42.分かれ道
城門に近づくにつれ彼らの姿が見えてきた。赤い鎧の騎士たちが数十人ほど、隊列を組んだまま立ち尽くしている。どうやら先ほどの大司教たちの言葉は彼らにもちゃんと聞こえていたらしく、みな戸惑った顔をしていた。
私が近づくと彼らの戸惑いはさらに大きくなった。中には怒りをこらえているような表情の者もいる。それもそうだろう、彼らは開戦の知らせを聞いて魔術都市に向かい、一度魔術都市に入った上で王都に引き返してきたところなのだから。当然、私が魔術都市でしたことも彼らの耳に入っているはずだ。
そもそも先ほどの茶番劇は、彼らが王都に戻ってくるタイミングを狙って実行されたのだ。現王に背いて私につくかもしれない彼らの背中を押すために。
「お久しぶりです、みなさん」
できる限り平静を装って話しかける。心臓がばくばくと破裂しそうに打っているけれど。
予想はしていたが誰からも返事はない。刺さるような視線が痛い。仕方なく、続けて話しかけ続けた。こういう時、いつもの私ならどんな表情をしていたっけ? ああ、少し辛そうな顔をすればいいのか。
「私が魔術都市でしたことをみなさんご存知なのでしょう。けれど、あれは魔物を守ろうとしたのではありません。魔族を守ろうとしての行いなのです」
「魔物とか魔族とか一体なんなんですか! セレスティナ様がいなくなったと思ったら大司教様が来られて、それに救世主様が降臨ってもう訳が分かりません! それに救世主様が新しい王を認められたって、じゃあ俺たちの主はいったい誰になるんですか!」
こらえかねたらしいフィニアンが叫ぶようにまくしたてた。ひどく動揺している。私はそんな彼をなだめるように、ことさら穏やかな声で説明した。
「すべて、先ほど救世主様がおっしゃられていた通りです。魔族は姿形が違うだけで私たちと同じ心を持っていたり、ごく普通の野の獣と変わらない性質を持っていたりするものです。彼らは邪な魔物とは違うのです」
まだ動揺した様子のフィニアンが、それでも黙って息を飲んだ。さっきの劇の内容はしっかりと彼らにも届いていたようだ。
「魔物は倒すと黒い霧になって消えてしまうでしょう? しかし魔族は倒しても私たちと同じように死んでただ屍を残すだけです。今まで魔物を討伐したときに、屍が残ることがありませんでしたか? それは魔物ではなく、獣の形をした魔族のものだったのです」
人型の魔物は見たことがないとかつてジークが言っていたが、一方でアルフレッドは魔物として討伐された中に魔獣が混ざっていたと言っていた。ならば、騎士団の彼らも魔獣を討ってしまった経験があるはずだ。
そう思って魔物と魔獣の違いを指摘してみたのだが、思うつぼだったようだ。騎士たちの顔色がみるみる悪くなる。やはり、この事実を突きつけるのは酷だったかもしれない。でもこの事実から目を背けたままでは何も変わらない。
「じゃあ、さっきの救世主様が言っていた過ちって……」
「俺たちが討伐したのは……」
「だったら陛下は」
「黙ってろ!」
ざわざわと話し合う彼らの声に耳を澄ませる。大分揺らいできている、あと一押しだ。そんな風に冷静に分析している自分に嫌気がさす。
「みなさん、私の話を聞いてください。私はこれから、大司教様と共に新たな王を掲げるために王城に向かいます。救世主様の御言葉に従い、人間と魔族とが共に生きる正しき世を作るために」
その救世主様の御言葉とやらも私たちがでっち上げたものなのだが、そこを深く考えると自己嫌悪に陥りそうなので今は考えないことにしておく。
「けれど、王城を守る近衛騎士たちは私たちの道を阻むでしょう。彼らが魔族を率いる新たな王の言葉に耳を貸すとは思えません」
いつの間にか騎士たちは静まり返り、私の話を真剣な面持ちで聞いていた。
「だから、あなたたちの力を貸してほしいのです。近衛騎士を説得するために、そして魔族と共に新たな王を支えるために」
私が話し終えても彼らはまだ静かだった。誰か一人でも協力すると言ってくれれば、流れも変わりそうだけど。
居心地の悪い沈黙を最初に破ったのは、やはりフィニアンだった。さきほどまでとは打って変わった静かな瞳で見つめてくる。
「分かりました。俺は騎士の誓いにより、主である陛下に背きあなたのために戦います」
彼の顔色はまだ優れなかったが、その表情にもう迷いはなかった。彼に続き、さらに幾人もの騎士が私のもとに集う。
しばらくして、城門にいた騎士たちはきれいに二手に分かれていた。フィニアンを筆頭に私に従うことを選んだ者たちと、主である現王に従い続けることを選んだ者たち。
私はフィニアンたちを後ろに従え、現王に従う者たちと相対した。彼らの先頭に立つのはジーク。
作戦が具体的になっていくにつれてどんどん狭くなっていった私の道は、もうジークの道とは交わらないものになってしまっていた。
「ジーク、あなたは来てくれないのですね」
きっと私の言葉ではもう彼は動かせないのだろうと確信しながらも、問いかけずにはいられなかった。
「私はあなたの騎士でありたかった。けれどやはり、私は陛下の騎士です」
そう答えた彼の青い瞳は冷たく澄み静かに凪いでいたが、それでいてひどく悲痛な色を浮かべていた。
「そうですか、残念です」
冷静であるよう心掛けながら慎重に答えた私の姿は、彼の目にはどう映っているのだろうか。尋ねたいけれど答えを聞きたくはない。だからそれ以上何も言わず、その場を去ろうとした。
「セレスティナ様、あなたは変わろうとしておられた……でもこんな形に変わられてしまうとは思わなかった」
そんな私に向かって、唐突にジークがつぶやく。話しかけているのではなく、独り言を投げかけているようだった。押し殺した何かの感情が声にわずかににじみ出ている。それは怒りではなかった。それは後悔か、それとも諦めか。
「かつてのあなたは、清浄なる聖女でありながら、同時にとても人間らしい方だった。しかし今のあなたは、真に聖なる方であるように見えます」
ジークの長いまつげがゆっくりと伏せられていく。私も他の騎士たちも、身じろぎもせずに彼の独白を聞いていた。
「私はかつてのあなたと共にありたかった。清らかで無邪気なあなたが」
ここでジークは言葉を飲み込んだ。何かを言おうとして思いとどまったように見えた。
「……いえ、もうどうしようもないことですね。出過ぎたことを申しました」
彼が話している間、私は眉一つ動かさず、あいまいな微笑みを浮かべたままでいた。ジークはそんな私に微笑み返すと、すっと一礼した。
「聖女様、私たちはこのまま下がります。ですが次に王城でお会いした時は、あなたの前に立ち塞がることとなるでしょう」
それはジークの宣戦布告。それでも私は表情を変えない。
「こんな時、かつてのあなたでしたらそれは悲しそうなお顔をされたのでしょうね」
「今は個人的な感情に流されている場合ではありませんから」
私はあえてにっこりと笑って答え、そのままきびすを返して魔族たちの待つ中央広場へと戻り始めた。後ろから視線を感じるが、決して振り返らない。私の側についた騎士たちが後を追いかけてくる気配がする。それでも振り返らずに前に進む。この騎士たちを連れて魔族たちと合流する、その時まで私は毅然とした聖女を演じる。そうでないと、泣き出してしまいそうだったから。
このようにして、私が一番避けたかった相手との対話は幕を閉じた。
その後、私は騎士たちと中央広場に戻り、魔族たちと共に転移しディアーヌの待つ仮拠点へといったん戻った。私についてきた騎士たちを魔族軍と合わせて再編成するためだ。
騎士たちのほとんどは人型の魔族に会うのも魔法で転移するのも初めてだったようでまた動揺していたが、ここでフィニアンとヴィーカが既知の仲であったことが功を奏した。フィニアンはヴィーカの正体に驚きを隠せなかったが、すぐに立ち直ると「こいつは信用できる」と他の騎士たちに太鼓判を押してくれたのだ。今回は、本当にフィニアンに助けられた。
結局、城門にいた騎士のうち私についたのは三十人ほどだったが、まだ騎士団の詰め所には私が説得していない騎士たちが多く残っている。ジークが詰め所に戻る前に残りの騎士たちも可能な限りこちらに引き込んでおきたい。そのため今度は私とフィニアンの二人で詰め所へ転移し、残りの騎士たちを説得してまた転移で仮拠点へとんぼ返り、というとても忙しい立ち回りをする羽目になってしまった。この二回目の説得の時はアドリアンが率先してこちらについてくれたので助かった。しかしさすがに少し疲れたかもしれない。
けれどそうやって飛び回ったおかげで私に従う騎士たちは百人弱になり、魔族軍と合わせるとそれなりの規模の隊列が組めるようになった。何せこれから新王が初めて進軍するのだし、見栄えは結構重要だ。ディアーヌは「人間が多すぎる」と不快感を隠せずにいたが。
しかしフィニアンのお陰か魔族と騎士たちとの交流は思いのほか上手くいっているようで、その日の夜には魔族と騎士とで仲良く会話するグループがいくつもできていた。その中にちゃっかりシルヴィオも混ざっている。
茶番劇の時、救世主の姿をあまり多くの人に見せるとその後シルヴィオが動きにくくなるかもしれないという恐れがあったので王都全体に伝達するのは音声のみにしたのだが、どうやらそれで良かったようだ。シルヴィオは白い翼を隠していないのに、誰一人として彼が救世主役であったと気づいていない。まあ普段の彼は救世主とは雰囲気が違いすぎるというのもあるが。
いよいよ明日は作戦の最終段階。ここで一つ気がかりなのはアルフレッドの動向だ。騎士たちに聞いても、彼が今どこで何をしているか分からなかった。おそらく彼は私が消えた時点で私の行動をある程度読んでいるだろう。そして昼間の出来事についてもおそらく茶番劇でしかないことを見抜いているだろう。
彼はおそらく敵ではない。レックスを旗印にして進めば全力で妨害してくることはないだろう。ただ彼とて王国の重鎮、立場上何らかの妨害をしてくる可能性はまだある。
そんなことを考えていたら疲れが出てきたのか、急に睡魔が襲ってきた。昼間のことを思い出しそうになったが、思い出すとまた胸が痛くなりそうだったので今は忘れることにして私は眠りについた。明日、全部終わりにできる。




