36.幕間
レックスの説得が不発に終わったことで、私は少なからず落ち込んでいた。もとよりそう簡単なことではないとは思っていたけど、あそこまで見事にばっさり切られるなんて。いや、レックスは王になること自体は否定していなかった。だったら、具体的かつ現実的な計画をしっかり練ってからもう再挑戦すれば説得できるかもしれない。
とちょっとだけ前向きになってはみたものの、結局その具体的な計画とやらが浮かばなくて断念する。はあ、本当にどうしよう。相談できそうな人には大体話しちゃったしなあ。
騎士団の面々に何も話していないことにちょっとだけ後ろめたさがあるが、彼らは基本的に上の命令に従う立場だし、騎士団長のウィリアムおじさんは魔族を憎んでいるふしがある。副団長のジークはそれでなくても悩みがちだからこれ以上負担をかけたくないし。
こういう時は見方を変えてみようか。そういえば、魔族側は今どうなっているのかな。ヴィーカに聞いてみようか。まだ何も進展していないからシルヴィオに会うのは気が引けるけど、ヴィーカは力になってくれるって言っていたし、会ってみるだけ会うのもいいかもしれない。
確かヴィーカに連絡を取るには、南区画の「春の草原亭」って宿屋に伝言を残すのだったかな。いつもならナタリアに頼むところだけど、今日は少し歩きたい気分だったので自分で直接行くことにした。
こうやってのんびり街を歩くのも久しぶりだ。のんびりしていていいのかという焦りは相変わらずあるけれど。街はいつも通り平和で、建国祭の前と何も変わっていない。魔族が攻めてくると言われてもいま一つ現実感がないほど平和な光景だ。けれど、このままではいずれ彼らはやってきてしまうのだろう。それまでに何とかしないと。
南区画について目的の宿屋を探していると、宿屋より先に目的の人物が見つかった。ヴィーカの白い頭はよく目立つのだ。密偵が目立ってていいんだろうか、染めた方がいいのではないだろうかなどと少しおせっかいな考えが頭をよぎった。
「ヴィーカ、ちょうどよかった。あなたと話したかったの」
「いいぜ。何の話だ?」
「あまり他の人には聞かれたくなくて……」
魔族は最近どうですか、などという話を他人に聞かれたら大変なのでぼかすと、ヴィーカはそれで承知したらしく、にっと笑って城門を指さした。
「じゃああっちで話そうか」
「街の外に勝手に出るのはさすがにまずいのだけど」
「ばれなきゃいいんだよ」
そう言うと、ヴィーカは人気のない物陰に私を連れ込んで、手早く私に透明化の魔法をかけてくれた。自分で自分の手が見えないというのも新鮮な感覚だ。
「ヴィーカは消えないの?」
「消えてもいいんだけど、あんた気配消して歩けないだろ? 誰もいないのに気配だけ門を通り抜けたら門番が警戒しちまう。だから俺は手持ちの手形を使ってそのまま門を通る。あんたは俺についてこっそり出ればいい。そうすりゃ人間の気配がしても門番は気にしないだろ」
そうして私はこそこそと、騎士も連れずに街の外に出ることに成功した。こんな脱走は初めてということもあって、こんな時に不謹慎かもしれないけど少し楽しかった。
私たちはそのまま街を一望できる丘の上まで歩き、周りに人がいないのを確認して私の透明化を解き、並んで腰を下ろした。内緒話をするなら開けた場所に限る。
ヴィーカは何やら魔法を使って周囲の様子を探っているようだったが、少しして言った。
「よし、ここらには誰もいないから何を話しても大丈夫だ。で、今日は何の話だ?」
「ええ、魔族は今どうしてるのか聞きたくて」
「少しばかり状況が悪化してるな。王国攻めの準備をしてた連中が魔族軍を名乗って進軍を始めた。ただ、本陣はまだ人里からかなり離れたへき地にあって、最前線は大森林のあたりで止まったまましばらく動いてない。あそこは魔術都市が近いし、そこで様子見してるんだろう」
その知らせに血の気が引くのを感じた。もうそんな近くに来ているなんて。
「魔術師の奴ら、ぱっと見ただけで俺ら魔族を見分けちまうから危なくて魔術都市には入れないんだよ。人とほとんど変わらない見た目の俺ですら、あそこには入ったことがない。だから魔術都市の状況が分からなくて、どう攻めるか悩んでるんだろう。まあこれはあくまで俺の推測でしかないけどな。俺はシルヴィオ様に味方してるから、魔族軍の連中からのけ者にされてるし」
「そうなの……」
魔族の進軍が止まっているのを喜ぶべきか、既に魔術都市の近くまで来てしまっていることを嘆くべきか。
「あんたの方はどうだ?」
「進展なし。色々あたってみたのだけど、うまくいかなくて」
事情を打ち明けた人たちは私の行いを否定はしなかった。けれど彼らに行動を起こさせることはできなかった。この状況、どう打開すればいいのかなあ。
「うっすらとやるべきことは見えてるんだけど、そのために具体的に何をすればいいかが思いつかないの」
「あんたでも八方塞がりか。これはいよいよ覚悟決めるべきなのかもな」
「待って、まだ何かできないか考えてるんだからそんな覚悟決めないで」
「分かった分かった。あんたがそう言うなら最後の一瞬まであんたを信じてやるよ。それが無理難題を押し付けた側の責任ってもんだろうしな」
「あ、うん……」
思わずむきになってしまい、ヴィーカになだめられた。駄目だなあこんなことでは。
「まあ落ち込むなよ。俺たちもあんたに無茶言ってるって自覚はあるし」
「ありがとう。めげずに頑張るね」
私たちはしばらく情報交換を続けた後、来た時と同じ要領で城門をくぐって街の南区画まで戻ってきた。結構話し込んでいたのでもう夕方になっている。それじゃあまた、と別れを告げかけた時に、あ、と声を上げた者がいた。
「セレスティナ様、とあの時の方!」
声の主はフィニアンだった。訓練帰りらしい。そう言えばこの二人大森林でほんの少しだけ会ってたんだった。片や迷子の私を送り届けた通りすがりの狩人、片や迷子の私を迎えに来た騎士。
「あの時は本当にありがとうございました!」
「だからあの時はたまたま通りがかっただけだって言っただろ、気にするなよ」
「いえ、どれだけ感謝してもし足りません!」
「もういいんだって。それよりその固っ苦しいの、ちょっとむずがゆいんだが。感謝してるってんならその辺どうにかしてくれよ」
「うーん、まあそう言うなら」
「よし、じゃあそれで決まりな」
すごい勢いで打ち解けていく二人。見た目はかなり異なるが、中身は結構似た者同士なのかもしれない。年も近そうだしいい友達になりそうだ。きっとフィニアンなら、ヴィーカの正体を知っても仲良くできるだろう。彼はそういう人だ。
「……おい、聞いてるかセレスティナ」
などとぼーっと考えていたら、いきなりヴィーカがこちらに話を振ってきた。
「あ、ごめんなさいちょっと考え事をしてて」
「あーやめやめ、空腹で考えてもろくなことにならないぜ? フィニアンが大森林の時の礼に飯おごってくれるってさ。行こうぜ」
ほんの少しぼーっとしていた間にそんな話になっていたとは。そしてヴィーカ、フィニアンにもご飯たかったのか。これは彼なりの社交術なのか、単にお腹が減りがちなのか。
前にヴィーカと一緒にご飯を食べたときに思ったものだ、ヴィーカはよく食べるなあって。今さらにフィニアンも加わって新たに思った。二人とも恐ろしくよく食べるなあって。
二人は私の倍くらいの速度で食事を平らげながら話していた。二人ともよく食べよく喋る割にお行儀が良いのはどういうことなんだろうか。
「そういやあの時お前らのこと従者とか言って悪かったか? お前ら騎士なんだろ」
「従者って……ああ、そういやそんなこと言ってたか」
一瞬きょとんとしたフィニアン。そういえばあの時はとっさに機転を利かせたアドリアンだけがヴィーカに応対していて、フィニアンはアドリアンに口を塞がれてもごもご言ってるだけだったな。
「まあ、おてんばなお嬢様だか聖女様だかに振り回されてるって意味では、騎士様も従者も大差ないな」
「おいヴィーカ、おてんばってそれは言い過ぎだろ、たぶん」
「たぶんって何だよ。そこはちゃんと否定してやるとこだろ騎士様」
「俺もそう思うんだけど何故かうっかり口をついて出た」
「つまり俺は言い過ぎじゃないってことだな。なあセレスティナ」
「否定は……できないのが悔しい」
盛り上がってるのはいいんだけど、私を話のタネにするのはやめてください。ひどいところで意見が一致してるし。さっき二人はいい友達になりそうだと思ったばかりだけど、間違いなくこの二人もう友達だ、むしろ悪友といってもいいだろう。
そんな二人を見ながら、私は決意を新たにしていた。この二人が仲良くなれたように、人間と魔族は分かり合える。だから魔族の侵攻をどうしても止めなくてはならない、と。




