47.カーテンコール
今日はレックスの戴冠式。私は玉座の間に続く控室で、緊張しながらそわそわと右往左往していた。部屋の入口に立つ護衛のジークが苦笑している。
「ティナ、少し落ち着いてみようか。ほら深呼吸して」
新王軍が王城に進軍したときの騒動以来、ジークは二人きりのときなら崩した口調で話してくれるようになった。
「でもジーク、やっぱり緊張するのよ」
私が緊張しているのには訳がある。今日の戴冠式においてレックスに王冠を載せる役目が、どういう訳か私に回ってきてしまったのだ。
王家のしきたりによれば、新王に冠を授けるのは前王の役目らしい。ところが前王は未だ深い眠りについたままである。そうすると代役が必要になるのだが、本命のレディ・ベアトは「もうこれ以上政治に介入したくないわ」と言って断ってしまった。いっそシルヴィオに頼むという案もあったが、「新しい王様の最初の大きな式典に魔族がいたら混乱が起きるんじゃない?」ともっともなことを言われてしまった。
そもそも、レックスは代役の話を最初に私のところに持ってきていた。「君が私を引きずり出したんだから、ちゃんと責任は取ってもらおう」とか言って。それを全力で断って逃げ回っていたのだが、とうとう断り切れず承諾する羽目になってしまったのだった。
「私が戴冠の大役でよかったのかしら……私、聖女だけど教会での役職は下の方なのよ」
「役職なんて関係ないよ。君がいなければ、王国は全く違う今を迎えていただろう。今の王国があるのは君のおかげだよ」
そう言って私を見るジークの目は、前世の記憶が戻って最初に見た時と同じ、とても優しいものだった。
「魔族と人間が全面戦争になっていたかもしれない。それに、前王陛下が生み出した『黒』によって、王国が内側から滅んでいたかもしれない。それに、私も」
ジークが私のそばに来て手を取る。
「君が私の剣をわざと受けてまで私を負かそうとしてくれたことで、目が覚めたよ」
私はジークの目を見つめ、続けて? という意味を込めて小首をかしげる。
「私のためにここまでしてくれるこの人を守ろう、と思ったんだ。この人は私の予想を遥かに超える行動をする人だから、この人を守ろうとするなら全力でないと無理だろうと。ならば、ささいな事で悩んでいる余裕などないのだろうと」
ジークに悪気はないのだろうけど、なぜか褒められている気があんまりしない。ジークが前向きになったことを喜ぶべきなんだろうけど。
「ジーク、それだと私がいつもとんでもないことばかりしているように聞こえるのだけど」
言われっぱなしもしゃくに障るのでちょっとすねた感じで言い返してみる。
「君はいつもとんでもないことをしていると思うのだけど、もしかして自覚がないのかな?」
にっこり笑ってさらに言い返されてしまった。完敗です。
「ああ、ほら式典が始まったみたいだね」
玉座の間に続く扉から、式典の始まりを告げるラッパの音がかすかに聞こえる。式典が進み私の出番が来たら、隣の部屋で王冠と共に待機している文官が私を呼びに来ることになっている。
だからそれまでは、大人しく式の進行に耳を傾けているほかない。ただ待っているのも退屈だ。そう思っていたら、ジークが予想外のことを言い出した。
「ただ待っているだけというのもなんだし、少し覗いてみようか」
そう言うと彼は部屋の片隅にかけられている緞帳をめくり、私を手招きした。あの緞帳の下には壁しかないはずだけど。
「この仕掛けはレックス様に教えていただいたんだ。ティナはどうせ退屈するだろうから、少し式典を見せてやるのもいいだろうって」
ジークが指さす壁には細かく彫刻がなされていて、よく見るとそのうちのいくつかには巧妙に隠された穴が開いており向こう側をうかがい知ることができる。
一つの穴に顔を近づけてそっと覗いた。階段の上にある空の玉座が見え、視線を動かすと階段の下にいる参列者たちが見えた。みんな幸福そうに微笑んでいる。彼らの目線の先にはレックスがいる。いつかの劇のように幻影の礼装ではなく、職人たちの手による見事な礼装をまとって。その横顔は、初対面の時と同じ穏やかさを保ちながら、同時に王者の威厳を漂わせていた。その姿を見て、私は改めて王国は変わっていくのだと実感できた。願わくは、その変化が良きものでありますように。
私のすぐ横で同じようにして式典を見ていたジークがくすりと笑う。
「どうしたの?」
「ああ、レックス様を見ていたらこの間のことを思い出したんだ。君たちが王城に攻めてきた時のこと。君たちを率いているお方の顔を見て、私がどれだけ驚いたと思う?」
「あの時、ジークはレックス様が誰だか気づいていたのね」
「建国祭の時の君のお友達、だろう? 髪の色は違っていたけれど、あんな目立つ方を見間違えはしないよ。それに、フィニアンと一緒にいた魔族の人も知った顔だったしね。建国祭の時も変わったお友達だとは思ったけど、まさか魔族だったなんてね。本当に君にはいつも驚かされる」
「別に驚かそうとした訳じゃないのだけど」
私たちがそうやって壁際でたわいのないやり取りをしていると、隣室で人の動く気配がした。どうやら私の出番が来たらしい。
私はジークに見送られて、控室を後にした。まばゆい光に照らされた玉座と、そこに座るべき王を目指して。
ここはまだエンディングではないけれど、私は自分の望む未来を捕まえることができたと、心から言える。
この話はここで完結です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!




