第42話 その名に、まだ届かず
議事堂を出る頃には、噂はもう広がっていた。
「おい、あれが例の……」
「山賊のアジトを壊滅させた連中だ」
通りの端、露店の前、すれ違う人々。
ひそひそとした声が、あちこちから聞こえてくる。
「なんでも勇者見習いがいるって話だぞ」
「……見習いどころか、もう勇者だろ」
――勇者。
その言葉が、また耳に残る。
「ケイトさん、すごいです!」
モナカがくるりと振り返り、満面の笑みを向けてきた。
「聞きましたか!?みんな褒めてくれてますよ!」
「……ああ」
軽く頷く。
「やりましたね、本当に」
アスティも柔らかく微笑む。
「当然の評価ですわ。あれだけの働きをしたのですもの」
「ま、派手にやったしなぁ」
ヘカテが肩をすくめる。
「噂になるのもしゃーないわ」
プラティナも微笑む。
「Cランクか…。ようやく勇者らしくなってきたわね。」
「……ああ。そうだな。」
もう一度、小さく答える。
だが――
胸の奥は、妙に重かった。
(勇者、か……)
足音が、やけに響く。
ざわめきの中で、
その言葉だけが、やけに鮮明に残る。
(本当にいいのか?)
ふと、足が止まりそうになる。
脳裏に蘇るのは――
あの戦い。
圧倒的だった首領の力。
剣を受けた時の重さ。押し返される感覚。
(俺は……)
歯を食いしばる。
(俺1人では…何もできなかった)
「……ケイトさん?」
モナカが不思議そうに覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。」
そう答えるが、声は少しだけ硬かった。
(モナカが…アスティが…プラティナが…)
(ヘカテがいなかったら…)
拳を、無意識に握る。
ぎゅ、と音がするほどに。
(きっと……勝てなかった。)
「……」
呼吸が、少しだけ浅くなる。
(それなのに……)
(そんな俺が、“勇者”なんて……)
胸の奥に、引っかかるもの。
消えない違和感。
「浮かない顔やな」
不意に、横から声。
ヘカテが、いつの間にか隣に並んでいた。
「……そんなに分かるか?」
「めっちゃ分かるで」
くすっと笑う。
「顔に出とる」
「……そうか」
「“勇者様”って呼ばれて、嬉しくないんか?」
軽い口調。
だが、その目はちゃんとこちらを見ている。
「……分からない」
正直に答えた。
「分からん?」
「俺は、勇者見習いだ」
言葉を選びながら、続ける。
「でも――」
少しだけ、間が空く。
「俺は、一人じゃ何もできなかった」
ヘカテは黙って聞いている。
「みんながいたから勝てた。」
「それなのに……」
視線を落とす。
「そんなのが、勇者って呼ばれていいのか……って」
しばらく沈黙。
通りの喧騒が、遠く感じる。
「……ほな、会ってみるか?」
ぽつりと、ヘカテが言った。
「……誰に?」
顔を上げる。
「決まってるやろ?“本物”の勇者に、や」
「……!」
一瞬、思考が止まる。
「本物、って……」
ヘカテは、にやりと笑った。
「ウチの知り合いや」
「昔、魔王を倒した――正真正銘の勇者やで?」
空気が変わり、周囲の音が遠ざかる。
その言葉だけが、重く響いた。
「魔王を……倒した……?」
思わず、呟く。
「せや。ガチもんやで」
「……そんな人が……」
喉が、少し乾く。
「紹介したるわ」
ヘカテは、くるりと背を向けて歩き出す。
「え、ちょっと待っ――」
思わず声をかける。
「どうせ、自分が何者か知りたいんやろ?」
振り返らずに言う。
その言葉に、足が止まる。
「……」
何も言い返せない。
「なら、“答え”を見に行こか」
軽い口調。
けれど、その一言はまっすぐだった。
俺は、その背中を見る。
迷いなく歩いていく、その姿を。
(本物の勇者……)
胸の奥で、何かが揺れる。
期待か、不安か。
それとも――
「ケイトさん、行きましょう!」
モナカが元気よく声をかける。
「……そうだな」
頷く。
こうして俺達は、新たな出会いへと向かう。
それが――
自分の在り方を変えることになるとも知らずに。




