第九話 獣人について③
自分とアズ、そして狐の獣人である少女の三人は、近場のレストランに入った。
いつもはギルド内の食堂で、割引サービスを使って食事している。そのためそこに比べると、少し高級感があり値段が高く感じた。
日が沈み、いつのまにか雲っていた空は晴れまん丸のお月様が出ている。
星々が輝き、店内の窓からそれらを覗くことが出来た。
光の多い日本の空ではみられないほどの、空を埋め尽くすような空。
この世界に星座という概念があるならば、見つけ放題だろう。
四人席に通されると、自分とアズは一緒の列に、狐の少女は向かい側に座った。
「自分から名乗っていませんでしたよね?私、カイヤと申します。その…先程は取り乱してお見苦しい姿を見せてしまいすいません。」
そう言って、カイヤは自分たちに頭を下げる。
彼女の灰色の髪がゆらりと揺れ、頭から生えている耳がぴくっと動いた。
「別に気にしてないわよ。さっき言ったけど私はアズ。こっちのはフォスよ。」
「フォスです。カイヤさん、よろしくね。」
そう言って自分は手を差し出す。
「わ、私のことは呼び捨てで良いですよ。シルフギルドの冒険者様に敬語を使われては居心地が悪いです。」
「えっと……分かった。カイヤよろしく。」
「はい。」
カイヤは少し恥ずかしそうにしながらも、僕と握手をした。
アズも少し躊躇しながらも、カイヤと握手をする。
「お2人には命を救って頂き、本当に感謝の気持ちしかありません。このレストランでの食事代は私に払わせて下さい。」
カイヤはそう言って、再び頭を下げる。
「そう?じゃあ、そうさせてもらうわね。」
「お、おい、アズ。少しは遠慮の姿勢くらい見せた方がいいんじゃないか?」
僕はカイヤには聞こえないように、アズの耳元でそう囁いた。
「遠慮ってあんたねえ…そんなことしてたらこの子がいたたまれないでしょ?恩の貸し借りは人としての礼儀。くれた恩は同じくらいの恩で返さないと人間としてどうかと…ってまさか……あんた、まさか恩をここで返させないで、良からぬこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「い、いや…そんな訳じゃないよ。」
「どもったらマジっぽい雰囲気出るから、本当にきしょいわよ。それにあんた今金あんの?」
「え、あっ……。」
そう言われて、お金のことを思い出した。
たしかにまだ、ゴブリンメイジの部位を売り払いに行ってきていない。つまり金がないのだ。
「お金のことでしたら問題ありませんよ。」
カイヤがそう口を挟んできた。
どうやら自分たちの様子を見て、カイヤに金銭について話していたことを察せられてしまったらしい。
「そ、そう?ありがとう。」
潔くそうお礼を言うことにした。
このまま食い逃げするわけにもいかない。
「いいえ、お礼を言われるとようなことではないです。それに…その私、一応貴族なのでこう見えてお金があるんですよ。」
カイヤはそそくさと貴族の紋章を取り出すと、僕らの前に突き出した。
この印籠がみて入らぬか!
「あら、貴族だったのね。」
アズは予想外のカイヤの発言に、素直に驚いていた。もちろん僕も驚いた。
だがそう言われてみれば、敬語も扱えているし店に入ってからの行動もマナーを弁えている。
何と言うか気品が溢れているような気がした。
「はい。この紋章通り一応親は、北方にあるウルフ街を治めている貴族なんですよ。」
「へえ……、そう言えばアズも貴族だもんな?」
「え、アズさんも貴族なんですか!?」
カイヤが驚いた表情でアズの方を見た。
「いや、私は貴族じゃなくて元貴族よ。うちの家は既に没落したわ。それより何であなたのような本物の貴族の家のお嬢様が、こんな冒険職なんて職業してるのよ?私が言うのもなんだけど、貴族が好んでやる仕事ではまずないでしょ?」
貴族は土地の領有及び支配をするのが主な仕事なため、基本的に1日ずっと部屋に籠って文書を書いているイメージだ。
外に出て行動をもってお金を稼ぐ職業とは、大きく違うような気がする。
「はは…そう思いますよね。私はその…正室の子供ではなく、愛人の子供でしたから。家にいても居心地が悪かったので。」
カイヤは、少し暗い顔をして下を向いていた。
どうやら深い事情が彼女にはあるらしい。あまり踏み込まない方が良さそうだ。
「そう、なんか話をさせて悪いわね。」
「いえいえ。」
アズの謝罪に、カイヤは軽くそう答える。
アズはあまり他人に対して礼儀とか、謝罪とかをしない人間だと思っていたので…彼女が謝ったのを見て少し感心した。
店員を呼び寄せ、注文を済ませる。
他人のお金で食事をさせてもらう以上、あまり多く注文しないのが人間としての遠慮文化かな…と思っていたら見事にアズが裏切っていった。
多分10品目以上注文していた。どれだけ食べる気なんだこいつは……。
呆れてふとアズを見ると、髪に埃が着いているのに気付く。
いつから付いていたのかは分からないが、ゴブリンメイジを倒してからだろうか?小さい埃なので目立ちはしないが言っておいた方がいいだろう。
「アズ、髪にホコリついてるぞ。」
「はぁ?どこよ?」
「前髪のここら辺。」
僕は彼女の埃が着いているの位置を、僕自身の髪を触ることで伝えようとする。
「ここ?それともここ?」
「いや、違うもうちょっと右だ。」
「ここら辺?」
「あ、行き過ぎた。左だ。」
「ここ?」
「いや……、」
アズの手はことごとく、埃の位置を外す。
これでは、いつまでたっても埃は取れなそうだ。
「いいや、僕が取るよ。」
僕は反射的に彼女の髪に手を伸ばす。これがきっと一番効率的だ。
「は!?い、いいわよ。と、取れるって……。」
彼女は少し嫌がる姿勢をとるが、手が伸びてくるのを見ると大人しくなっていた。
髪を触り、埃をとる。
アズは何か言ってくるかと思ったが、何故か黙って顔を僕から背ける。一瞬だったが、少し顔が赤くなっているように見えた。
そのままアズは、数秒間なんの言葉も発さずに黙り込んでいる。
ここまで大人しくなっているアズも久しぶりに見た。
アズは髪を触られると、無口になるタイプなのだろうか?そんなタイプ聞いたことないが……。それとも触られるのがよほど嫌だったのだろうか?
そんな僕らのやり取りを見ていたカイヤが、不意に口を開く。
「その…、お二人は付き合ってたりするんですか?」
「は!?……え、はぁ!?そんなわけないでしょっ!何で私がこんな奴と、つつつ付き合わないといけないのよっ!」
アズは静かだった状態から一転、いきなり立ち上がって激しく反論した。その衝撃で机がガタンと揺れる。
大声だったので、店内にアズの声が響いた。他のお客さんに申し訳ない。
と言うか、そんな強く否定しなくてもいいじゃないか。少し悲しい。
「そうなんですね。やった……、あっ、すいません変なこと聞いちゃって。」
カイヤは、アズの挙動不審な行動に全く動揺することなく、平然としていた。
むしろ不気味に笑っているようにも見える。
「そ、そうよ。」
アズは一呼吸すると、椅子に座り直す。
このままの雰囲気を嫌ったのか、話を転換させた。
「そう言えば私、あんたに聞きたいことがあったのよ。」
「聞きたいこと…ですか?」
「ええ。あんたにキンググレートボアについて詳しく聞きたかったのよ。」
「キンググレートボア……、」
「あの山に行った経緯とか、仲間がどういう様子だったのかとか、あと、洞窟の死体の山に埋もれてた経緯とか聞きたいのよ。教えてくれる?」
「そ、それは…その……あまり思い出したくないのですが……、どうしてもですか?」
カイヤは少し暗みがかった表情を浮かべる。
どうやら本当に思い出したくないらしい。その気持ちも十分に分かる。仲間を失った現実を思い出して、心をもう一度抉らなければいけない行為だ。
どうしても躊躇したくなるのが当たり前だろう。
「ええ。分かることは全部教えて欲しいわね。もちろん、これはただ知りたいだけとかの私利私欲とかそういうわけじゃないわよ。そうよね、フォス?」
アズは唐突に、話題を振って来た。カイヤの視線もアズから、僕へと移り変わる。
「えっと…そうだね。僕らはキンググレートボアの報告書ってのを書かないといけないんだ。そこでカイヤたちが経験した記憶は重大な資料になる。だから教えてくれると冒険者全員にとってより有益な情報を伝えることが可能になるんだ。だけど…その……別にカイヤに無理矢理言わせる気はない。嫌なら断ってくれてもかまわないよ。」
冒険者としてはもちろん教えてもらいたいのが本音だが、つい先日に辛いことがあったにもかかわらずそれを思い出させるなんて、とてもじゃないが酷すぎる。
別に今じゃなくてもしっかり落ち着いてから再度話を聞いたって問題は無いはずだ。
だがアズは早く聞き出したかったようで、僕のことを睨んでくる。獣人の女の子だからって優しくしやがって……と目が訴えている気がした。
確かに獣人は好きだが、獣人だからと言う理由で特別優しくしている訳では決してないのだ。信じて欲しい。
「な、なるほど……、はい…じゃあ…分かりました。命を救って頂いたフォスさんの願いとならば、しょうがありません。少し長くなりますが大丈夫ですか?」
カイヤはそう言って、形ばかりの笑顔を見せた。
ただれと同時に、カイヤから少し違和感のようなもやもやとしたものを僕は感じる。
まるで彼女の発言が全て意味があるようで、そしてそれもまた全ての嘘のような…そんな変な感覚。
多分気のせいだろう。こんなこと思っては、カイヤに申し訳ない。
「大丈夫だよ。」
そう返答するとカイヤは、1度大きな深呼吸をする。そして覚悟を決めたようにして口を開いた。
「私があの山に向かったのは、『グレートボアの住処の討伐依頼』を受注したからです。いつも組んでいた五人組のパーティーで向かったのですが、あの山はギルドの近くと言うこともあり登り慣れていましたので、今まで通り特に問題はない普通の依頼だと思ってました。」
「私たちと同じ依頼だったのね…。」
アズは小さな声で呟いた。
シルフギルドには一般のギルドで達成されていない依頼や、達成が困難と思われる依頼を引き受けるという制度がある。
これは依頼の滞りを防ぐための決まりなのだが、カイヤの話によると…どうやら僕らが受けた討伐依頼はグリフォンギルドで達成されておらずに回ってきた依頼だったと推測できる。
カイヤたちのパーティーが帰ってこずに依頼達成期間を過ぎてしまったため、シルフギルドに送られたのだろう。
「最初の一日目にまず頂上近くの住処から討伐して、それから徐々にグレートボアの住処を全滅させる予定でした。今までの経験からしてもその作戦は十分実現できるものでしたので、特に問題は無いと思っていましたが……、山の奥に入っていくうちに、いつもよりも出現する魔物の量が増えてきたんです。考えてみれば私たちはあそこで、違和感を持つべきでした……。」
カイヤは淡々と、説明していく。
彼女のパーティーは最初に頂上近くの住処から討伐する予定だったとのことで、僕らの作戦とは完全に逆だ。僕らは最初に麓近くの住処を破壊してから、最後に頂上近くの住処を破壊しに行った。
山は何があるか分からない以上、いつでも下山できるよう麓近くから攻略していくのがセオリーである。ただ彼女たちは行き慣れた山だったからこそ、油断してしまったのだろう。判断を誤ってしまったのだ。
「結局、予定よりも大幅に時間が経ってしまい、頂上に着く頃には空も暗くなり始めていたんです。そこで私のパーティーのリーダーが野営することを提案しました。日が沈んでからの下山は危険ですし、何よりも一番等級の高い金等級のリーダーの言うことでしたから、誰も異見は示しませんでした。今は、本当に…本当に……、後悔してます。」
カイヤはそう言いながら顔を悪くして、俯いた。
悔しそうに唇を噛んでいる。
「野営って、とんだ馬鹿ね。あんたのリーダーもしかして無能?予定通り行かなそうなら、日が沈むまでに下山しなさいよ。アホが……。」
「さ、流石に言いすぎだろ……。」
確かにそのリーダーは無能ではあると思うが、カイヤにとっては信頼していたリーダーである。
こんな辛そうな表情を彼女はしているのに、そういうデリカシーのないような発言はいかがものかと口を挟まずにはいられなかった。
ただ野営という手段は危険なので、確かにしない方がいいのは事実である。
夜行性の魔獣が一般的に多いことに加え、暗いため緊急時に対応し辛い。
戦力と経験が十分に兼ね備えられてないと、あまりにも危ない。
「はい……、改めて考えるとめちゃくちゃなゴミ野郎です。死んで正解かもしれません。」
「そうだよな、そのリーダーだって悪い奴なわけじゃ……って、あれ?」
予想外のカイヤの発言に、僕は耳を疑った。
ゴミ野郎…死んで正解…、どうにも可愛いらしいカイヤには見合わない言葉使いである。
僕の幻聴だろうか?うん、多分そうだ。こんな可愛い獣人がそんなこと言うはずはない。
「それで野営して寝ていたら……、いきなり耳を寸ざくような声が聞こえて、それで……、」
カイヤはそこまで話をした後、後の言葉が出ないのか口を開けては閉じてを繰り返していた。
彼女の体がプルプルと震え始める。やはりとんでもなく顔色が悪い。思い出すという行為は彼女にとって心の負担が大きすぎるかもしれない。
「カイヤ、大丈夫か?無理に話さなくても……」
そう声をかける頃には、カイヤの瞳から涙の雫が流れていた。俯いていて表情こそ見えなが、かなり心が動揺しているのが伺える。
「す、すいません。とても怖くなってきて……、あの…あの……手を、手を握っても…言いですか?」
「え!?ああ、もちろん。」
僕はカイヤの震える右手を、両手で握ってあげる。
不安なときほど人肌と言うのは、安心をもたらすものだ。
ただこうして女性の手を握るのは、人生始めてだったりする。日本で生まれてからこの方、家族以外の異性の手を握ることなど無かった。
やばい…手汗とか大丈夫だろうか?何だか緊張してしまう。
それに横に座るアズの視線が何故か鋭い。僕を睨んできているのだ。
別に僕はやましい気持ちで彼女の手を握っている訳では無いのだ。確かに女性の手は柔らかいなとか思ったりしているが…決して、決して違う。
手を握ってあげたからか、彼女の震えるも少しずつ治まっている気がする。顔色も少し良くなった。
人生初の試みでも、彼女に安心を与えられたなら良かった。カイヤは震える唇を何とか動かし、話の続きを始める。
「……あのキンググレートボアが居たんですよ。リーダーが立ち向かったんですが…一瞬で……その……死んでしまいました。皆激しく動揺してたんだと思います。私以外の全員は一目散にバラバラに何処かに走って逃げてしまい…ました。けどっ…私は……私はどうしよもなく怖くて…どうしていいか分からなくなって……その場で気を…失いました。」
カイヤは言葉を何とか絞り出し、自分たちに伝える。
彼女の瞳から何筋もの涙が流れているのが見えた。
少しでも心の動揺を抑えられるよう、彼女の手を強く握ってあげる。
「ふーん、そうだったのね。それで、気付いたらあの死体の山に埋もれていたってこと?」
「はい……。それからフォスさんたちが助けてくれるまで、ずっとあの山に埋もれてました。多分キンググレートボアは私のこと、死んでいると勘違いしたんだと思います。」
キンググレートボアは餌を住処に溜め込む習性がある。
彼女の予測はおそらく、正しいだろう。
言っていなかったがこの習性は、冬眠に備えるためだと言われている。なので普段に食べる訳では無いので、彼女が食べられる心配も無かった訳だ。
「私たちが助けるまでかなりの期間があったわよね。食事はどうしたの?水分は取った?」
獣人と言えど水分を取れなければ何週間かで、死んでしまう。僕たちが彼女を助けたのはおそらく2週間くらい経ったくらいだろうから、当然の疑問だ。
「死体の餌の山から食べれそうな魔物を生で食べていました。水分は多分、死体から流れる血を吸っていたんだと思います。生憎獣人ですから、歯も胃も頑丈なので……って食事する前に話す内容ではありませんよね。」
「いや、すごく勉強になったよ。ごめんね無理して喋らせて。ありがとう。」
「そうですか……、良かったです。」
彼女はそう言って顔をあげると、僕に微笑んでくれた。魔物を生で食べるとか、何だか色々ありそうで怖いな。彼女には身体検査のようなものが必要かもしれない。
魔物は火を通せば十分に食べられる美味しい食料になるが、生でとなれば話は大きく別。まあそりゃ当然だろって感じだ。
「けど、まさかビビッて気絶したおかげで今、生き残れたってのは不思議なことよね。」
気絶しなかった人は皆死んで、気絶した彼女だけが生き残れたというのは、もう運がよかったとしか言いようがないだろう。
魔物に死んだふりなど普通通用しないし、もしかしたらカイヤは死んだふりをする才能があるのかもしれない。
「まさに不幸中の幸いだね。」
「そうね。地獄に仏って感じよね。」
「はい。もっけの幸いだったと思います。」
全員それぞれの感想を言い合っているようだが、結局言っている意味は一緒である。
さっきまで具合悪そうにしていたカイヤも、ようやく調子を取り戻してきたようだ。
顔色がだいぶ良くなっっているし、震えも収まっている。
「それで……、あんたたちはいつまでそうやって手をつないでいるのかしら。」
アズの眼が、ギラリと僕とカイヤが繋いでいる手を睨む。
言われてみると確かにずっと彼女の手を握っていた。
「あ、カイヤごめんね。」
僕は彼女の手を放そうとするが、カイヤが握り返してきた。さらに強い力で手を握り合った状態になる。
「い、いえ…その、フォスさんの手、すごく安心しました。手暖かいんですね……、何だかこうして手放すのが名残惜しく感じてしまいます。」
カイヤはそう言って、上目遣いで僕の顔を見てきた。
何だか分からないが、とてつもなく可愛い。
だが横からの目線がとんでもなく怖い。
カイヤは徐々に握る力を弱めると、僕の手の甲をなぞるようにして、手を離した。
まるで言葉で言わずとも仕草だけで、名残惜しさを訴えているかのようである。
なんだかドキドキしてきた。
「なに、鼻伸ばしてるのよ!」
「痛っ!?」
アズが勢いよく、脚を踏んできた。
そのせいでドキドキしていた気持ちが、一瞬でぶっ飛んでしまったのは言うまでもない……。
ご愛読感謝申しあげます。
評価、感想等頂けたならば幸いです。




