉぉ!!勝ったぞォォォ!!」
その一人の叫びをきっかけに。
「助かった!魔王軍が退いたぞ!!」
泣き崩れる者に、抱き合い生き残ったことを喜ぶ兵士達。
絶望に包まれていた王都に、ようやく笑顔が戻り始めていた。
「……終わった。」
ケイトも大きく息を吐う。
「あわわ……もうダメかと思いました~…」
モナカの肩から力が抜け、その場へ座り込んだ。
「正直、私もよ……。」
プラティナも苦笑する。
「助かって……本当に良かったですわ。」
アスティが静かに空を見上げた。
「はぁ……。疲れたぁ……。
もう転移なんか当分したないわ……。」
ヘカテはその場へドサッと座り込む。
「お疲れ様、大変だったね。」
リヒトは剣を鞘へ納めながら笑った。
「他人事みたいに言うなや。アンタがケイト達も連れて行くことにしかからやろ。」
ヘカテは横目で睨む。
「そうかな?」
リヒトは困ったように笑う。
「そうや。5人もまとめて転送なんて寿命が縮むかと思ったわ。」
二人のやり取りにケイト達も思わず笑ってしまい、戦いの緊張が少しだけほどけた。
だが、さっきまでの戦いが頭から離れない、ケイトはリヒトを真っ直ぐに見つめる。
「リヒト先生……」
「ん?」
「あの…ありがとうございました!」
ケイトが深く頭を下げる。
「俺達だけじゃ、魔王軍は止められなかった……。街も救えなかったと思います。」
リヒトは静かに首を横へ振った。
「……違うよ、確かに隊長を倒したのは僕だ。でもね…」
ケイト達四人を見る。
「逃げ遅れた人や、怪我をした人…街の人達を助けたのは君達だよ。」
優しく微笑む。
「勇者は敵を倒すだけじゃない。誰かを守れる人のことを言うんだ。」
リヒトのその一言が胸に深く刺さる。
「……ほんま。リヒトの言う通りやで、目の前の困ってる人を助けたい……
その想いだけで、行動してるうちにいつの間にか呼ばれるようになっただけや。」
ヘカテも静かに笑う。
「勇者様!!」
共和国の兵士達が駆け寄ってくる。
「ありがとうございました!あなたとあなたのお仲間のおかげで……!
この国は救われました!」
隊長らしき男が膝をつき、周囲の兵士達も一斉に頭を下げる。
「ありがとうございます!!」
「本当に……!助かりました!」
「ありがとう……。あなた達は命の恩人、この国の救世主様です……。」
街の人々も涙を流しながらリヒトのみならず、ケイト達にも精一杯の感謝の言葉をかける。
その言葉にケイト達は照れくさそうに頭を掻いた。
「ほらね、キミ達はちゃんとこの国を救っている。キミ達は立派な勇者だ。」
そう言って微笑むリヒト。
「リヒト先生…。」
それでも――俺はもっと強くなりたい。
先生のように皆を守れる勇者に。
先生の背中は届きそうもないほどに遠い。
――それでもその背中を追いかけたい。ケイトは静かに拳を握り締めた。
その輪から少し離れた場所で
リヒトは静かに崩れた城壁の向こうを見つめていた。
吹き抜ける風が彼の髪を揺らしその表情からは笑みが消え
その視線は魔王軍が去っていった地平線の彼方を見据えていた。
(魔王軍が、これだけで終わるとは思えない。)
まるでその先に待つ"本当の戦い"を感じ取るかのように。
しかし、
「リヒト先生?」
ケイトが声を掛ける。
リヒトが不安そうなケイトに気付き慌てて笑みを浮かべる。
「……すみません、折角の気分を台無しにしてしまいましたね。
大丈夫です。何があっても私が守りますから。」
リヒトがその不安を口にする事はなかった。
今だけは命を繋いだ人々に束の間の安堵を味わってほしかったから。
王都には歓声が響く、その歓声の裏で
リヒトだけは、一人静かに次なる嵐の気配を見つめていた。




