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41.神聖で崇高なる茶番


 レックスをこちら側に引き入れてからの数日は、ひたすら待ちの一手だった。私が最初に立てた作戦ではレックスを引き入れ次第すぐに王都に向かう予定だったが、レディ・ベアトと魔族たちによって修正された現在の作戦では、魔族軍が王都に出陣するタイミングを慎重に調整する必要があったのだ。

 そういう訳で、現在魔族軍は王都の近く、街道から離れた森の奥に仮拠点を築き待機している。といっても私以外の面々はただ待っているだけではなく、あれこれと準備に忙しくしている。特にレディ・ベアトはレックスとシルヴィオを連れて幻影の魔法が得意な魔族たちと色々と打ち合わせていて、ろくに顔を合わせる暇もない。


 一人時間を持て余した私は、他の者の邪魔にならないよう適当な木の根元に腰を下ろした。作戦会議の最中にレディ・ベアトに言われた言葉が脳裏をよぎる。

(ティナ、あなた騎士団のみなさんに声をかけてみようとは思わなかったの? いきなり魔族軍に来る前にもう少し王都でやれることがあったんじゃないかしら)

 あの時は痛いところを突かれたと思った。騎士団に所属する多くの騎士は私に誓いを捧げているし、現王の魔族に対する所業を説明できればある程度の騎士は私についてくれるかもしれないとは思った。その騎士を率いてレックスを担ぎ上げればあるいは、と考えなかったと言ったら嘘になる。

 しかし私はそうしなかった。その理由は簡単で、単にそうしたくなかったからだ。あなたたちの主である王がこんな卑劣なことをしていましたよ、だから王に反逆するのに手を貸してください、なんてことを言うのは正直気が重い。訓練や遠征で彼らと共に行動するうちに、彼らの王国に寄せる忠誠の篤さをひしひしと感じていたから。そして、私がそんな無茶なことを頼んだとしても彼らは一蹴することなく、しっかりと考えて悩んでから答えを出してくれるだろうと確信していたから。そう、私が彼らの力を借りようとすると、どうやっても彼らをひどく苦しめてしまう。それが嫌だった。

 だから、今回の作戦では、できる限り騎士団と会わないようにしたかったのに。

(あら、ティナ。私たちにはさんざん迷惑をかけているのに、騎士団のみなさんには迷惑をかけたくないなんて、おかしな子ねえ)

 作戦会議中にレディ・ベアトが言った言葉が頭の中に響く。自分でもどうしてこう思うのか分からない。けれど、騎士団のみんなが苦しむと思うと胸が痛むのは事実だ。

 そんな私の思惑は置き去りに、この後私は騎士団と話をすることになってしまっている。使えるものは使うべき、とレディ・ベアトとディアーヌの意見が一致したのだ。

 その瞬間が少しでも遅くなりますように、と我ながら情けないことを願いながら、私はまたじっと待ち続けた。




 そうやってどれだけ待っただろう。

「みな、集まれ。これから作戦決行だ」

 ディアーヌの声が直接頭の中に響く。伝達の魔法だ。私は立ち上がり、打ち合わせ通りの陣形を組むみなの中に入っていく。

 先頭はレディ・ベアトとレックス、私はそのすぐ後ろだ。私の後ろにはヴィーカを始めとした人に近い姿の魔族たちが三十人ほど、整然と並んで続いている。ヴィーカはいつもの狩人風の服装ではなく、袖なしの上着とたっぷりしたズボンに着替えている。そのむき出しの肩は白い鱗に覆われていた。そのヴィーカの傍らにはいつぞやの狼も寄り添っている。

 服装が違うといえばレディ・ベアトとレックスもそうだ。レディ・ベアトは大司教の正装に、レックスは王族らしい豪奢な衣装に身を包んでいる。魔族の幻影の魔法によるものだ。この衣装を再現する際、詳細な意匠を口で説明するのは大変だったとレディ・ベアトは笑っていた。

 そうやって並ぶ私たちを、さらに多くの魔族が取り囲んでいる。その中にシルヴィオもいた。彼の出番は、少しだけ後だ。

 全員が揃ったのを見て、ディアーヌが号令をかける。

「それでは作戦を開始する。皆、己の命を最優先にせよ」

 その号令とともに、私たちを囲む魔族たちが転移の魔法を発動させた。




 そして私たちは王都に立っていた。王都の中心にある広場、その真ん中に。周囲の民衆はいきなり現れた私たちに驚きを隠せない。

「なんだ、なにが起こったんだ!?」

「おい、あれ聖女様だぞ? 魔術都市に向かわれたんじゃなかったのか?」

「一緒におられる方は誰だ?」

「ちょっと待て、あれ魔物だぞ!?」

 そうやって騒ぐ民衆に、レディ・ベアトが声をかける。

「皆の者、静粛に。私は大司教ベアトリーチェ。今日は皆に伝えることがあります」

 静かに話すレディ・ベアトの声がやけに近くで聞こえる。周囲に潜んだ魔族が伝達の魔法を使っているのだ。おそらく、王都のほとんどの人にこの声は届いているだろう。私たちの姿が見えない範囲にいる人たちは驚くだろうが、これからの出来事についてできるだけ多くの人に知ってもらう必要があったのだ。民衆のざわめきが小さくなった。

「世が乱れるとき白き翼持つ救世主が現れる。よく知られた話ですね。そしてこの話をおとぎ話と思っている者も多いのでしょう」

 こんな状況でそんな話をし始める大司教に困惑しているのか、民衆の小さなざわめきは止まらない。大司教は小さく息を吸うと、凛とした声で高らかに宣言した。

「ですが今、救世主様は現れました。あなたたちの王、ロビン=ロワが世を乱したことを嘆いて。かの王が罪なき魔族を魔物と偽り、虐げてきたことを正せと」

 そう言って大司教は片手を宙に差し伸べた。息を飲む民衆の前に、はらはらと白い羽根が落ちてくる。それは空中で儚く消え、辺りにきらきらと光の粒をまき散らす。それを合図に、私と魔族たちは一斉に片膝をつき最敬礼の姿勢をとった。

 そして救世主は降臨した。何もない空中に光をまとって現れたのは、この世のものとは思えぬほど美しい人影だった。その白くなめらかな背中からは純白の翼が広がり、ときおり小さな白い羽根がひらひらとこぼれ落ちている。その長い白金の髪は風もないのに優しくたなびき、若葉を思わせる宝石のような瞳には憂いが満ちていた。

 その人は白くほっそりとした手を胸に当てると、少年のものとも少女のものともつかない声で静かに話し始めた。

「そこに控えるは魔族、姿形は異なれど人と同じ心を持つ者、あるいは野の獣と変わらぬ穏やかな性を持つ物。彼らは決して邪なる魔物ではない。しかしお前たちの王は罪なき彼らを殺し、虐げ続けた。我はその過ちが正されることを望む」

 降り注ぐ羽根と光の中、民衆たちも次々と平伏していく。もうこの広場で立っているのは、大司教とレックスだけだ。

「救世主様、その過ちを正すため、私はこの者を選びました。愚昧なる王ロビン=ロワに代わり人の子を治めるものとして、彼は相応しいでしょうか」

 大司教が救世主に尋ねる。民衆は平伏しつつも、その視線をレックスに注いでいる。

「認めよう。新しき王よ、善き心をもって人と魔族が共にある正しき世を築け」

「御心のままに」

 レックスが厳かに答えると、救世主の姿が幾千幾万もの光のかけらへと変わり、虹色にきらきら輝きながらその場の全員に降り注いだ。まるで光る紙吹雪だ。

「ここに宣言します。彼、レックス=ロイが次なる王であると」

 光の洪水の中大司教が高らかに宣言すると、民衆はみなレックスにひざまずいた。


 もちろんこれらは全部お芝居だ。数々の演出は全部周囲に潜んでいる魔族の魔法だし、私たちは打ち合わせ通りに動いただけだ。けれど民衆はそれを見破れない、だってここは王都だから。

 ここが魔術都市であればこんな茶番は通用しなかっただろう。けれど現王の魔法嫌いのせいで、王都には魔術師は滅多にいないし、たとえいたとしても魔術都市を守るためにそちらに移動している可能性が高い。これだけたくさんの、しかも魔術師のものとは術式が異なる魔族の魔法を即座に看破できるものは王都にはいないだろう、そう判断して私たちはこの劇を演じてみせたのだ。

 もっとも、形だけとはいえ魔族が人間の王の前で膝を折ることについて、ディアーヌはかなり難色を示していたが。「我らは人間に力を貸すとは言ったが、人間に従属するとは言っていないぞ」とさんざんごねていた。

 それにしてもみんなあっさりシルヴィオを救世主だと思い込んだものだ。まあ、思い返してみれば私は初対面でシルヴィオを救世主と間違えたし、レディ・ベアトも「まるで救世主だ」と称していたものだ。比較的神聖なるものに馴染みのある私たちですらそうなのだから、神聖なるものにも魔法にも縁がない民衆からすれば、先ほどの劇は本当に救世主が降臨したようにしか見えないだろう。主演のシルヴィオが意外と演技派で、普段とは段違いの神々しさを漂わせていたのだから余計にだ。

 もっとも実際に彼の姿を見た者は王都のほんの一部の者でしかないが、新しい王のもとに降臨された救世主がどれほど神々しかったか、きっと尾ひれがつきながら彼らの口から語られ広まっていくだろう。そうやって新たな救世主の物語は、ゆるぎないものとなっていく。




 さあ、シルヴィオたちは十分以上の成果を上げた。次は私が頑張らないと。私は立ち上がると一人で大通りを歩き出した。

 次の目的地は城門。王都攻略劇の第二幕、主演は私だ。



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