43.王者の行進
次の日の朝、作戦の最後の段階を前に、私たちは居並ぶ騎士と魔族を鼓舞することにした。上からの言葉があった方が頑張れる、とフィニアンとレックス、さらにレディ・ベアトの意見が揃ったからだ。まずは私。
「私の無謀な呼びかけに答えてくださって、本当にありがとうございました。あと少しで私たちが共存できる未来が見えてきます。あと少し、力を貸してください」
続いてシルヴィオが口を開く。
「魔族のみんな、ボクがキミたちを止められなかったこと、今でも後悔してる。でもこれからは、ボクもキミたちと共に未来のために戦うね。そして騎士のみんな、こんなボクだけどよろしくお願いします」
騎士たちが嬉しそうに笑う。シルヴィオは昨日一晩で彼らとずいぶんと仲良くなったようだ。
そしてディアーヌがシルヴィオに続いた。
「聖女の言葉に耳を傾けここまで来たが、彼奴の行いは未だ我らに害なすものではない。ゆえに我らはいま少し聖女に力を貸すものとする。あと騎士ども、お前たちの元主の不始末はお前たちで償え」
最後の方は吐き捨てるような口調であったが、騎士たちの一部は魅了されたかのような表情でディアーヌを見ている。どうやら彼女は一部の騎士たちに熱烈に支持されているようだ。
そして次は、大司教ベアトリーチェの番である。
「騎士たちよ、あなたたちの行いが善きものであり、なんら後ろ暗いものではないことを私がこの名に懸けて保証します。緑の子たちよ、私たちが償いをなすために、今少し助力願います」
人間も魔族も、みな神妙な顔をしてうなずいた。
そして最後は、我らが新王レックス。本人は新王と呼ばれることにまだ抵抗があるようだったが、「形から入るっていうこともあるし、みなが崇める偶像は必要なものなのよ」とレディ・ベアトに説得されて折れていた。
ともあれ、レックスはみなをぐるりと見渡すと、ゆったりとそして高らかに宣言した。
「私がみなの期待に応えられるような王になれるかは分からないが、私は全身全霊をもって人間と魔族とが共に暮らせる世を作ると約束しよう。そのために、みなの力を貸してもらいたい」
その言葉に、騎士たちが一斉に敬礼した。魔族たちはさすがに敬礼はしないが、一部の魔族が軽く頭を下げている。
現王に造反した騎士たちと魔族からなる新王軍。大司教と救世主に認められた新王の前代未聞の進軍が、今始まった。
新王軍の本隊は整然と隊列を組んだ状態で、王都近郊の街道に突然出現した。もちろん転移の魔法によるものである。万が一に備え、仮拠点の位置を知られないようにするためだ。
騎士たちは全員がこの本隊に加わり、魔族は騎士たちとほぼ同数のみが本隊に加わっている。あとの魔族は身を隠し、影から本隊を援護する支援部隊として同行している。この支援部隊はディアーヌが指揮している。その理由は「人間どもにじろじろ見られるのは好かん」とのことだった。シルヴィオも「ボクが目立つのは良くないし」と言って支援部隊にいる。魔族の長である彼が指揮を取らなくていいのかと聞いたら「そういうのはディアーヌの方が適任だから」と返された。
本隊の先頭を歩くのはフィニアンとヴィーカ。フィニアンは騎士団の中でも腕の立つ方であるし、ヴィーカもかつてジークに一目で腕前を認められたほどだ。それにこの二人は昨日再会してからさらに意気投合しており、そういう意味でも先陣に相応しいと判断されたのだった。
その後ろにレックス。大司教を伴い、ゆったりとした足取りで進んでいる。ちなみに二人の今の見た目は茶番劇の時のようなきらきらしいものではなく、いつもの服装のままだ。王城で何が起こるか分からないから、幻影の魔法を使う労力ですら温存しておきたいという判断によるものだ。
そして私も、レックスと大司教のすぐ後ろに控えている。正直な話、この作戦の最終段階に私は必要ない。騎士たちは私についてきた身ではあるが、別に私が前に出る必要はなく、後方から指示していれば十分なのだ。
だから私が最前線にいるのは、ただのわがままだ。シルヴィオに最初に頼まれてからずっと、考えて悩んで駆けずり回ってきた。その答えがようやく出るという時に、後ろでじっとしていたくはなかった。
このまま最前線にいては、必ずジークと相まみえると分かっていても。
新王軍本隊が城門に差し掛かる。城門を守る衛兵はあっさりと私たちを通した。昨日の茶番劇が効いているらしい。私たちはそのまま大通りを進み、王城を目指す。
街の人々は遠巻きに私たちを見ている。好奇と恐れ、そして崇拝が入り混じった視線が降り注ぐ。
そんな中、レックスはいつも通りのゆったりとした仕草で歩き続けている。私の位置から表情はうかがえないが、きっといつもの穏やかな笑みを浮かべているのだろう。だって、彼を見た街の人々が、つられて優しい笑顔になっているから。
ああ、やはりレックスは王の器だった。私がこの人を選んだのは間違っていなかった。
そんな暖かな思いを胸に、私は行軍を続けるのだった。
そして王城にたどり着いた私たちに、誰一人予想していなかったものが待ち受けていた。
「うわ、足元に氷矢がきたぞ!」
「そちらに足絡めの罠があるぞ、気をつけろ!」
「ちっ、眠りの霧か! 吸っちまったやつをこっちに引っ張ってこい、解毒する」
王城の門をくぐってすぐの大広間は阿鼻叫喚の罠地獄になっていた。それも魔法具を駆使した、殺傷力よりも足止めを優先させた罠ばかり。私たちは慌ててレックスと大司教を守るように陣形を変える。
目の前の広間では騎士と魔族がわあわあ叫びながら罠を回避したり破壊したりしている。誰だ王城にこんな罠を仕掛けたのは。残念ながら一人だけ心当たりがある。王城に自由に出入りできて魔法が好きな人物。私たちに本気で危害を加えるつもりはないが立場上足止めくらいはしておきたい人物。
案の定、広間の奥の大扉から姿を現したのはアルフレッドだった。半ばほど罠が片付いた大広間を無表情で眺めている。
私の推測はある程度当たっていたらしい。彼は私たちが今日進軍してくることを予測し、死なない程度に足止めをしたのだろう。しかしその足止めがこんな珍妙なものだと誰が思うだろうか。
「アルフレッド、道を空けてくれ!」
目の前の騒ぎにかき消されないようにレックスが声を張り上げる。彼の声が届いたらしく、アルフレッドは薄く笑った。
「残念ながらその罠は私にも止められない。全て魔法具を用いたものだから、作動させないよう注意して解除するといい。できれば壊さないでもらえると嬉しいのだが」
アルフレッドが何を考えているのか読めないが、とにかくこの罠を何とかしないといけないという結論に達したレックスが、魔族に頼んで片っ端から罠を止めていく。魔法がらみのことであれば、騎士たちにできることはほとんどない。
そうやって全ての罠が止まると、アルフレッドはいつもの調子でレックスに話しかけてきた。
「久しぶりだなレックス。昨日は中々面白かったぞ」
「ああ久しぶりだなアルフレッド。賢いお前のことだ、色々気付いているんだろうがお前の胸にしまっていてくれるとありがたい」
「まあここで混乱を招くのは賢明ではないしな。それに、今のお前の行動は私の望むところでもある。聖女殿がどんな手を使ったか知らないが、上手くやったものだ。大司教猊下まで担ぎ出すとはな」
やはりアルフレッドは昨日の茶番を見破っているようだった。彼は王都の人間にしては珍しく魔法に興味を持っているし、やたらと賢いので当然といえば当然だろう。
「アルフレッド、ならばお前も私に力を貸してはくれないか」
そうレックスが言うと、アルフレッドは苦笑した。
「そうしたいのは山々だが、私は一応現王の臣下なのでな。軽々しく動く訳にはいかない。ただ、私は今後お前の邪魔はしないと誓おう」
アルフレッドの笑みが、苦笑から楽しそうなものへと変わる。そして彼は大広間を見渡した。
「軍務大臣として、侵入者の足止めをするという任は一応果たしたしな。手持ちの魔法具を実際に使うことができて満足だ」
どうやら、あの妙な罠の数々は個人的な実験を兼ねていたらしい。
「ああそうだ、直接手助けはできないが、いくつか手は打っておいた。聖女殿が行方をくらましたあたりで、どうにかしてお前を担ぎ出してくるつもりなのは見えていたからな。準備する時間は十分にあった」
そこでアルフレッドはちらりと私を見た。
「まず、王太子殿下には王都は危険であると吹き込んでおいたから、もう遠方へ逃亡しているはずだ。逆に陛下には逃亡せず玉座にとどまるよう言いくるめておいた。お前は王位を盗むのではなく、堂々と王の座を得なければならないのだからな」
「確かにそうだが……少し用意周到に過ぎないか」
「打てる手は打っておかねばな」
「お前は昔からそういうやつだったな」
「分かっていてくれて助かる。それと、近衛騎士と騎士団は全て陛下をお守りするために王城の奥に集められている」
騎士団、と聞くとやはりまだ胸がちくりとする。そんな私に気づくはずもなく、アルフレッドはさらに続けた。
「もう一つ、玉座の間の後ろに隠し通路があるが、陛下の気が変わる前に塞いでおくことを勧めておく。魔族がいるなら封鎖もたやすいだろう」
「うむ、助言感謝する」
「ああ、さっさと行け、レックス。早く私に命令できる立場になってこい」
これはこれでアルフレッドなりの激励の言葉なのだろう。彼はそれだけ言うと王城の奥へと立ち去ろうとしたが、去り際に私に言った。
「そうだ聖女殿、ナタリア殿は現在城下町の聖堂に避難している。昨日の騒ぎ以来君と合流したがっていたが、君の邪魔になりかねないので聖堂で待つよう言い含めておいた。それで良かっただろうか」
「はい、ありがとうございます」
私としてもナタリアをこんなことに巻き込みたくなかったから、彼のその気遣いはありがたいものだった。
「そしてもう一つ、ナタリア殿から伝言を預かっている。『セレスティナ様がなすべきことが何なのか私にはわかりません。けれど、いつかなすべきことをなし遂げたら、いつも通りのお元気な姿で戻ってきてください』とのことだ」
ナタリア。訳も分からず置き去りにされて、どれだけ心細かっただろう。それなのに、私のことを気遣っていてくれる。
彼女のためにも、無事この作戦をなし遂げねば。改めてそう決意した。




