第52話 間話:メル
「エイッ! あぁー、また外れた」
銅色の弓矢の白い弦を引っ張って、木の矢を丸い木の的に発射した。
また狙いが外れて、家の壁に矢が突き刺さってしまった。
「また一週間ぐらいかかるかも」
いきなり実戦で弓矢は使えないので、午前中はスライムを倒して、午後は家の庭で弓矢の練習している。
最低でも『弓術LV1』を習得するまでは、地下二階には行かないようにしよう。
「あらあら、家の壁が蜂の巣だらけね」
「ご、ごめんなさい……」
「別にいいのよ。貫通させなければ」
洗濯物を取りに来たおば様が庭にやって来ると、困った顔で壁に突き刺さっている矢を見ている。
隊長が行方不明になってから一週間が過ぎた。おば様も少し落ち着いたみたいだ。
前と変わらない日常が戻ってきた。
「それはそうと、メルちゃん」
「はい、何ですか?」
「ジャンヌが馬鹿息子の墓参りに、家に帰ってくるそうなのよ」
「そうなんですか?」
洗濯物を籠に取り込みながら、おば様が話してきた。
私も洗濯物を一緒に取り込む手伝いをしながら聞いた。
隊長のお姉さんであるジャンヌさんとは、二回しか話した事がない。
一回目はお父さん達から助けられた時、二回目は孤児院からこの家に連れて行かれる時だ。
光沢のある少し長い茶色い髪で、隊長の死んだ魚のような暗い瞳と違って、髪も瞳も輝いていた。
適当そうな性格は隊長と似ているけど、明るく社交的な感じだった。
「多分、ジャンヌが孤児院に戻るか、メルちゃんに聞いてくると思うけど、メルちゃんの好きにいいからね」
「はい、ありがとうございます」
洗濯物を取り込み終わったので、おば様は家の中に戻って仕事するみたいだ。
隊長が言っていた男の子二人を引き取る話は無かった事になった。
その代わりに、おじ様とおば様は私を養子にすると言ってきた。
何だか隊長の代わりみたいで、ちょっと嫌だけど、不自由のない暮らしに不満を言うのは贅沢だ。
それに孤児院に戻るつもりはない。私がいなくなったら、おじ様とおば様が悲しむと思う。
「絶対に断らないと」
お姉さんが来て、無理矢理に連れて行こうとしても、絶対に断ると決めた。
孤児院暮らしよりも冒険者暮らしの方が自由で快適だ。
♢
四日後……
「だーれだぁ!」
「きゃあ⁉︎」
ダンジョン帰りに町を歩いていたら、いきなり背後から両目を誰かの手で隠された。
悲鳴を上げて、逃げようとするけど、背後の誰かが強い力で頭を押さえて逃げられない。
「もう酷いなぁー。私の事忘れちゃったの?」
「誰ですか⁉︎ 誰なんですか⁉︎」
女の人の声なのは分かったけど、誰なのか全然分からない。
町の知り合いの女の人はパン屋の店員さん、食堂の店員さん、換金所の受付さんぐらいしかいない。
片目だけでもいいから、顔を見させて欲しい。
「はい、時間切れでーす。不正解だったので連れ攫いまーす」
「なっ⁉︎」
不正解の罰が重過ぎる。
いつまでも手を離さないから、しつこいと思ったけど、これは絶対に新手の誘拐犯だ。
仲の良い知り合いみたいに偽装して、堂々と町中で子供を誘拐するつもりだ。
「くっ、今すぐに手を離さないと斬りますよ!」
頭を掴まれて引き摺られていくけど、何とか左腰の短剣の柄を手探りで探して、右手で引き抜いた。
そして、背後の女の人に見える位置に短剣を持ち上げて、本気で斬るつもりがあると怒った。
「うわぁ! それだけは許してぇー!」
女の人は驚いた声を出して、やっと目から両手を離してくれた。
でも、許してあげない。急いで背後を振り返って誘拐犯を見た。
「……誰ですか?」
やっぱり全然知らない人だった。長い黒色の髪はまったく見覚えがない。
年齢は二十歳前半ぐらいで、両手を上げて降参しているけど、表情は楽しそうにしか見えない。
もしかして隊長の知り合いかもしれない。でも、隊長の恋人だとしたらちょっと美人過ぎる。
「ほらほら、私だよ、私。前に会った事あるでしょ?」
「……一回も会った事ないです。多分、人違いです」
会った事があると言われて、ちょっとだけ思い出そうとしたけど、やっぱり無理だった。
それにやっぱり隊長の恋人じゃなかった。町で会った事も紹介された事もないから間違いない。
「もう酷いなぁー。一ヶ月ぐらい前に会ったでしょ?」
「一ヶ月前……?」
女の人はヒントを小出しにしているけど、多分、私に知り合いの名前を言わせたいだけだと思う。
「はぁ……子供って意外と忘れっぽいんだね。孤児院で会ったでしょ? 私だよ、ジャンヌお姉ちゃんだよ」
「……お姉ちゃんじゃないです」
「えっ‼︎」
女の人はガッカリした感じにため息を吐いるけど、髪の色も長さも全然違う。
町で私の噂話を聞いて、それでお姉ちゃんのフリをしようと決めたみたいだ。
でも、騙されたりしない。無視して家に帰ろう。
流石におじ様とおば様がいる家までは付いて来れない。
「ほらほら、冒険者カードにも名前が書いてあるよ。ほら、ここ!」
「そんなの偽造できます……あれ?」
女の人が隣を歩いて、四角い冒険者カードを必死に見せてくる。
名前をチラッと見ると、確かにジャンヌと書いてあった。だけど、こんなのはいくらでも偽造できる。
やっぱり無視するのが正解だと思ったけど、冒険者カードの顔写真の方が気になった。
顔写真の女の人は髪の毛が茶色だった。
「んっ? どうしたの?」
「写真の女の人と髪の色が違います」
写真が気になっているのに気づいたのか、女の人が聞いてきた。
だから、写真を指差して違いを指摘した。
「あぁ、これは五ヶ月前の写真だからだよ。カードの更新は一年だから」
「へぇー、そうなんだ……」
ヤバイです。もしかしたら本人かもしれない。
そういえば、おば様も墓参りに帰ってくるとか、何とか言っていた気がする。
でも、今更、髪の色以外は忘れていたとはとても言えない。
それに家に着くまで決着は付かない。判定はおじ様とおば様に任せよう。
「ただいま」と言って、女の人と一緒に家の中に入った。




