44.交わる道
大広間を抜けた後は大した困難もなく進むことができた。貴族や従者たちに時折出くわすが、彼らのほとんどは平伏してレックスに服従し、残りの少数は何も言わず逃げ出すだけだった。
現王軍の騎士と魔族たちには、人間は絶対に傷つけるなと言い聞かせてあるが、そんな注意が必要ないほど戦闘にならなかった。どうやらアルフレッドの言っていた通り、近衛騎士と騎士団はみな王城の奥に集められているのだろう。
ある程度進んだところで、レックスは一時進軍を停止して支援部隊を斥候に出した。しばらくして戻ってきた斥候の報告を受けて、レックスと姿を現したディアーヌが話し込んでいる。
「それでは、隠し通路はやっぱりあったんだね?」
「ああ。先ほどの男の言った通り玉座の間の後ろに脱出用の隠し通路があったが、それは魔法で塞ぎに行かせている」
「そして近衛騎士は全員玉座の間、か。軍務大臣の下にある騎士団は信用せずに外の回廊に留め、自身の直属である近衛騎士のみを重く用いる。現王はそういう方だ」
「己の子飼い以外は信用できぬ、か。気分の悪い話だ」
ディアーヌがうんざりした顔になった。ここでレックスがみんなを集め、状況を説明し始めた。
「みな、聞いてくれ。この先に騎士団の全戦力が集中して配置されている。魔族の力を借りれば全員同時に無力化することはできる。しかし私はその方法を取りたくはない」
そこでレックスはみんなを順に見た。
「この進軍は、私が人間と魔族の両方を同じように重んじるということを形として示すものでもある。だから人間と魔族とがほぼ同数になるように本隊を編成した。ここで魔族のみの力で騎士団を排除すれば、私が人間を軽んじているように見えてしまうかもしれない」
そういえば、さっきの罠地獄でも主に活躍しているのは魔族だった。言い方は悪いが、騎士たちにもちゃんと見せ場を作ってやらないといけない。この進軍はただ勝てばいいというものではなく、勝ち方にも意味があるのだから。
「だから騎士たちよ、同胞に剣を向けるのは辛いことだが、どうか聖女のために彼らと戦ってほしい。聖女が私に王であることを望んだのだから」
レックスと目があった。不安げな私を元気づけるかのように、小さく笑うレックス。
「ただし、君たちだけに苦しい戦いをさせる訳にもいかない。だから、折を見て私が騎士団長に一騎打ちを申し込む。だからそれまでは耐えてほしい」
一騎打ち。王国におけるそれは、軍勢同士の戦いにおいていずれかの陣営の一人がもう一方の陣営の一人に申し込むものであり、申し込まれた側が承諾することで成立する、特殊な勝敗の決め方だ。一騎打ちを行う者が誰であるかに関わらず、一騎打ちの勝者の陣営が勝ったことになる。だから、一騎打ちを軽々しく申し込むことはできないし、また申し込まれた側も断ることが多いのだ。
しかし今回は、新王を自称するレックスが騎士団長に一騎打ちを申し込むのだ。格も腕前も申し分ない。一騎打ちは問題なく成立するだろう。そしてレックスは実戦経験こそないが、腕は立つ。最悪、ばれないように支援部隊の力を借りるという手もある。魔法にうとい騎士たちには見抜かれずに済むだろう。
レックスの覚悟を聞いた騎士たちも、神妙な面持ちでうなずいている。
戦いは、もうすぐだ。
斥候たちの報告通り、玉座の間にほど近い回廊に騎士団が整列していた。騎士団長ウィリアム、副団長ジークを先頭に百五十ほどの騎士がそこにはいた。数でいうならこちらの方が少し多い。
「新王を名乗り玉座を狙う逆賊よ、ここが貴様らの墓場だ」
騎士団長が吐き捨てた。そうか、この人は先代の聖女のことで魔族を未だに憎んでいるんだった。真相を話せば彼の心は変わるだろうか? いや、きっとこの場では変わらない。先ほどのアルフレッドと同じで、現王への忠誠や義理もあるのだろうから。
そして騎士団長が剣を構え、他の騎士たちもそれにならう。フィニアンがほんの少し後ずさりした。新王軍の騎士たちは、どこか気押されている。
そんな弱気を払うかのように、レックスが号令をかけた。
「騎士よ、そして魔族よ。玉座の間にたどり着くために、彼らを退けてくれ」
あっという間に乱戦になってしまった。騎士同士が、騎士と魔族が、剣を交えている。新王軍には軽くではあるが守護の魔法がかけてあるが、力量差が大きいとそれでも危険だ。
私はロッドを構え、背後に大司教を守るようにして立っている。この戦場でまともに戦えないのは私たちだけだ。もっとも支援部隊が隠れて援護してくれているし、そこまでの危険はないと思うけれど。
そうして油断なく戦場を眺めていると、どうしてもジークの姿が目に入る。彼の言葉がよみがえった。彼は大森林で私を守れなかったことを悔いていた。何もできなかったとずっと気に病んでいた。
ここで予定通りレックスと騎士団長との間で一騎打ちが行われレックスが勝利したら、ジークはまた何もできなかったと嘆くのではないか。彼を苦しませ続けた私に、何かできることはないのだろうか。
と、そのとき脳裏に一つの考えが浮かんだ。事前に誰かに相談していたなら、確実に却下されていただろう非現実的な考え。けれどその時の私には、その考えがとても良いものだと思えたのだ。
だから、しっかり考える前に叫んでしまっていた。
「聖女セレスティナより副団長ジークへ、一騎打ちを申し込みます!」
その瞬間、その場の全員が戦いを止め、こちらを振り返った。どうしてそんなことを、と言いたげな顔だ。みな文字通り微動だにせず、ジークの返事を待っている。
遠くから、ジークの静かな声が聞こえた。
「お受けしましょう」
回廊に私とジークは向かい合って立っていた。見つめあったまま何も言わない。ジークは少し憂いを帯びたような美しい無表情で、何を考えているかわからない。そして私たちから距離を置いて、双方の騎士と魔族とが一様に戸惑いの目をこちらに向けていた。
その時、脳内にシルヴィオの声がした。透明化の魔法で隠れたまま、伝達の魔法で話しかけてきたのだ。
『セレスティナ、どうしてそんなこと言いだしたの!? どう見たって勝てっこないよ!?』
私は頭の中でシルヴィオに答えた。おそらくこれで彼には聞こえるはず。
『考えがない訳じゃないの。一か八かやってみるわ。私はこうするしかなかったの、ジークのために、そして私のために』
『でも……』
『聞いてシルヴィオ、みんなに手出し無用って伝えて。そして私が合図をしたら、私にかかっている守護の魔法を全て解除して』
『キミは……一体何をしようとしているの?』
『説明している時間はないわ、けれど私は負けるつもりも死ぬつもりもない。だからお願い』
『……うん。どうか気を付けて』
私たちの無言の会話が終わったころ、ジークは剣を構え、そちらからどうぞ、と言った。懐かしいな。初めて手合わせしてもらったときも、こうやって私から打ち込ませてもらったのだった。けれど今は木剣を使った手合わせではなく真剣による一騎打ちで、しかも私は勝たなくてはならない。
ジークがこれ以上己の無力を嘆かなくて済むように。私が真に清浄なる聖女なんかではなく、おてんばで破天荒なかつての私のままであることを彼に思い知らせるために。私たちの道を分けてしまった運命とか神様とかに吠え面かかせるために。
私は、戦うことにした。
そっとロッドを握り直し、軽く打ちこむ。するとジークは私のロッドを剣で軽々とはじき、そのまま突きを入れてきた。迷いがなく、強い突きだった。すんでのところでかわし、体勢を立て直す。
ジークは本気だ。過去の感傷にとらわれている場合ではない。こちらも本気を出さねば、勝つことはできない。
以前の手合わせと同じように、私が数発打ち込んだ後ジークが攻勢に移った。ジークの太刀筋は見知ってはいたが、勢いと速さが段違いだった。私はロッドを取り落とさないようにすることを優先していたのでしっかり受けきれず、ジークの剣先が私の体をかすめる。ジークが怪訝な顔をした。
今の私には守護の魔法がかかっているので、彼の剣が私の体を傷つけることはない。それに気づいたらしく、ジークの剣の威力がさらに増した。もう私がまともにロッドで受けられるのはせいぜい二割ほどで、あとの八割は腕や足に当たった感触だけを残していく。
そうやって全力で打ち合う中、ジークの冷静さが少しずつ薄れてきたように見えた。おそらく彼は、私の足を狙って戦闘続行を不可能にするか、もしくはロッドを落として奪うことで勝つか、そのあたりを狙っていたのだろう。しかし私にはかすり傷すらつけることはできず、私はロッドをしっかりと握りしめている。そのせいで彼に焦りが出てきたようだ。
そろそろかな。私は攻撃をなんとか受け流しながら、思い描いていた体勢に移る。両手でロッドをしっかり握り、腹の高さで構えた左手を少しだけ前に出して誘う。ジークがその左手を狙うのが見えた。
『シルヴィオ、今!』
頭の中でシルヴィオに合図をすると同時に、左手をロッドから放し右手だけでしっかりと握りしめる。
がら空きになった私の左わき腹に、ジークの剣が深々と突き刺さった。




