第54話 勇者の頂
「死ねやァァァ!!」
ヴァレフォールが地面を砕く勢いで踏み込む。
――ドンッ!!
凄まじい脚力で一瞬で間合いを詰め、その鋭い爪がリヒトの喉元を切り裂こうと迫る。
「喰らえぇぇ!!」
空気を裂く一撃。
「速い……!リヒト様!!」
兵士達が思わず息を呑む。
「遅いよ。」
だが、リヒトは慌てる様子も無く、半歩だけ身体をずらす。
それだけだった。
爪は髪を掠めることすらなく空を切る。
「なっ――馬鹿な……!」
ヴァレフォールの瞳が見開かれる。
その一瞬の隙をリヒトが踏み込む。
無駄がない最速の移動。
一歩がそのまま必殺へと繋がる。
剣がヴァレフォールの懐へ滑り込んだ。
《光踏一閃――ルミナス・ステップ!!》
「ぐっ!?」
鈍い衝撃で巨体が宙へ浮く。
ヴァレフォールはそのまま十数メートル吹き飛ばされ、瓦礫へ叩きつけられた。
「うそ……。」
モナカが呆然と呟く。
「あれが、先生の踏み込み……。」
ケイトは拳を握った。
(凄い……あれが、完成形。)
ヴァレフォールは瓦礫を蹴り飛ばしながら立ち上がる。
「チッ……!」
(なんだ。今の踏み込み……。速ぇなんてもんじゃねぇ。)
「まだやるかい?」
リヒトは静かに剣を構え直す。
「ああ?…魔王軍軍隊長を舐めんなァ!!」
ヴァレフォールが獣のように吠えた。
右へ、左へ 縦横無尽に飛び交う連撃。
「どうだ!?今度は見切れねぇだろ!!」
暴風のような猛攻――しかしリヒトの視線は揺れない。
「全部、見えてるよ。」
「何……?」
「次は右から斬り上げ…」
ヴァレフォールの身体が勝手に動く。
「そのあと左足で軸を作る…。」
「やめろ……!」
「最後は回し蹴りでしょ?」
「黙れぇ!!」
叫びながら放った一撃。
だが、全ては言われた通りだった。
「っ!?」
動揺が一瞬だけ動きを止める。
その隙を、リヒトは見逃さない。
――ガンッ!!っと剣が閃く。
《光導予測――ルミナス・プレディクト!!》
「がはっ!!」
ヴァレフォールが再び吹き飛ぶ。
「す、すごい……ですわ。」
アスティが思わず漏らす。
「ああ、軍隊長をあんな簡単に……。」
ケイトも息を呑む。
(これが、本物の勇者の力…)
「くそがァ……!!」
ヴァレフォールは血を吐きながら立ち上がった。
(なんなんだ……。なんなんだコイツは……。)
今まで感じたことのない感情。
”恐怖”――本能が警鐘を鳴らす。
逃げろ、と。
だが、魔王軍軍隊長の誇りがそれを許さない。
「まだだァァァ!!」
雄叫びと共に全魔力を解放する。
「これならァ!!」
全てを込めた渾身の一撃。
――だが。
「来ると思ってたよ。」
リヒトが静かに剣を引いた。
(もらったァ!!)
ヴァレフォールの顔に笑みが戻る。
勝った――そう確信し踏み込む。
その瞬間、リヒトが小さく呟く。
「返す。」
《聖返斬――セイクリッド・リバーサル》
――ギィィンッ!!
「なっ!?」
ヴァレフォールの攻撃が軌道ごと逸らされ、そのまま返ってきた。
「ぐぁっ!!」
腕が弾かれ体勢が崩れる。
「終わりだ。」
リヒトが一歩踏み出す。
その瞬間、空気が変わった。
「……っ!!」
ヴァレフォールの全身から汗が噴き出す。
本能が絶叫していた。
(ヤバい、逃げろと――逃げないと死ぬ!!)
「テメェ……。まさか……。」
喉が震える。
この圧、間違いない……遠い昔――魔族達が恐怖と共に語り継いできた存在。
「勇者……か……?」
リヒトは答えずに、ただ静かに剣を振り上げる。
光が集まるその様子は、暖かくどこか神々しさを感じる。
しかし魔を断つ者には、死そのものに見えた。
「はは……。マジかよ……。当たり……引いちまったか……。」
ヴァレフォールが乾いた笑いを漏らす。
それでも、尚牙を剥く。
「なら……ぶつかってやるよォォォ!!」
最後の誇りを賭けて咆哮しながら、リヒトに迫る。
ヴァレフォールの爪とリヒトの剣がぶつかるその瞬間、世界が白く染まる。
《破邪の剣――マギカ・ストラッシュ!!》
閃光のような一閃、音だけが遅れて世界へ届く。
「……あ。」
ヴァレフォールの身体が止まった。
「これ……が……。勇者……の……剣……。」
血が一筋、流れ膝をつく。
「……ケンカ売る相手を……。……間違えた……みたいだな……。」
微かに笑うと、そのまま崩れ落ちた。
「終わりましたね。」
リヒトは静かに剣を鞘へ納める。
ケイトは言葉を失っていた。
(段違いだ……。)
技、力も、経験も、その全てが自分とは別次元だった。
それでも、目を逸らさない。
あの背中に、いつか追いつくために――




