第十一話 獣人について⑤
「カイヤの狐のマネ、すごく可愛かったよ。感動した。」
「あ、ありがとうございます…。けど同時に人間として何か大事な物を失った気がしました。」
カイヤはそう言って引きつった笑顔を見せた。
彼女には本当に申し訳ないお願いをしたと思っているが、コンコンは僕の心の中に深く刻まれた。きっと今日の出来事を思い出すだけで、いついかなるときでもほんわかできる気がする。
いつの間にかテーブルの上の食器はタワーのように積み重なり、アズがやっと最後の一皿のデザートを口にしている。
「ごめんね、カイヤ。こんなに食べさせてもらっちゃって。」
「いいえ、大丈夫ですよ。けど……、その、さすがにここまで食べられるとはさすがに思ってませんでしたね。あはは……。」
彼女の乾いた笑いは、僕の良心を傷つけるには十分なものだった。
本当に…本当に……アズがすいません。
先程アズとカイヤが軽く言い争いのようになったが、こういう現状である以上、カイヤの気持ちも分かる気がする。
「その……実は私、お二人に聞いて欲しい話がありまして……。一つ私の話を聞いてくれませんか?」
カイヤは今までになく改まった様子で、そう言ってくる。彼女の顔はいつもとなく真剣な表情をしていた。
「うん。もちろんいいよ。」
狐のマネをさせてもらっている上にここまで迷惑をかけてる以上、拒否するつもりはない。
アズも興味なさそうにしながらも、カイヤの話に耳を傾けている様子だった。
ただ顔は既にすでに、食べ終わったら帰って寝たいという顔である。
めちゃくちゃに無礼な奴である。
本当に元貴族かと、疑問に思うほどだ。
もしかして設定?……とか思ったのだが、言ったら顔面昇竜拳をくらいそうだ。
「実は私、次のシルフギルドの試験を受けようと思うんです。」
カイヤはそんなことを言ってきた。
シルフギルドの試験は毎年、年に一回行なわれ、何千人という冒険者がシルフの冒険者という名誉を求めてやってくる、大規模な試験である。
「はぁ?あんた、試験受けるって正気?それグリフォンギルドを辞めるってことにもなるけどそれでいいの?」
「はい。」
カイヤは真剣なまなざしでそう答える。
「今まで、色々グリフォンギルドでお世話になってきたんでしょ?今回も色々あったし……今すぐなんて急すぎる話だと思うわよ。」
アズは真面目なトーンでそう言った。
珍しく、まともなことを言うなと少し感心した。
「別にそんなことないです。私が言ったら、うちのギルドマスターは許してくれますよ。それに私はこう見えて本気で言ってるんです。」
「ふーん、フォスはどう思うの?」
アズは唐突に、僕に話を振ってくる。いつものことだが……。
「うーんと、そうだね。カイヤが思ってるほどシルフギルドってのはいいギルドじゃないと思うよ……。世界四大ギルドの冒険者としていつも責任が付きまとうし、危険な任務を強制的にやらされることも多い。ゆっくりと考えてグリフォンさんとしっかり相談してからの方がいいかな…ってのが率直な意見かな。」
自分は諭すように言ってみるが、カイヤは少し不満そうな様子だ。
「確かにそうかもしれませんが……、私はシルフギルドに入りたいんです。」
「シルフギルドの冒険者は、依頼料は高いけどその分危険な仕事が多いの。普通の冒険者生活を送りたいなら、グリフォンギルドで薬草集めとかの仕事をした方がいいわよ。」
「お金なんて関係ありません。私のこの気持ちは変えるつもりはないんです!」
彼女はそう真っ直ぐな目で言い切る。
どうやら本気で言っているようだ。
シルフギルドは他の四大ギルドと比べて、所属する冒険者の数が少ない。
それでいて白金等級の冒険者が三人もいるため、僕も入る前はストイック集団みたいなカッコ良さを覚えていたことを思い出した。
真相はギルドマスターであるシルフが認めた冒険者しか入団させていないと言うだけなのだが……、彼女からも、もしかしたらそういう風にカッコよく見えているのかもしれない。
カイヤ様子を見たアズが、小さくため息をついた。
「はぁ…本当に本気のようだから、隠さずストレートに言うわよ。あんたレベルの実力じゃシルフギルドに受かるのは難しいわ。キンググレートボアごときにビビって失神する人間がシルフギルドに合格できると思ってるわけ?せめてもっと修行してから出直して来なさいよ!」
アズは激しい口調でそう言い切る。
机を蹴ったのか、激しい音が聞こえた。
だが、彼女の言ってることは正論なのかもしれない。
シルフギルド含め、世界四大ギルドの入団試験はそう易々合格できるものではない。
どれだけすごい魔物を倒した実績があろうが、どれだけ高貴な家柄であろうが、ギルドマスターがうんと言わないと合格できない。
そして僕らのギルドマスターであるシルフに認められるのは、本当に難しい。
毎年何千人という冒険者が試験を受ける中、受かる人間は片手で足りるほど。
一人も合格しなかった、何てのもあるのだ。
かく言う自分が試験を受けた年も、受かったのは自分を含め二人だけ……。まあその一人がアズなのだが。
ただそうだと言うのに、狭き門をくぐって合格しても、入ってみれば合格してきた猛者しかいない。
自分より何倍も才能がある奴はゴロゴロといて、自分の才能の無さを痛感させられるのだ。
実際に入ってから辞める人間も今まで何人と見てきた。
生半可な気持ちで入っては、本当にすりつぶされる恐ろしいギルドなのだ。
無難な冒険者生活をしたいなら、入るべきではない。
カイヤもそれは重々承知なようで、彼女の顔にはそれでも合格したいと言う覚悟が見えた。
そして……次に彼女から発せられた言葉は、自分とアズ二人を驚愕させるものであった。
「それは分かっています。だから……お二人に修行していただきたいんです!お願いします!私の師匠になって下さい!」
「「え!?」」
その唐突な発言に、自分とアズは驚きを隠せず互いに顔を見合わせた。
あまりにも予想外のお願いであった。
「あんた……、それどういうことなのよ?」
「私お二人に教えて頂いたら、強くなれる気がするんです。お願いします!」
「いや、普通に無理よ。」
「それでも…それでもお願いします!」
彼女は何度もそう言って、自分たちに頭を下げてきた。
アズが断っても、全く引く気配が見えない。
「ねえ、ちょっと……、私から言っても効果無さそうだから、フォスから言って断りなさいよ。」
アズが僕の耳元で、そう小さな声で言ってくる。
考えてみればカイヤに近づかれたときはあれほどドキドキしていたと言うのに、アズに近づかれてもあれほどの動揺はない。
もしかしてから自分にとってアズは、異性と言うよりかは家族みたいな感覚なのかもしれない。
アズの囁きにしょうがないなぁと、思いつつカイヤの方を向く。
「その…カイヤ、僕もカイヤがシルフギルドに入りたいなら応援したい。けど、僕たちにも生活があってさ。お金を儲けるために、何日も依頼を受けたりしに行かないといけないんだ。だから修行に付き合ってあげるような時間が取れそうにないんだよ。ごめんね。」
僕はそう言って、カイヤを説得しようとする。
だが、彼女は下げた頭を上げようとしない。
「もちろんただでとは言いません。授業料としてお金はしっかり払います。だからお願いできませんか?」
「え!?えっと……、」
お金と言うワードと聞いて、口が止まってしまった。
武器を買ってしまったせいで、すっからかんの財布。
依頼を受けると言っても手頃な依頼があるとは限らず、正直将来の金銭的不安は大きい。
「ねえ、アズ……お金くれるって言ってるけど……。それならこのお願い受けてもいんじゃないか?」
小声でそうアズに伝えた。
「た、確かにそれは魅力的だけど……、けど、私たちがカイヤを修行させてあげられるの?大体私たち、人に教えたことある?」
「無いけど……、僕らだっていつ新人の育成係に任されるか分からないだぞ。それならカイヤで経験積んで置いた方が……。」
前にも言ったが、シルフギルドには新しく入った新人の育成を行うため、ギルド内の冒険者が師匠になる制度がある。
僕らは白金等級の次に高い、金等級。いつギルドマスターに言われて、その係になるか分かったものではない。
「けど私たちに、こいつの合否の責任なんて背負えないわよ。」
「確かに……。」
お金が貰えるとはいえ、これは彼女の人生を大きく左右する問題。僕らにそれほどの、重責は背負えない。
もう一度僕はカイヤの方を見た。
「カイヤの気持ちは嬉しいけど、多分僕らよりも教えるのが上手い人はたくさんいる。それこそグリフォンギルドにだっているはずだよ。グリフォンさんに言えば、誰か紹介してもらえるかもしれない。」
「いいえ、私はお二人に教えてもらいたいんです!」
「自分で言うのもあれだが、僕たちは上手に教えられる技術がない。きっとカイヤの思うよう成績を残すことは難しいよ。だから…….」
「それでも大丈夫です!お願い……できませんか?」
どうやらカイヤの意思は堅いようだ。
下げた頭を少しあげて、上目遣いで自分のことを見てくる。
かわいい…、めちゃくちゃかわいい……。
つい、分かったって言いたくなってしまう。
自分が折れそうになってるのが分かったのか、アズが口を挟んできた。
「カイヤ、あんたがなんでそんなにも私たちに固執しているか分からないけれど、無理と言ったら無理よ。これで話は終わり!私達も暇じゃないのよ。」
そう言って、アズはデザートを一気に頬張った。
そのまま席を立とうとする。
「そんな……、駄目ですか……?」
カイヤは、自分にすがるような目で見てくる。
だが、自分も首を横に振るしかできない。
アズが断った以上、僕からは何もすることはできない。
だがその瞬間……、空気が一変した。
まがまがしい空気が僕らを包んだのである。
殺気…のようなものだろうか?まるで心臓を掴まれたような恐怖の感覚が体に襲いかかる。
息苦しく、冷や汗をかくような感覚。
気を保たなければ倒れそうなほどの、圧倒的に禍々しい膨大な魔力を感じた。
何事かとカイヤを見ると、彼女の顔は不気味に笑っていた。
可愛い獣人の少女とは全く違う、強大な化け物を目の前にしてるような感覚。
今のカイヤに儚げで可愛らしい様子は、一片たりとも無かった。
「はぁ…こんなに頼み込んでるってのに、このくそ女ぁ……。今の状況が分かんないわけ?あはっ、あははっ、あはははははははっ!」
カイヤの発言とは疑うほどに言葉は強烈で、声が低い。
可愛げのある彼女が全て偽りだったような、そんな感覚が体を襲った。
その異様さと不気味さに、自分でさえ恐怖心を抱くほどである。つい反射的に剣を抜きそうになってしまった。アズもまた、弓を構えようとしていたのである。
「あんた、引くほどに禍々しいわね。今まで隠していた本性が表に出てきたってところかしら?」
アズの額には、薄く冷や汗が見えた。
「禍々しいって酷いですよ~、アズさん。断るそっちが悪いんじゃないですか?」
カイヤは偏った寒気のする笑顔で、自分たちを見る。
「なに?私たちとやり合おうって言うわけ?受けてたつわよ。」
「あははっ、いえいえそんな野蛮なことしませんよ。もっと分かりやすいことです。お2人には私の師匠になって頂く、それだけのことです。」
「さっきから嫌って言ってるはずだけど……?」
「ぷっ、そんなこと本当に言って良いんですか~?じゃあ、理解の悪いアズさんに質問で~す。そのお支払い、誰がするんでしたっけ?」
カイヤはアズの前に積み重なるお皿の塔を指さす。
それはアズがお腹一杯になるまで食べ尽くした、皿の山であった。
あまりの量に傾いてるその様は、もはやピサの斜塔である。
「もしかして、払わないとでも言うつもり?」
「ピンポンピンポーン、大正解ですよ。そのお代、払わなかったらどうなるんですかね?この量なら奴隷落ちしてもおかしくないかな…ねっ?」
「あんた命を救ってあげた私に、そんなことしていいと思ってるの?恩を大事にしないあんたみたいなやつ、人間としてどうかと思うわよ。」
「恩?そんな綺麗事どうでも良いですね。この世界の人間は恩とか義だとか気にしすぎなんですよ、くだらない。そんな形のないもの何の根拠にもなりませんよ。」
「あんたねえ……、」
「ぷぷ、何ですか?分かります?もう取れる行動は一つしかないんです。しょうがないからもう一回言ってあげますね……。おめえに拒否権はねえってことだよっ!!!」
カイヤはそう言って、勢いよく立ち上がると机をバンッと叩く。
その迫力に僕もアズも言葉が出なかった。
今日食べたアズの夕飯の量。この店は一つ一つの値段が高額なこともあり、その合計額は気が知れない。
この世界では重大な罪を犯したモノは、奴隷にさせられるという法律がある。
察するにこの金額の未支払いは、前の食い逃げで罰金どころの話では無く、奴隷落ちは十分に有り得る。
「っ……、」
アズは何とか言語を紡ぎ出そうとするも、完全に言葉を失っていた。
カイヤに奴隷にする権利を握られてしまった以上、アズが反論できることはないだろう。
カイヤがどんな気持ちでアズにご飯を食べさせていたのか……、その真意に気づくのが遅すぎた。
今でもこの状況が嘘なのではないかと、思うほどである。
「ふふっ、ねえ、フォスさん。」
カイヤはニヤリと不気味な冷たい笑顔を見せる。
「は、はい……。」
「私、本当にフォスさんのこと尊敬してるんですよ。だからあなたに修行をつけて欲しい。ただフォスさんだけに負担をかけるのは厳しいので、しょうがなくアズさんにもお願いしてるんです。分かりますか?」
「わ、分かります。」
カイヤが怖いので、僕は反射的にそう答える。
「良かった、私のフォスさんへの気持ちを分かってくれて。もちろん、フォスさんのお代は私がお支払いしても良いですよ。けど…この女はダメですね。ふふ…そんな怯えた顔しないで下さいよ!あははっ、可愛い。」
カイヤはゆっくりと席を立つと、机を回り込んで自分の傍にまで近づいてきた。
彼女の息遣いが聞こえるほど距離が狭まる。
そのまま彼女は横に並ぶようにして、僕の手を両手で掴んだ。
それはつい数分前に彼女の手を掴んだときの感覚とは、まるで違った。
暖かく、優しく包んでくれているのだが、どこか寒気がする。
禍々しくて、恐ろしい。恐怖心が彼女の温もりよりも数倍に優るのだ。自然と体が震えてくる。
「けどフォスさんが仲間である、アズさんのことを見捨てられないことくらい分かってますよ。フォスさん…とても優しいですから。」
カイヤの唇が、自分の耳に着くんじゃないかと思うくらい近づく。
彼女の吐息が耳にかかり、ゾワッとした感覚に襲われた。
「もしフォスさんがこの書類に血印でサインして下さるのなら……、アズさんの代金もお支払いしても良いですよ。」
甘い囁き声。
だが寒気と震えが止まらなかった。
彼女は僕の前に、一枚の紙を置く。
それは自分たちが、カイヤの修行を受け持つことの書かれた誓約書。
更にそれは騎士団と貴族の刻印が刻まれた、正式な書類である。サインしてしまえば拒否する権利は無い。
「け、けど……、」
「さっきの私のキツネの真似、可愛かったですかぁ?あれ、私かなり本気でやらせて頂いたんですけどぉ……。」
「はい、サインさせて頂きます。よろしくお願いします。」
返答は即決であった。
どうやら僕らはカイヤという狐に、上手に化かされてしまったらしい。
ご愛読感謝申し上げます。
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