37.新たなる幕開け
ヴィーカと会ってから数日後、相変わらずなすすべなく時間を浪費している私の元に、信じられない知らせ、あるいは心のどこかで予測していた知らせが届いた。
魔術都市フィア、魔物の集団に襲撃され交戦中。人型の魔物多数。至急増援を寄こされたし。
その報を受けた王都では軍務大臣アルフレッドの号令により騎士団が集められ、その兵力のほとんどを魔術都市に送り込むこととなった。当然私も騎士団に同行することになる。
しかし出発前夜、私は一つの決断を下した。
「ナタリア、お願いがあります。私はこれからみんなとは別行動で魔術都市に向かいます」
「別行動って、いったい何ですか」
「詳しくは言えません。それで、あなたにはみんなに伝言をお願いしたいのです。訳あって別行動となりますが、かならず魔術都市に向かいます、と」
「セレスティナ様が別行動をなさるのなら私もお供します、どうか伝言は他の者に」
「駄目よナタリア。これは聖女である私がなすべきことなのです。あなたはどうか王都で待っていて」
ナタリアは納得していないようだったが、しぶしぶ折れて涙目でうなずいた。ごめんねナタリア、きっとこれからあなたは私のことをたくさん心配することになる。
心の中でナタリアに謝罪すると、私はそのまま客間を飛び出した。
客間を飛び出した私は誰かに見つからないようにして北の塔まで走り、周りに誰もいないのを確認して中に入った。ここなら人はめったに来ない。
服の隠しに厳重に隠しておいた木片を取り出した。シルヴィオからもらったものだ。ロッドを使って魔力を送り込む。
次の瞬間、私は見覚えのある明るい森に立っていた。青ざめた顔のシルヴィオが駆け寄ってくる。
「セレスティナ、とうとう戦いになってしまったよ」
「はい、だから私がここに来たのです」
状況は動き出してしまった。そして私が騎士たちと魔術都市に向かえば、今代の聖女も魔族と敵対することになり、事態はより悪くなる。そして私が王国で今できることはない。
そしてシルヴィオも自分にできることをしていたのだろう。しかしそれは実を結ばなかった。彼がここで今できることはない。
「シルヴィオ、力を貸してください。人間の私と魔族のあなたが力を合わせれば、まだできることもあるはずです」
今できることのない私たち。けれど二人で手を組めば。ここでないところでなら。まだ何かできることが見つかるかもしれない。
「セレスティナ……」
呆然としているシルヴィオ。本当に? とその目が訴えている。
「まずは魔族軍の指揮官に会いに行きましょう。彼らを説得し、進軍を止めさせるのです」
「ボクはずっと説得していたけど、彼らは聞き入れてくれなかったよ」
「私が説得してみます。王国での情報を持つ私なら、打開策が見つけられるかもしれません。だから、どうか彼らのところに連れて行ってください」
「……分かった。今から彼らのところに飛ぼう」
シルヴィオの転移の魔法で飛んだ先は、大森林よりも木々の濃い深い森の奥だった。そこに立っている一人の魔族にシルヴィオが駆け寄る。
「お願いディアーヌ、話を聞いて」
ディアーヌと呼ばれたその魔族は、私たちが突然現れたというのに表情一つ変えていない。
彼女はひどくほっそりとした若い女性で、柔らかい生地の長いドレスをまとい、地面につきそうなほど長い髪を下ろしたままにしている。髪も肌も真っ白で、その目だけが赤い。その背中からは爬虫類の質感を持つ蝙蝠のような翼が生え、長いドレスの白い裾からはトカゲのような尾が覗いていた。
「長よ、我らはもう報復を決めた。貴方の言葉には従えない」
少しかすれた低い声でディアーヌは淡々と答えた。
「ディアーヌ、今代の聖女を連れてきたんだ。彼女が話したいことがあるって」
シルヴィオがそう言うと、ディアーヌは嫌悪感を隠さずに私に向き直った。
「今代の聖女よ、我らに何の用か」
私はその冷たい目に少したじろぎつつも、冷静に口を開いた。
「まずは先代の聖女の暴挙をお詫びいたします。そして、私はこれからの話をするために参りました」
深々と頭を下げる。ここは土下座するべきかと考えたが、今はとにかく時間が惜しい。話すのが先だ。
「あなたたちが報復を望む気持ちは分かります。いえ、分かりたい、と思います」
ディアーヌの表情はまったく変わらない。
「ですがここで血を流せば、今度は人間が魔族に報復するでしょう。報復の連鎖は止めなければなりません」
「我らは人など恐れぬ。我らは数こそ少ないが、個の力において人より勝る」
「人間は力に劣っていても、数に勝っています。そして数が多い分、優れた知恵を持つ者も多く現れます。そういった者たちの知恵が多く集まることで、あなた方の予想を超えた技術が生まれるかもしれません」
頭の中にはラファエルのことがあった。白の浄化を小規模とはいえ再現してみせたラファエル。彼であれば、先代の聖女のように魔族すら浄化する技術を生み出してしまえるかもしれない。
私の指摘に、ディアーヌの表情が初めて動いた。半目になった彼女は私に尋ねる。
「聖女よ、ではお前は我らに泣き寝入りをしろというのか。お前の望みは何だ」
「私は……」
ここで言葉に詰まった。どう説明しても、上辺だけの綺麗事になってしまいそうだった。
そこで思い直す。どうあがいても、私の主張が綺麗事であることに変わりはない。だったら変に飾らず、思うままをぶつけてみようじゃないか。
「私は、人間と魔族とが共に生きる未来が欲しいのです! 互いに報復を繰り返して悲しみが続く未来なんていりません!」
突然声を張り上げた私に、さすがのディアーヌも驚いたようだ。
「けれど、人間の私だけではどうやってもその未来がつかめません! お願いします、魔族の皆様の力を貸してください!」
私はもう一度頭を下げて、そのまま止まった。もうこれ以上、説得の言葉が思いつかない。仕方ないので黙ったままでいる。
ディアーヌも沈黙を貫いている。シルヴィオも黙っている。
しばらく、沈黙が流れた。
「……聖女、お前の望みは分かった。だがお前が真に信用に足るか我には分からぬ」
そう言って沈黙を破ったのはディアーヌだった。
「このまま話しても埒が明かぬゆえ、いったん皆を下がらせよう。その際のしんがりをお前が務めてみせろ。お前が人間と魔族との共生を望むというのなら、魔族のために人間の矢面に立つくらいはできるであろう?」
この展開は、魔族軍に接触すると決めた時点である程度予測していた展開ではあった。私が一時的に人間に敵対するということは。
「ディアーヌ、それはさすがに酷だよ」
見かねたのかシルヴィオが口をはさんだ。
「いいのですシルヴィオ、ディアーヌ殿の言う通りです。信用してほしいのなら行動で示さねばなりません」
「その心意気だけは買ってやろう。我らとて鬼ではない、守護の魔法はかけてやる。お前の役割は魔術師どもの注意を引いて、我らの撤退を容易にすることだ」
ようやく糸口が見えてきた気がする。さあ、ここからが正念場だ。
ディアーヌとシルヴィオは私にいくつか魔法をかけると、魔術都市近郊の空き地に転移させた。辺りは魔術都市を攻撃する魔族とそれを迎え撃つ魔術師とで大混乱に陥っている。ここには魔物はいない。みんな魔族だ。
ディアーヌは、「既に皆に詳細は伝えた」と言っていた。おそらく伝達魔法の類だろう。ならば今私のやるべきことは一つ。
「双方、引いてください!」
シルヴィオにかけてもらった拡声の魔法。それにより増幅された私の声は、空き地の全ての者に届いたようだ。魔族がじりじりと後退していく。
一方の魔術師たちは困惑を隠せない。魔力感知ができる彼らは、一目で私が聖女だと分かっている。その聖女が魔物に利するような発言をしたことが信じられないのだろう。その混乱に乗じて、魔族たちはさらに後退した。
魔族たちが十分に後退するまで、もう少し時間を稼がなくてはならない。今度は何を言って魔術師たちの注意を引こうかと考えていると、一人の魔術師がこちらに飛んできた。ああ、あれはモニカだ。彼女は攻撃魔法が得意だし、魔物相手の防衛線なら最前線にいるのも当たり前か。彼女は私の前に降り立つと、真っ青な顔で聞いてきた。
「セレスティナ、あなた何やってるのよ……」
「一言では説明できないわ。けれど私は人間に敵対するつもりはないの。いつか必ずちゃんと事情を話すから、ここは引いてくれないかしら。私のしていることが上手くいけば、彼らはもうここを攻めてはこないだろうから」
「彼らって何よ! あいつら魔物よ!」
モニカが声を張り上げた。ほとんど悲鳴だ。
「魔物じゃないわ、魔族よ」
対して私は静かに言う。それでもその声は、魔法に乗って辺りに響き続けていた。
そろそろ十分に時間が稼げただろうか。頃合いを見てシルヴィオが転移で呼び戻してくれる手はずになっている。
何とか最初の難関は乗り切ったかな、そう思って油断した私の胸めがけて、それは飛んできた。




