38.悲しみと狂気と
「!!」
私の胸に飛んできた何かが、私にかけられていた守護の魔法にはじかれて落ちた。それは見覚えのある白い石でできたダーツのような短い矢だった。この石って、もしかして。
「あれ、はじかれちゃいましたね」
戦場には似つかわしくないのんびりとした声が聞こえた。
「ラファエル……」
「お久しぶりです、セレスティナ。この矢、いつか見せた技術をさらに改良して作ったんですよ。矢としての殺傷力を持ちながら、浄化の力も持つ優れものです。ぜひあなたに見てもらいたくて」
「ラファエル、あんたなんで魔物用の矢でこの子のこと撃ってるのよ!!」
すっかり血の気の引いたモニカが絶叫する。立っているのもやっとといった様子だ。
「なんでって、そりゃあセレスティナが魔物の味方をするからだよ」
「あの、彼らは魔物ではなくて魔族なのですが」
大変なことになっている気がするがここはきっちりと訂正しておかないと。
「魔物も魔族もどうでもいいよ。僕はあいつらは全部殺すって決めてるんですから」
ものすごく大変なことになっていた。というかどうしてラファエルはそこまで物騒な考え方をしているんだ。そしてどうしてそんなことを穏やかな笑顔で言い放てるんだ。
「あなたと話すのも最後になるでしょうし、せっかくなので教えてあげますね。僕、昔家族を魔族に殺されてるんです」
ラファエルは今、「魔物」ではなく「魔族」って言わなかったか。
「その魔族は『これは王に仲間を殺された報復だ、俺達魔族には人間に復讐する権利があるんだ』って言ってましたよ。だから同じように、今度は僕が魔族に復讐することにしたんです」
彼が語った過去は、いつものんびりとしていて研究の話をするときは目を輝かせる、そんな子供のようなラファエルからは想像もつかないものだった。
「復讐のために、僕は魔族について調べました。そのうちに偶然、魔物が魔族から生じることを知ったんです。そして魔物を真に滅ぼすためには聖女が浄化するしかないということまで知ってしまったんです」
そう言ってラファエルはいつもと変わらない笑顔で私に笑いかけた。もしかして、初対面からラファエルが白の浄化について色々教えてくれたのは、こんな背景があったからなのか。私はラファエルの研究が私にとって救いになると思っていた、彼は私に協力してくれているのだと思っていた。けれど私は最初から、彼に利用されていただけだったのか。
「だから、あなたの白の浄化を見られて本当に助かりました。おかげで僕は、魔物を浄化する手段を手に入れた」
話を聞いていたモニカがとうとう崩れ落ちた。ラファエルのあまりの変わりように気持ちがついていけないようだった。
「けれど、あなたは魔族の味方になってしまいました。だから僕はあなたを討ちます」
そう言ってラファエルが短杖を構える。その杖の先には先ほどのものと同じような白い石が取り付けられていた。
笑顔のまま私を見つめるラファエルの目はひどくぎらつき、それでいて空虚だった。
「ラファエル、話を聞いてください!」
彼が次々打ち出してくる魔法が、私の守護の魔法に当たってはじけ飛ぶ。シルヴィオたちが二人がかりでかけていただけあって守護の魔法は強力で、私にはかすり傷ひとつつかない。しかし、はじけ飛んだ魔法が突風を起こし砂ぼこりを巻き上げて私の視界を奪う。ろくに周囲が見えないまま、私は叫ぶ。
「全ての魔族と魔物を殺すだなんて、そんなことができると思っているのですか!?」
返事はなく、さらに数多くの魔法が飛んでくる。この守護の魔法、いつまで保つんだろう。転移の魔法は繊細なので交戦中は使えないとシルヴィオは言っていた。ということはラファエルが攻撃をやめてくれない限り、私は撤退できない。今度はラファエルを説得しなければ。こんなのは予想外だ。
「もし、全ての魔族と魔物を殺せたとして、それであなたの復讐は終わるのですか!? それであなたの憎しみは、悲しみは消えるのですか!?」
砂ぼこりがひどくて声を出すのも容易ではないけれど、私は構わずに声を張り上げ続けた。
「あなたの仇である魔族は『王に仲間を殺された報復だ』と言っていたのですよね? でしたら、あなたの真の仇は王ではありませんか? 王が魔族を殺さなければ、あなたの家族も死なずに済んだ」
ラファエルが連続で打ち出す魔法が、一瞬止んだ。
「私はこの世のありようを変えたいと思っています! 魔族と人間とが互いに殺し合い悲しみを生み続ける、この悲惨な世を!」
そろそろ守護の魔法にもがたがきているらしく、はじけた魔法のかけらが髪飾りに当たり、髪飾りが壊れて落ちる。花飾りの中の青い石が砕け散り、込められていた魔法が青いもやになって舞い上がり、そのまま突風に巻き込まれて消えていく。
前にモニカと一緒に魔術都市で買った髪飾り。「過去からの解放」という効果があるとモニカは言っていた。もし本当にそんな効果があるのなら、どうかラファエルを解放してあげて。このままでは彼は救われない。そう思ったとき、私はあることに気がついた。
「お願い、聞いてくださいラファエル! あなたはずっと、救われることを願っていたのでしょう! 」
救い。建国祭の占い小屋で、確かにラファエルはそう言っていた。彼が最後に求めているのは復讐ではなく救いだ。
「あなたのその道の先に、復讐を続ける先に、救いはありません!」
きっとそれは彼も分かっているのだろう。けれど彼の中にある悲しみや憎しみが、彼の歩みを止めることを許さないのだろう。だったら私が、彼が止まるためのきっかけになりたい。かつて私の手を取って、君が全ての始まりだと言ったときの彼の悲しげな微笑みは、きっと彼の本心だったのだから。
「ラファエル、私は王を、王国を変えてみせます。あなたの真の仇をとってみせます。だから少しだけ待っていてもらえませんか」
この状況で「信じてほしい」なんてとても言えない。だからこんな言い方になってしまった。けれどラファエルは魔法を打つのをやめ、うつむいて小声で答えた。いつもののどかな感じはどこにもなく、淡々とした感情のない声だった。
「……分かりました。かつて実験に協力してくれた恩もありますし、少しだけ待ちます。でもあなたがこの世を変えられないと判断したら、僕はまた復讐を始めます」
「ありがとう、ラファエル。あなたがくれたこの猶予、大事にします」
私が礼を言い頭を下げると、不意に光が私の周りに巻き起こった。魔法が止んだ隙をついてシルヴィオが転移の魔法を使っているのだろう。
魔法の光越しに見たラファエルは、まだうつむいたままだった。モニカが立ち上がり彼にそっと寄り添うのが見えた。
魔族軍の元に転移した私は、無表情のディアーヌと落ち込んだ様子のシルヴィオに迎えられた。あと、さっきの空き地で見かけた魔族もちらほらいる。
「聖女か、お前の覚悟は見せてもらった。戻ってきた者から聞いたが、同胞たる聖女にすらためらいなく刃を向けるとは人間とは真に恐ろしいものだな」
「ディアーヌ殿、その私に刃を向けた魔術師が何を言っていたのか聞いておられますか」
「それについては報告を受けておらぬ」
だったら聞いてもらわないといけないことがある。
「その魔術師は、私が魔族の味方になったから討つのだと言っていました。そして彼が魔族を憎む理由は、かつて魔族に家族を殺されたからだと」
ディアーヌが片眉を少しだけ上げた。
「彼の家族を殺した魔族は、『これは王に仲間を殺された報復だ』と言っていたそうです。このまま魔族が戦を続ければ、彼のような人間が増えてしまいます。そしてそのような人間が増えれば、さらに魔族が討たれてしまいます」
いつの間にかディアーヌ以外の魔族たちも集まってきていて、みんな私の話を聞いていた。
「改めてあなたたちにお願いします。人間と魔族とが共に生きられる世をつかむために、力を貸してください」
私にはこうやって頭を下げることしかできない。こんなことしかできないのがとても悔しい。聖女だなんだとあがめられていても、私から白の浄化を取ったらただの無力な乙女だ。
周りの魔族たちがざわめき始めた。何かを話し合っているらしい。しばらくして彼らが静かになると、ディアーヌが言った。
「頭を上げろ、聖女。もし我らが力を貸すとして、お前はその力をどう使うつもりだ。まさか無策などと言うつもりではないだろうな」
「策というほどのものではありませんが、考えならあります」
そして私は魔族たちに話した、開戦の知らせを聞いてからずっと考えていたことを。動き出してしまった状況の中で、力づくでしかないけれど望む未来をつかみ取れるかもしれない方法を。
ディアーヌはそれを聞いてしばらく考え込んでいたが、ふとシルヴィオに尋ねた。
「長よ、貴方は聖女の考えに賛同するのか?」
「ボクはセレスティナを信じるよ。彼女の案より良いものはボクには出せない。ディアーヌ、キミたちはもう戦いをはじめてしまった。もう戦いをやめたところで人間と魔族との争いは止まらない。だからお願い、彼女に力を貸して。それがきっと、今の状況を打開する最良の道だから」
必死に頼み込むシルヴィオ。彼が今ここで私の味方でいてくれることがとても嬉しかった。
一方のディアーヌはまた考え込んでいる。そして彼女は苦虫を噛みつぶしたような顔で私に告げた。
「聖女よ、我らは一時お前に力を貸そう」
やった、と喜んでいたら、ディアーヌはさらに続けて言った。
「ただし、お前の行動が我ら魔族の利にならぬと判断した時点で力を貸すのは止めとする。そして、お前がうかつな行動をとらぬよう常に見張らせてもらう。以後、お前が一人で行動することはならぬと思え」
見張りがつくことぐらいどうということはない。それで力が借りられるなら安いものだ。
私は微笑んで感謝の意を述べると、先ほど魔族たちに話した考えを元に作戦を練るべく彼らと話し合うことにした。




