第十話 獣人について④
獣人の少女カイヤ。彼女の心の内を知っている者は誰もいない。
彼女は誰もが想像し得る何倍も狡猾で、頭の回る女性である。
貴族の家系に生まれたカイヤであったが、当主と不倫相手の間に生まれたために幼少期は必ずしも良いものではなかった。当主である父親はカイヤのことを溺愛してくれたが、父の正妻である便宜上の母親はカイヤのことひどく嫌っていたのである。
彼女を産んだ本物の母親は彼女を父に預けた後、ひっそりと姿を消したらしい。そのために彼女は母親の愛というものを知らずに育つこととなった。
彼女は獣人であったこともあり、使用人や兄弟からは日々罵倒の言葉が聞こえた。純潔の人間しかいない家系に唐突に他種族が入って来たことは、あまり気が良いものではなかったのだろう。母親はカイヤと会話することすら嫌い、唯一家庭での味方父親のみ。
それでも幸運であったことはやはり、彼女を溺愛してくれる父がこの家の当主であったことだ。
彼は彼女に他の兄弟たちと何ら変わりない高等教育を施した。欲しい物があればなんであろうと用意し、彼女のことを悪く言う発言をする者は、妻であろうと注意した。
カイヤに魔力の才能が無いことが分かったときも、決して見捨てることはしなかったのである。
そう、彼女には魔法の才能が無かった。
魔力量と言うのは生まれた時点でほとんど決まっており、努力でどうにかなるわけではない。カイヤは武器に魔力を流し込むことすら困難なほどしか魔力を持っていなかったのだ。
魔力があれば魔法学校などに入学し、魔術師となる道もあっただろう。他にも優秀な貴族の嫁になったり、一流の冒険者になったりとそういう道もあった。だが、彼女には困難な道を通る以外の選択肢は無かった。
それはカイヤ自身も幼少の頃から自覚しており、それ故に彼女は数年の間、自身の生きる道を探し求めることとなる。
少女とそう相称されるくらいの年齢になったとき彼女は、自身に恵まれたルックスと体系があることに気付く。そして、その利点を生かして生きていくことを決めた。
それからと言うもの、カイヤは父には一流のファッションデザイナーや男を篭絡する技術を持つスパイの女性など、とにかく技術を持っている人間を集めてもらうことを頼んだ。
そしてその方々に教鞭をとってもらい、とにかく勉強して技術を習得していったのである。それに最低限の戦闘ができるように、戦闘技術の修練も欠かさなかった。
いつ何時、命の危険が分からないこのご時世に戦闘技術は必須。さらに彼女はさっさと家を抜け出して冒険者になろうと考えていたので、戦闘スキルはより欠かせないものであったのである。
カイヤの漠然とした将来のプランとして、冒険者になった後、世界四大ギルドに所属するエリート冒険者と接点を持ち、恋仲となることで不自由なく暮らしていく…と言うのがあった。
冒険者は収入が少なく安定している職業と言えないが、世界四大ギルドの冒険者は違う。
四大ギルドの寄せられる依頼はほぼ全てが高額で、ある程度の活動をするだけでそこら辺の貴族よりも高い収入が見込めるのだ。積極的に行動すれば億万長者も夢じゃない。
見下してくる兄弟や使用人、そして母親を見返すためにもこのプランをできることなら達成したいと常日頃考えていた。そしてそのためならどんな手段も辞さないと。
15歳になったときに居心地の悪かった家から抜け出し、入ることのできたグリフォンギルドの冒険者となった。父は彼女が家を出ることをひどく悲しんだが、他の全員はやっと出て行ったかとせいせいしていたことだろう。
冒険者になった後も、父は彼女のことを心配して月に何十万と多くのお金を仕送りしてくれている。そのことに非常に感謝はしてるが、こんなにも彼女のために尽くしてくれた父にこれ以上迷惑をかえることは少し気が引けた。だがもらえるお金を拒否するのは損している気がして、結局いらないと言ったことは今までに一度もなかったのである。
貴族の中では落ちこぼれのカイヤだったが、冒険者の中ではかなり優秀だと評価されることなった。
冒険者になるような人間は大体が、学が無く文字を書けない者も多い。戦闘訓練をしたこともない者も大勢いた。そのため魔力の才能のない彼女でも簡単に倒すことができたのだ。魔物の知識が豊富で頭もよく、戦闘能力も高い彼女は、ギルド内でも優秀な新人としてすぐに有名になったのである。
コミュニケーション能力も修練の成果もありずば抜けて高かったため、すぐに優秀なメンバーとパーティーを組むことに成功する。依頼も次々にこなしていき、等級もギルド内では最速期間で銀等級に昇格することになった。
幼少の頃にあれほどいたカイヤを貶す人々はいなくなり、逆に褒めたり持ち上げてくれたりする人間しか周りにはいなくなった。完璧なルックスに加え、男性を一瞬で落とすような仕草や言動を良くする彼女は、他のギルドで話題になるほど有名になる。毎日誰かしらに告白されるほどにモテモテとなったのだ。
ただそれでもカイヤは全くもって満足していなかった。
毎度男性を振っては「私は恋愛に興味が無い」と言っていたが、それは事実だ。
彼女にとって一般ギルドに所属する冒険者など恋愛対象にすら足りえない。将来への足掛かりくらいにしか思ってなかったのである。彼女にとっては一緒にパーティーを組んでいた仲間ですら、彼女が生き残るためなら見捨ててもかまわない存在だった。
見た目や言動から見える人間像よりも、カイヤは何倍も冷徹だったのだ。
そして彼女に大きな転機が訪れることとなる。
たまたま受注したグレートボアの討伐依頼で、彼女は命の危機に瀕することとなったのだ。
今でも思い出しては怖くて震えるほどに恐ろしい経験となった出来事であったが、そのおかげで世界四大ギルドの一つであるシルフギルドの冒険者と接点を持つことに成功した。
そう、それは彼女が思い描いていた理想の出来事だったのである。
カイヤには別に仲間を失って、辛いとか苦しいとかそういう思いは一切なかった。パーティーなんてある程度優秀な男性冒険者に、それとない言葉をかけるだけで作ることができたし、その程度のものと言う認識しかなかった。逆に仲間は、悲しむ可哀そうで幼気な少女をアピールすることができるので、死んでくれて良かったと思っていたのだ。
泣いたりや悲しんだりする仕草は、全て演技だったのである。
そして夢の実現のためにも彼女は、目の前に座るフォスと言う男性に狙いをつけたのであった。
彼と恋仲になることができれば、夢が実現したも当然。わざわざ無理を言ってグリフォンと一緒に、シルフギルドに来た甲斐があったと言うものだ。
フォスという青年はルックスはそこらの平凡くらいだが、戦っているときはとてつもなくかっこよかった。実は彼らに助けてもらうとき、彼女には少し意識があったのである。
キンググレートボアが私に向けて突進してくる姿、夢半場のこんな場所で死ぬんだとそう思った瞬間に彼が颯爽と現れて、キンググレートボアを討伐した。
まるで本の中の王子様のような姿に、心がキュンとなったのは嘘ではない。
初めて恋に落とされたような感覚。そしてその相手はシルフギルドの金等級冒険者と、これ以上に将来プランに当てはまる人間はいない。これまでに話した感じ、性格も申し分ない。まるで運命の赤い糸で結ばれている相手なのかと錯覚するほどには、理想ドンピシャの男性だ。
彼を落とせずして、今までの技術の修練は何だったのかと思うのだ。
何が何でも彼を落とす、そうカイヤは心に決めた。
カイヤは今までに得た知識をフルに使い、彼を落とす計画を瞬時に立てる。
仲間を失ったか弱い女性をアピールしつつ、彼がドキッとするような言葉や仕草を会話に自然に混ぜ込むように心がける。
ただ一番重要なのは。これからも彼と会うような関係を構築することだ。
どれだけ彼に可愛いと思われても、接する機会がこれからなければ意味は無い。いつの間にか他の女性と恋仲になっている可能性は十分にある。それに彼の横に座るこの女……。アズと言っただろうか?仕草や表情からしてフォスに気がある可能性が高い。
私を救うために戦ってくれたらしいが、そんなこと今やどうだっていい。フォスを狙っている時点で彼女は私の敵だ。
確かに見てくれは良いが、胸の大きさと言い身長以外のスタイルでは私の方が勝る。それに言動や仕草はあまり女性的ではなく、品位が無い。まともに戦えば、私の方に軍配が上がるはずだ。
同じパーティーを組んでいるからこそフォスと信頼関係こそあるが、逆に言えばそれだけ。
私が彼と毎日会うような仲になれば、簡単にひっくり返せるだろう。
そのために先ずは、やはり彼と長く付き合っていける理由を作りたいものだ。いっそ、弟子入りでもしてみようか?思い付きだが割といい案かもしれない。シルフギルドに入りたいという理由をつければ完璧だ。
魔力の才能が無い私には難しい話かもしれないが、キンググレートボアの一件以降、魔力の調子に違和感を感じていた。魔力量は才能以外でどうしようもなく、生まれたときに決まっていると聞いてたはずなのだが、何故か魔力量が増えていたのである。
不思議に思っていたが、これは使えるかもしれない。ただ未だに扱うことすらできないことを考えると、やはり断られるだろうか?
そうなったとしたら、最終手段を使うしかないだろう。
彼らはお金を今は持ってないと言っていた。それならばこのレストランと言う場所は私のテリトリー。断れない状況を作り出し、弟子の約束をこぎつける。
最悪脅すことにもなるし、彼を怖がらせることになるかもしれない。
だが印象など後からいくらでも変えられるし、あまり大きな問題ではないはずだ。
私は、結果を得るためなら手段は問わない女なのである。
★
注文した料理が届き、僕ら三人は食事をする。
アズがとんでもない量を頼んだために、テーブルは料理の皿で一杯になった。
他人のおごりだというのに、この量を頼めるアズの神経に呆れてしまう。
カイヤも流石の量に、顔が引きつっていた。本当にうちのアズがごめんなさい。
食事するにあたり、カイヤと日常生活の話をすることとなった。
さっきまで初対面だったと言うのに、何だか昔からの友人のように思えるほど距離が狭まったように思える。ただの普通の獣人少女に見えていたが、コミュ力は明らかにずば抜けて高いようだ。
もしこれが日本の学校生活だったとしたら、彼女はカースト最上位の陽キャ組に所属していたことだろう。
僕とは一切関りのなさそうな、タイプだ。
今こうして話せているのは、異世界様々なのかもしれない。
「私、人生で初めて白金等級の冒険者さんに会いました。あの方がかの有名なクリスタ様ですよね?」
カイヤは綺麗に魚を食べながら、そんなことを話し出した。
流石貴族だけあり、魚の骨が綺麗に取られている。
すごい…ぜひやり方を教えて欲しいものだ。
「あー、うん、そうだね、あのちょっと怖い感じの人がクリスタだよ。」
白金等級は冒険者における最上位の階級。
一般の冒険者のカイヤにとって、その存在は神のようにすら見えているかもしれない。ちなみにクリスタと言うのは、あの副ギルドマスターの名前だ。
「やはりあの方が…って、怖そうではありませんでしたよ。私が泣いていたときはハンカチを下さったですし…とても優しそうな方だなと感じました。」
「あれ、外面だけは完璧だものね。フォスはあれの弟子なんだし、痛いほど分かってるでしょ?」
「あ…うん、まあね。」
「え!?フォスさん、クリスタ様のお弟子さんなんですか!?」
「うん…。と言っても弟子だったのは一年くらいだけどね。」
「いえいえ、すごいですよ!?かの高名なクリスタ様のお弟子だんだなんて、尊敬しちゃいます!」
「そ、そう?ありがとう……。」
あまりにもカイヤの眼が輝いていたので、そう返答するしかなかった。
シルフギルドには弟子入り制度があり、これは冒険者育成においてとても重要な決まりだったりする。
かなりの才能と実力を有していないとシルフギルドに入ることはできないわけだが、それでもシルフギルドの冒険者から見ればまだまだの青二才冒険者にしか見えない。
そのためにシルフギルドに入団した時点で誰かしらが師匠となり、さらに高レベルな技術習得のため修行させるのだ。
僕にとってその相手が、あの副ギルドマスターであるクリスタだったわけだ。
だからああ見えてクリスタとの関係は他のシルフギルド冒険者たちより深いのだが、だからこそ彼女の内と言うのを少なからず知っている。
僕から言えることはクリスタは確かに頼りになるし尊敬はしているが、割とクズである。
カイヤにとっては憧れの冒険者だろうし、その理想を壊さないために何か言うのは止めておこう。
「本当にお二人を私は尊敬してますよ。あの……、少し話は変わるのですが、お二人はどのくらいの付き合いなんですか?恋人同士に見えるくらいには、信頼関係があるように見えたので……。」
カイヤは唐突にそんなことを聞いてくる。
「恋人同士……、え!?あっ、私たちは五年くらいよね?」
アズはよほど恋人と言うワードが引っかかるようで、少し顔を赤くしていた。
ちょっと動揺しながら僕に聞いてくる。
「そうだね。クリスタの修行が終わってすぐからだから、五年くらいにはなるかな。」
「五年ですか?思ったより短いんですね。てっきりもっと長い時間パーティーを組んでいたのかと思いました。」
「五年って私、結構長いと思うんだけど……。」
「いえ、あの…お二人が五年とは思えないほどに信頼関係が築かれてると思ったってことですよ~。」
「そ、そう!?まあ、そんな感じに見えるならしょうがないわよね~。」
アズは何故か胸を張って、嬉しそうにしている。
張る胸などないのだが……やべ、こんなこと思ってるってばれたら殺されそうだ。
アズとは五年の仲ではあるが、確かに信頼関係と言う意味では一生付き合ってきたのか思うくらいにはある。
面倒でときどきムカッと来ることもある彼女だが、僕がこの世界で一番信頼している存在は誰かと聞かれれば彼女と言うことになるだろう。
両親とは疎遠だし、彼女以上に長く人生を共にしてきた人間はいない。
「ふふ、私もそれくらいフォスさんと厚い信頼関係で結ばれたいです。」
カイヤはそんなことを言って、笑みを見せた。
いきなりそんなことを言われると少し照れる。
女性経験が少ない僕に、そんな発言とその笑みは反則だ。ちょっとドキドキしてしまう。
正気保つんだフォス、こういう女性は大体僕以外にも同じ言動しているのだ。けっして僕のことを好きなんじゃないかと錯覚してはならない。
これは日本で生きていた僕の教訓だ。日本で生きていたとき、どれだけそう勘違いしてきたことか。
非リア陰キャ男子に、優しい女子は特攻倍率がかかるのだ。勘違い、ダメ、絶対。
それからもカイヤとの他愛もない話は続いた。
貴族の生活はどういうものだったのかとか、グリフォンギルドはどういう雰囲気なのかとか、割とどうでもよさげではあるが、色々と面白い話を聞くことができた。
彼女と会話しながらの食事は楽しく、気づいたら食事を完食していた。カイヤも同様だったようで、「あ、いつの間にか食べ終わっちゃいました。」と笑っている。
だが、アズは頼んだ量が量なので、僕らが食べ終わった後もずっと食べているのだ。
自然と、カイヤと二人で会話するようになる。
今までどういう魔物と戦ってきたかとか、戦争でこういう活躍をしたんだとか……、多分いつの間にか自慢話になっていただろう。
それでも彼女は興味ありげに、熱心に話を聞いてくれた。カイヤは聞き上手だな…と感心するほどである。彼女はキャバ嬢にでもなったら、きっと町一番人気とかになれる才能を持っている。
やはり才能のある人間と言うのは、どの世界にも存在するものだ……。
「やっぱり、フォスさんってすごいんだなぁ。それにすごくかっこいいし、まさに一流冒険者って感じですよね。」
「いやいや、僕なんてまだまだだよ。」
彼女は僕のことをとても褒めてくれている。よほど彼女にとって僕はすごい人間のように写っているのかもしれない。
ただ本質はただちょっと運が良かっただけの、才能もない転生冒険者にすぎない。あまり過大評価して欲しくないものだが、褒められるというのは純粋に嬉しい。
何で人間ってのは子供のときあんなにも褒められるのに、大人になると褒められる機会が少なくなるのだろう。大人になっても、カイヤのように他人を褒められる人間でありたいものだ。そうすれば社会はもっと良くなって行くはずだ、きっと。
「も〜、そんなフォスさん謙遜しなくても良いですよ。シルフギルドの金等級冒険者は言ってしまえば、冒険者カーストのほぼトップ。本当は私なんかが話せるような地位の方ではないんですから。」
「いやいや、シルフギルドの冒険者だからと言って、そんな大層な存在じゃないよ。カイヤにも普通に会話して欲しい。」
「えぇ、そうですか?なら私はフォスさんにとって特別な存在ってことになりますよね!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ〜。一般ギルドの私がシルフギルドの金等級冒険者様に話しかけていいってお墨付きをもらったんですから。グリフォンギルドで自慢できちゃいます!」
彼女はそう言って、僕にピースサインを見せた。
特別とか、本当に陰キャ男子に会心の一撃を与えそうなワードである。
自然にそういう言葉が出るあたり、天然の思わせ振り女子と言ったところか。
この子モテるんだろうな〜と何となく思った。
そんな僕らが会話していることなど気にする様子もなく、隣のアズはバクバク料理を口の中に頬張っている。
それどころか更に注文をし始めたのだ。
カイヤもさすがに引いている様子だが、止めようとはしない。言ってしまった以上、彼女も引き下がれないのだろう。
アズはどれだけ食う気なんだろうか?
こんなに食べる彼女は今までに見たことがない。今までは金が無かったから、食べる量を抑えていたと言うことなのだろうか……。
いっそフードファイターとしてやっていけそうなくらいは、食べている。
「その…フォスさんも、私に遠慮せずもっと注文しても良いですよ。言った通り金ならありますから。」
カイヤは気を使ってか、僕にそう声をかけてくれる。
金ならあります…なんて僕も人生で1度くらい言ってみたい。
「いや、大丈夫だよ。僕はカイヤと話してるだけで、食べる以上に楽しんでるから。」
僕は適当なことを言って誤魔化す。
もっと食べれるならもちろん食べたいが、アズがこんなに食べている以上、カイヤにこれ以上の迷惑をかけたくはない。
「っ…!?あっ……、えっと…ありがとうございます。まさかそんなこと言って頂ける何て、とても嬉しい…。」
カイヤは驚きながらも、少し照れた表情を見せた。
今までの反応とは違い、素って感じの照れ方である。
「けど…私分かってるんですよ。フォスさんがまだ満腹じゃないってこと。本当に遠慮しなくていいのに……。」
「いやいや。僕は本当に満足してるよ。」
「もう…フォスさんって本当に優しいんですね。けれどアズさんはこんなに食べてるのに全然食べてないのって、不公平だと思うんです。私はフォスさんに、アズさんと同じくらい恩返ししたい.......」
カイヤはそんなことを言うと、急にぐっと身を乗り出してきた。
顔が近くなり、彼女との距離が狭まる。
彼女から漂い甘い匂いが、ふんわりと漂って来た気がした。
「そのぉ……、フォスさんは、私に何かして欲しいことはないですか?」
「え!?えっと……、」
僕は唐突なこの状況に、動揺せずには居られなかった。異性にいきなりこんなこと言われて迫られるなんて、経験したことなどもちろんない。
それにカイヤが前屈みになっているせいで、首元の襟から胸元がちらりと見える。
何故か少し服が着崩れており、カイヤから色気を感じずには居られなかった。
心臓がバックバクに動いてるのが僕でも分かる。
「私、フォスさんの頼みだったら何でもしますよ。な、ん、で、も。だから遠慮せずに私に言ってください……。」
カイヤ優しく諭すような声色で、そう囁いてくる。
唐突に感じたその色気と雰囲気に、つい何かを口走ってしまいそうな気がした。
カイヤの手がゆっくりと伸びてくる。
そして僕の手に触れる……
その瞬間、横から出てきた手がフォスの腕を掴んで、ぐっと引っ張った。
手の位置がずれ、カイヤの手が僕の手を掴めずに空振る。
「あんた……、どういうつもり?」
僕の腕を掴んだのは、アズであった。
彼女は低い声でそう言うと、カイヤを鋭い目で睨む。
「なんですかぁ?どういうつもりもなにも、これは私とフォスさん二人だけの話です。アズさんには関係ないことですよ。」
「は?私が質問してんだから、ちゃんと答えなさい。どういうつもりでフォスの手を掴もうとしたのかって聞いてるのよ!」
「別に、フォスさんが私にして欲しいことを聞いただけですよ。ちょ〜っと人前で言い辛いことでも、教えてもらえるように距離を詰めただけです。その過程で、手を触ってもなにもおかしくないですよね。」
「いいえ、おかしいわよ。わざわざフォスの手を握って、何?誘惑でもする気?」
「誘惑って何のことですか、カイヤには分からないで〜す。フォスさん、アズさんが怖いです。助けて下さい。」
「何、逃げようとしてんのよ。で〜すとか何?気持ち悪い。それで媚びてるつもり?」
「酷い…、私の語彙の何が悪いんですか。アズさん怖いよぉ……。」
「っ……あんた、ぶっ潰すわよ!」
アズが拳を振り上げたので、僕は彼女の腕を掴む。
「アズ待て、とりあえず落ち着くんだ。ここで手を出したら騎士団送りになる。」
「くっ…、だってこいつが……。」
アズは腕をプルプルさせるが、僕が止めたおかげか腕を下ろしてくれた。
急激な状況の変化に、正直僕はついていけてなかったのだが、アズはカイヤの思わせ振りな仕草に怒りを感じたのだろうか?
男受けする女性は、女性から嫌われることが多いと聞いたことがある。まさに今、その状況になったと言う解釈で合っているのだと信じたい。
「アズさん、いきなり怖いですよ。私殺されるかと思いました。」
カイヤは少し怯えているように見せながら、そう言葉にする。ただその様子は演技のようにも見え、更にアズを挑発しているようであった。
「それは、あんたが悪いんでしょ。」
「え〜なんでですか。私、フォスさんに何をして欲しいか聞いただけなのになー。」
「その聞き方が気に食わないって言ってるのよ。」
「えー、普通に聞いただけなのに……。それで、フォスさんは私に何をして欲しいか、決まりました?」
「フォス、変なお願いしたら、許さないわよ。」
アズは脅すように、僕を睨んでくる。
「アズさんなんか気にしなくて大丈夫ですよ、フォスさん。素直に言って下さって構いません。」
カイヤは少し甘えるような声で、僕に笑みを見せる。
なんだろう、まるで修羅場のような状況である。
女性二人に返答を迫られる、ある意味イケメンでしか遭遇できないような状態だ。
カイヤは僕の、お願いを何でも聞いてくれるらしい。
何でもということは、多分何でもである。
アズがたらふく食べた分、それと同じくらいのお願い……。何かあるだろうか。
数秒間考え込むと、一つのお願いを見つけてしまった。
すこしカイヤには申し訳ない気もするが.......、人生でこれをしてもらえる機会など、これから一回もないだろう。それなら、ここは恥を忍んでお願いしてみるとするか……。
僕は決心すると、カイヤの目を真っ直ぐと見据えた。
「コンコンって言いながら、狐のまねして欲しい。」
「「え?」」
カイヤとアズの声がハモっていた。
「き、狐のマネですか?」
カイヤは動揺が隠せないような様子で、きょとんとした顔をしている。
「うん。恥ずかしいかもしれないけど、お願いできるかな?」
「もちろん、良いですが……。」
「ぷっ、狐の獣人なのに、狐のマネさせるってどういうことよ!ふ、ふふっ、意味わかんないんだけどっ!あはっ、あはははははっ!」
何故かアズにはバカ受けだったようで、ドンドンと机を叩いて笑っている。
ただ僕は至って、真面目なのだ。
ここまで可愛い獣人女の子が、耳と尻尾がある狐の獣人にも関わらず、狐の真似をする。
カイヤにしかできない、まさに獣人を極めたかのような言動。是非見てみたいのだ。
「意味わかんないお願いだけど、フォスさんは本気でやって欲しいようね……。予想外だわ、これを気に、彼とあれの関係を乱した上で、体の関係まで漕ぎ着けたかったのに……。けど、気合い入れるのよっ、私!ここで完璧にこなすことで、フォスさんに可愛いってアピールするの!」
カイヤは小さな声で何か言っているようだった。
何度も深呼吸して、胸をとんとんと叩いている。
「それじゃあ、やりますね。」
そう、少し大きな声でカイヤは僕に宣言する。
笑っていたアズも、なんとか笑いをこらえるようにしてカイヤの方を見る。
僕も真剣な目で、カイヤを見つめた。
数秒間の沈黙。
カイヤは両手を軽く握ると、自身の顔に近づける。
そして猫のようなポーズをとった。
少し恥ずかしそうに、彼女の耳がふるっと動く。
「コンっ、コン」
カイヤは顔を薄く紅潮させながら、そう言い切ったのである。
僕はその光景を、バッチリと目の中に焼き付けた。
横のアズは床を転がるほど、笑っていた。
ご愛読感謝申しあげます。
評価、感想等頂けたならば幸いです。




