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40.最初の一歩


 そして私たちは最初の目的地に向かった。同行するのはレディ・ベアト、それとシルヴィオにヴィーカだ。目的地まで一気に転移させてもらえれば話が早かったのだけど、そうもいかないらしい。なんでも、魔族の使う転移の魔法は特定の目印がないところには飛べないらしく、シルヴィオの住処である森のように予め目印を付けた地点に飛ぶか、もしくは特定の魔族のそばに飛ぶか、というのが基本的な使い方になるそうだ。

 そのため、王都の郊外に目印をつけていたヴィーカに全員まとめて転移させてもらい、そこからは透明化の魔法を使いながら徒歩で移動することになった。

「それで、目的の場所はどこかしら、ティナ?」

「外から入ったことはないのですが、王城の北東の角にほど近く、崖に囲まれた建物です。小ぶりの屋敷くらいの広さがあって、少なくとも二階建てです。あと崖には下り階段があって、下には衛兵がいると聞いています」

 目的地について説明していると、ヴィーカが口を挟んできた。

「外から入ったことがないって、じゃあどこから入ったんだよ」

「王城の隠し通路から。隠し通路を通ったら偶然そこに出たのよ」

「なんであんたが王城の隠し通路なんか知ってるんだ」

「……探検してたの」

 その瞬間、レディ・ベアトとシルヴィオが揃って吹き出した。

「あなた、相変わらずなのねえ。大聖堂だけでなく王城まで探検するなんて」

「王城を探検する聖女様って、みんな聞いたらびっくりするよね」

「あんたやっぱりおてんばなんだな」

「ヴィーカひどい」

 みなで笑いあう。これから困難な作戦に挑もうとしているのに不思議と緊張感はなく、頼れる仲間がいるという安心感の方が勝っていた。




 目的地の近くまで来たようなので、ヴィーカが偵察に出て残りの三人は近くの林に隠れることにした。うまく侵入できたらヴィーカのところまでシルヴィオが全員転移させることになっている。

 息をひそめてしばらく待っていると、シルヴィオが言った。

「ヴィーカから合図が来たよ。衛兵は眠らせたって。じゃあ行こうか」

 その言葉と共に視界が光に包まれ、次の瞬間私たちは見知らぬ建物の前に立っていた。


 私はこの建物を知っている。ただしその内側だけ。外から見るとこんな風になっていたのか。どこにでもありそうな、やや質素な貴族の邸宅に見える。ここに彼がいる。

 意を決して、私は扉を軽く叩いた。こちら側から入る時の作法は知らない。だからごく普通に、友人の家を訪ねる時のように扉を叩く。

 扉が開き、上品な顔にいぶかし気な表情を浮かべてレックスが現れた。私たちの姿を認め、驚愕に目が見開かれる。やはりというか、シルヴィオの姿は特に彼の目を引いたようだ。それでも彼はすぐに冷静さを取り戻し、あえて何事もなかったかのように言ってみせた。

「こちら側からお客様なんて珍しいな。何もないところだけど、どうぞ上がっていってくれ」

 そうして私たちは居間に導かれた。ああ、緊張する。




 全員が席についたのを見届けると、レックスが厳しい声で言った。

「さて、あなた方はどういった用件でここを訪ねられたのですか。……おおよその見当はついていますが」

「あら、そう焦らなくてもいいと思うわ。先に自己紹介をさせてちょうだいな、私は大司教ベアトリーチェ。あなたは現王の甥、レックス=ロイですね」

 レディ・ベアトが通称ではなく正式な名称を名乗ると、レックスの目がさらに見開かれた。

「ボクはシルヴィオ、魔族の王だよ」

「俺はヴィーカ、シルヴィオ様の配下だ」

 続けてシルヴィオとヴィーカが自己紹介すると、レックスは頭を抱えてうなだれてしまった。絶対「なんてものを連れてきたんだ」って思ってるな。自分でもとんでもないものを連れてきてしまったとは思う。

「レックス、もう一度お聞きします。王になってはいただけませんか」

 うなだれるレックスに声をかける。レックスが反論する前に、言葉をさらに重ねた。

「先日、魔族が魔術都市を襲撃しました。魔族と人間の戦いは始まってしまったのです。もう、あなたが時間をかけて王となるのを待っている余裕はなくなりました。このままでは、現王率いる王国と魔族軍との間で殺し合いが始まります。何としてもその前に彼らを止めねばなりません」

 レックスがはじかれたように顔を上げ、シルヴィオを見た。シルヴィオは悲しそうな顔でそっとうなずく。

「だから私は改めてお願いに来ました。今、王になってください、と」

 悲痛な目をしたレックスがこちらを見る。私はまっすぐに彼の目を見返した。

「あなたのお父上が目指した魔族との共生、その最初の一歩として、私たちと共に来ていただけないでしょうか」

「あなたの後ろ盾には私がなりましょう。今まで教会は王国の政治については不介入でしたが、今回は王国と魔族との間の仲立ちの意味を込めてあなたに力を貸します」

 レディ・ベアトもとい大司教ベアトリーチェが厳かに断言する。

「ボクは王国が変わることを願っている。あなたが王になればきっと王国は変わる。そうなればボクたちは人間と争わずに済む。ボクは仲間が傷つくのも嫌だし、人間が傷つくのも嫌なんだ。お願い、レックス」

 シルヴィオが悲しげな顔のまま続ける。

「シルヴィオ様はこう言っているが、人間を許せない魔族も多い。そんな魔族にわざわざ会いに来て、人間が変わる機会をくれと願ったのはセレスティナだ。こいつがいなければ、今頃魔族と人間は全力で殺しあってた。こいつが必死で繋いだ希望を、あんたが無下にしていいのかよ」

 ヴィーカが厳しい顔でレックスをにらむ。

 彼らには道中、レックスの人となりや彼と交わした会話を可能な限り話してある。それを踏まえて、それぞれができる限りの説得の言葉を考えたのだろう。

 私ももう一度、説得の言葉を紡いだ。

「レックス、私には人間と魔族との争いを止め、共に生きられる世を作るという望みがあります。そしてそのためには、あなたの協力が必要なのです。あなたの協力が得られなければ、人間と魔族の復讐の連鎖が止まるのはずっと先になってしまうでしょう」

 全員、そこで沈黙した。レックスは力なくうめくと、小さな声で言った。

「……私を今担ぎ出そうというのなら、それなりの作戦は考えてきているのだろうね? 無策でこれだけの面々をここに連れ込んだとは思えないのだけれど」

 そこで、レックスにこれからの計画を説明した。レックスが私たちと来た場合、どのような役割を演じることになるのかを。

 レックスは再びうなだれてしまったが、それでも「承諾した」と返事をしてもらえた。


 そうと決まればさっそくレックスを連れて撤退だ。けれどその前に、十五年住んでいた場所を出るのだし持ち出したいものなどあるのでは、と聞くと、レックスは苦笑して「特にないよ」と答えた。その顔は少し寂しげだった。

 帰りはディアーヌを目標として転移すればいいので楽だった。転移するのが初めてらしいレックスはちょっと落ち着かない様子だったが。

「帰ったか。どうやら目的は達成したようだな」

 いつも通りの無表情のディアーヌに出迎えられる。

「ただいま、ディアーヌ。こちらが王国の新しい王となられるレックス殿下だよ。殿下、こちらが魔族軍を率いるディアーヌです」

 シルヴィオがディアーヌとレックスを紹介している。そっか、これからはレックス「殿下」になるんだね。そしていずれは「陛下」に。私が望んで私が招いた変化だけど、なぜかちょっと胸が苦しくなった。

「シルヴィオ殿、ディアーヌ殿、王国に連なる者として、心から謝罪申し上げる」

 浮かない顔をしていたレックスがいきなりひざまずき、魔族たちに深々と頭を垂れた。

「私と父は、現王の所業を知りながら何もできなかった。本当に済まなかった」

 シルヴィオはレックスの傍らにかがみこみ、頭を上げてよ、と困った顔で言っている。ディアーヌは彼女にしては珍しく、楽しそうな笑みを浮かべていた。

「聖女、大司教、そして次の王。我ら魔族軍に関わった人間は今のところお前たち三人だけだが、三人が三人とも我らに謝罪をしてのける。まったく律儀なことだ。人間の全てがお前たちのようであったなら、我らも人間の街を攻める必要がなくなるのだがな」

 それを聞いたシルヴィオは嬉しそうに笑うと、私の袖を引いて耳元でささやいた。

「ディアーヌはボクたち魔族の中でも、もっとも人間を毛嫌いしている者の一人なんだ。その彼女がこんな事を言うようになったのなら、まずは一歩前進だよ」

「長よ、聞こえているぞ」

「あ、ごめんなさい」

 失敗しちゃった、と小さく舌を出して笑うシルヴィオ。まだまだ先は長いけれど、彼の憂いが少しでも晴れたことは素直に嬉しかった。



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