39.想像もしなかった朝
その日の夜、魔族たちと明日以降の行動について大まかな打ち合わせを済ませると、私はシルヴィオに連れられて大樹のそびえる明るい森に戻っていた。
「この森はボクの住処なんだ。他の魔族は来ないから、安心して休んで」
私はまだ魔族たちから警戒されているので、彼らが近くにいるとゆっくり休めないだろうという彼なりの気遣いだったようだ。でも見張りは? と聞いたら、ボクがいるでしょ? とあっさり返された。
ぽっかりと空いた木のうろに二人一緒に入る。それはとても大きなうろで、二人どころか四、五人でも余裕で泊まれそうだった。
ああ、今日はひどく疲れた。開戦の知らせを聞いてからずっと心が休まるときがなかった。今日は少しだけではあったが収穫があったし、やっと休めそうだ。
そう一息ついた時、いきなりうろにヴィーカがぬっと入ってきた。
「きゃっ、ってヴィーカじゃない。いきなり現れたからびっくりしたわ」
「ああすまん、気配消したままだったか。それよりびっくりしたのはこっちの方だよ、あんたが魔族軍に合流したって聞いたときは耳を疑ったぞ」
そうやって言い合う私たちを横目に、一人落ち着き払っているシルヴィオがヴィーカに言った。
「ヴィーカ、王都の状況は?」
どうやらヴィーカはシルヴィオの密偵として王都を探ってきたらしい。
「はい、報告します。騎士団が予定通り先ほど魔術都市に向かって出立しました。聖女を欠いたことによる混乱は見られません。そもそも、聖女が姿を消したことは公にされていないようです。その他に取り立てて変わったことはありません」
騎士団。その言葉に、胸がちくりとした。ジークたちも魔術都市に向かっているはずだ。私がいなくなって心配しているだろうか。私が魔術都市でしたことを彼らが知ったらどう思うのだろうか。私が敵に回ったと思うのだろうか。そのことについて怒るのだろうか、それとも悲しむのだろうか。
シルヴィオに会いに行った時に、これからの行いがみんなを傷つけるものだということは覚悟しているつもりだった。それでも改めてみんなのことを思うと、やっぱり胸が苦しかった。
「どうしたの、大丈夫」
「なあ、どっか苦しいのか」
いつの間にかシルヴィオとヴィーカが私の顔を覗き込み、心配そうな顔で見つめている。今もなお多くの人を傷つけているだろう私ではあるけれど、そんな私を気遣ってくれる人がいることが嬉しい。
「うん、大丈夫……ありがとう」
そう答えると、シルヴィオがいきなり抱き着いてきた。
「よく考えたらキミが大丈夫な訳ないよね、つらいに決まってる。ごめんね」
シルヴィオの綺麗なプラチナブロンドが私の目の前いっぱいに広がる。白い翼が私を抱きしめるように伸ばされた。
「それとね、ヴィーカばっかりキミと親し気でずるいな。ボクにももっと気楽な感じで話してよ」
私を全身で抱きしめたままシルヴィオがくすくす笑う。そのまま彼は、ヴィーカに向かって手招きした。
「今夜はヴィーカも泊まっていってよ、二人より三人の方が楽しいよ」
「相変わらず寂しがりですね、シルヴィオ様は」
苦笑しつつも、ヴィーカもその場に腰を下ろした。
結局その日は、木のうろで三人一緒に眠ったのだった。シルヴィオの翼はふわふわでとても温かかった。
木のうろでの目覚めは思ったより悪くなかった。こんなところで朝を迎えるなんて、ちょっと前までは思いもしなかったなあ。ナタリア、どうしてるかな。ちゃんと眠れてるかな。ご飯は食べられてるかな。きっと私のことを気にしているんだろうな。
ヴィーカは既にここを発っており、まだ少し眠そうなシルヴィオが目をこすりながら話しかけてきた。
「おはよう、セレスティナ。よく眠れた?」
「ええ。あなたの翼、暖かかったわ」
「役に立ててよかった」
にっこり笑うシルヴィオ。相変わらず規格外な美しさだ。できることならこのまましばらく眺めていたいところだけど、今日も大仕事が待っているしそろそろ動かなくては。
森の木の実で手早く朝食を済ませ、魔族軍を率いるディアーヌの元に向かう。そこにはディアーヌと様々な姿形の魔族たち、そして彼らと和やかに談笑している、レディ・ベアト。
レディ・ベアトは私に気づくと、すたすたとこちらに歩いてきた。
「おはよう、ティナ。さっきから驚くことばかりで、私の寿命が縮みそうよ」
「申し訳ありません」
彼女がここにいるということは、別動隊はしっかり仕事をこなしたということだ。昨日ディアーヌたちと話した計画では、どうしてもレディ・ベアトをこちらに引き込んでおく必要があった。なので私は昨日のうちに手紙と天青の首飾りとを別動隊に渡し、彼女のもとに向かってもらったのだ。もし彼女が来てくれなかったら作戦を一から見直さなければならなかったので、まずは一安心……していいんだろうか。
「朝早くから魔族の方があなたの手紙を持ってこっそり訪ねてきたし、あなたは魔族軍と一緒にいるというし、しかも私を誘ってくるし」
おかしそうに笑うレディ・ベアト。その彼女に、シルヴィオが声をかけた。
「あなたが青の子の長ですね? ボクはシルヴィオ、緑の子の長です」
シルヴィオを見たレディ・ベアトは目を真ん丸に見開いた。
「まあ、また驚かされたわ! 何て美しい方でしょう。まるで救世主様だわ」
「セレスティナにもそれは言われたよ」
「それはそうでしょう、これだけ神々しければ。案外かつての救世主様も緑の子だったのかもしれないわねえ」
「そんなに褒められると照れちゃうよ」
これが魔族の長と教会の大司教の会話だろうか。しかも今人間と魔族は一触即発だというのに。傍から見ていると仲の良い祖母と孫のようにも見えてしまう。
悩む私をよそに、二人は和気あいあいと会話を続けていた。
「さあ、作戦とやらの詳細を聞かせてちょうだい、ティナ」
レディ・ベアトは周りに居並ぶ魔族たちを全く警戒することなく、私に言った。
今朝レディ・ベアトに送った手紙には詳細は書いていない。うかつなところに情報が洩れるのを恐れたからだ。「人間と魔族との戦いが始まりました。もう時間はありません。王国を変えるための作戦にあなたの力を貸してください。今私は彼らと共にいます」とだけ書いたのだ。確かに私からの手紙であることが証明できるように、天青の首飾りを添えて。「彼ら」が誰なのかということは、手紙を持ってきた者を見れば一目瞭然だろうし。
私は昨日魔族たちと打ち合わせた内容を、そのままレディ・ベアトに伝えた。
「前にお話ししたように、現王を退位に追い込みます」
「具体的な手順はどうするの? あと、ただ王を退位させるだけだと大混乱になってしまうわよ。次の王は誰?」
「次の王にあてはあります。当の本人は、今は動く時ではないと主張していましたが、力づくでも引っ張り出します。ただ彼には権力も配下もなく、また王となる正当な理由もありません。彼にあるのは王家の血と、そして魔族と共存するという意思だけです」
「一人その条件に当てはまる人物を知っているけれど、彼を即位させるのは難しくないかしら」
「だからこその魔族軍とあなたです。魔族軍をもって現王に圧力をかけ、同時にあなたの口から王国の民に現王の所業を伝えてもらいたいのです」
「なるほど、私が現王は王にふさわしくないと民に訴え、同時に次の王の正当性を主張する。それでも王は抵抗するだろうから、魔族軍を見せつけることで戦意を喪失させる、ということね」
うーん、と首をかしげるレディ・ベアト。難しい顔をしている。
「大枠では賛成ね。大司教が思いっきり王国の政治に介入することになるけれど、今はあなたがやらかしてしまったことの方が問題だし」
うっ。やっぱり聖女が急に魔物の味方についたというのはまずいですよね。人間側からすると聖女が乱心したようにしか見えないよね。
「それにね、ここまで王国が歪んでしまったのは、私たち教会が色んなことを見て見ぬふりしていたせいでもあると思うのよ。私たちは、王国が緑の子を虐げていたのを知っていて放置した。緑の子たち、本当にごめんなさいね」
その言葉に、同席していた魔族たちがみな驚いていた。王国と親しくしている青の子の長が、緑の子に自らの非を認め謝罪したのだ。
「私たちは緑の子たちに対しても責任を取らなければならない。だから今回だけは、王国を正すために使えるものは使うことにします。めいっぱい大司教としての地位を濫用させてもらうわ。それに、私にとってはあの子の弔い合戦みたいなものでもあるし」
あの子、つまり先代の聖女。彼女を死なせてしまった後悔を、レディ・ベアトはこの機会に断ち切ろうとしているのだろうか。
「それでね、いくつか思いついたこともあるから聞いてもらえるかしら」
そう言ってレディ・ベアトが案を付け加えていく。魔族たちも積極的に話し合いに参加し始め、あいまいなものであった作戦がどんどん具体的に、そして派手になっていった。




