35.王たるもの
最初はシルヴィオの頼みだけだった。魔族を止めて、そのために王国を変えて、と。
私はそのための手段を探して、情報を集めて回った。
そしてアルフレッドがそのための手段をほのめかしてきた。魔族に否定的ではないであろうレックスを次の王として即位させる。
それら全てをレディ・ベアトに話したことで、その手段が最良なのだろうと改めて思うようになった。
あいまいだったものが少しずつ具体的になっていくと共に、私の道が少しずつ狭くなっていく、そんな気がし始めていた。
しかしそんな私の心境はこの際無視しよう。大切なのは今を変えること、そうレディ・ベアトも言っていたのだし。時間もあまり残されていないだろうから、今のうちにやれることはやっておこう。
そう思っていたのだが、その後レックスに会いに行く機会は中々訪れなかった。忘れがちだが彼はあくまで幽閉されている身で、私は裏口こと隠し通路からこっそりと訪ねている身だ。だから私が彼の元を訪れるには、長時間私が行方をくらましていてもよい状況が必要なのだ。
なのにこういう時に限ってやれ近隣の魔物討伐だ王国の式典だと忙しく、私には自由な時間がろくになかったのだ。まあ、改めて冷静に魔物をたくさん見ることができたおかげで、魔獣と魔物の区別がつくようになってきた……気がする。ヴィーカは魔物は黒く見えると言っていたけれど、確かに魔物には不自然に黒い部分がある。ただ色が黒いだけではなく、艶がないというか生気がないというか、どこかまがまがしい印象を与えるものだ。そういえば幸いなことに、魔物討伐任務で私たちが討ったのは全て魔物だった。ここで魔族を殺してしまったら余計に辛くなるところだった。
多忙な日々がようやく終わり、レックスの元を久しぶりに訪ねる。いつもなら純粋に楽しみなのだが、今日の私の足取りは重かった。
アルフレッドに言わせれば、レックスを次の王にするには説得が必要らしい。そんなことを知っているということは、アルフレッドはきっと既にレックスに王にならないかって打診していたのだろう。自分で説得できなかったから今度は私をたきつけたんだろうな。
まあアルフレッドの思惑が何であれ、私は私の望む未来のために頑張るだけだ。
「お久しぶり。建国祭の時以来かな?」
そう言ってレックスはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。建国祭。その言葉がずしりと重い。あの祭の日から、私の世界が変わってしまった。
「おや、大丈夫かい。ずいぶんと表情が暗いけれど」
うっかり暗い顔をしてしまったらしい私をレックスは気遣ってくれた。ああ、この人は変わらない。けれど私は、この人に変わることを強要しようとしている。
先延ばしにしていても仕方がない。早く目的を果たさなくては。ここにいられる時間はあまり長くない。だから前置きもなく本題に入ることにした。
「レックス、あなたは王になろうと思ったことはないのですか」
「聖女たる君がそんなことを言っていいのかなあ。聞かなかったことにしておくよ。どうせアルフレッドの差し金なんだろう?」
ああ、やっぱりアルフレッドもそういうことを言っていたのか。しかし現状、私はもっと切羽詰まっているのだし、何が何でも承諾させなければ。
相変わらず無策な私は、当たって砕けろとばかりにレックスに全てを打ち明けることにした。魔族の侵攻について、アルフレッドに話さないよう後で口止めをお願いしておかないと。
レックスは相槌を打ちながら聞いていたが、一通り聞き終わると難しい顔をして黙ってしまった。まあそれもそうか、と思っていたら、彼は唐突に全く違うことを話し始めた。
「君には、十五年前のことを知っておいてもらったほうがいいだろうね」
十五年前というと、レックスが幽閉されたときの話か。彼が意味もなくそんな話をするとは考えにくいし、今の状況に何か関係があるのだろう。
レックスは、いつも以上に穏やかな声で語っていた。
「昔から、伯父上が魔族を滅ぼそうとしていることは知っていたよ。魔術師たちよりずっと高い魔力をもつ緑の子は、伯父上からすれば妬ましくて疎ましいものだったからね。だから十七年前、先代の聖女が王城に来たのをきっかけに、伯父上は彼女をたきつけて魔族の長を亡き者にしようとしたんだ。伯父上は聖女のことも嫌っていたからね、ただ浄化の力があるというだけの下賤の者があがめられるとは思い上がりも甚だしい、とおっしゃっていたのを聞いたことがあるよ」
これで、王が私のことを蔑んだ目で見てきていたことが腑に落ちた。
「だから、魔族の長と先代の聖女が相打ちになったと聞いた時の伯父上の喜びようといったらなかったよ。嫌いなものがまとめて消えた訳だからね。それからの伯父上は悪辣を極めた。魔族は聖女の仇であると広め、そして魔族は邪なる魔物なのだと民に思い込ませることに成功した。教会は真実を知っていただろうけど、介入するわけにはいかなかった」
そう語るレックスは悲痛な目をしている。ずっと前に起こったことなのに、今も変わりなく彼の心に影を落としているようだった。
「けれど私たち王族だけは、魔族がどのようなものであるか正しく知っていた。王族の間に口伝で伝えられていたからね。だから私の父は、魔族と共に生きられる道がないものかと考えていた。伯父上をどうにかして止め、魔族を守る方法がないものかと日々悪戦苦闘していたよ」
ここでレックスは深呼吸した。黙って聞いている私も膝の上に置いた手に力が入る。
「そして十五年前のある日、とうとう父が声を上げたんだ。父の考えに共感する臣下たちと共に、伯父上に迫ったんだよ。考えを改めるか、あるいは退位するかってね」
今話されているのは十五年前の話か、それとも近い未来の話か。そう思うくらい、レックスの父の行いは私がなそうとしたことと似通っていた。
「結局伯父上はどちらも選ばず、伯父上は近衛騎士をもって父と戦い、武力に劣る父は反逆者として捕らえられ処断された。一人息子たる私は殺されはしなかったが、こうして幽閉されることになった。そして私たち親子の記録は、王家の歴史から消された」
結局、レックスの父は緑の子を守ろうとして失敗したのか。レックスもまた、緑の子に関わることで未来が変わってしまった人の一人なのだろう。
「こんな風に、十七年前の出来事と、十五年前に起きたことはつながっているんだ。十七年前に事件を起こした聖女の後継者である君と、十五年前に事件を起こした王弟の息子である私とが、こうして会っているのも何かの縁かもしれないね」
どうしよう。こんな話を聞かされてしまったら、レックスに王になってくれなんて頼みにくくなってしまう。当時王弟であったレックスの父と違い、レックスは存在を消された幽閉の身で、十五年前より状況は悪くなっているのだから。敗北した父よりも勝算のない戦いに挑んでくれだなんて、軽々しく言えない。
「ねえ、セレスティナ」
頭の中で必死に説得の言葉を探す私に、レックスは優しく語りかけた。
「私は魔族と共存するという父の遺志を継ぎたいと思う。それに伯父上の過ちを償いたいと思う。でもだからこそ、私はうかつに動く訳にはいかないんだよ。私まで失敗してしまったら、もう伯父上を止める者がいない」
レックスは私より現実を見ていて、私より慎重だ。
「正直、伯父上が考えを改めることはないだろう。そして王太子たる従兄殿は、魔族が異形であるがゆえに彼らを嫌悪しているしね。彼が伯父上の後を継げば、人間と魔族との溝はさらに深くなってしまう」
それは駄目だ。王も王太子も私の望む王ではない。その意味では私もレックスも意見は一致しているのだろうに。
「だから私にできることは、時間をかけて策略をもって次の王となるか、それとも武力をもって王と戦い次の王となるか、そのどちらかになるね。そして私は前者しか選べない。王国の民同士が争うなんて、そんな道を選ぶ訳にはいかないんだよ」
「ですが、時間をかけていてはその間に魔族が」
「攻めてくるんだろうね。それでも、彼らが攻め入ってくるまで時間はあるかもしれないよ。私が王となるまで侵攻を引き延ばせれば、対話という方法もとれるかもしれない」
そう言うと、レックスはそっと目を閉じた。
「それに幸か不幸か、伯父上のせいで王国の民は魔族を魔物と同じようなものだとみなしている。だから人間同士で争うより、魔族と争う方がまだ彼らには抵抗が少ないだろうね」
優しい声で残酷な現実を突き付けてくるレックス。彼の声から柔らかさが消えていき、同時に王者の威厳とでも呼ぶべき強さがにじみ出ていた。
「人間と魔族と、私には両方を守る力はない。だから私はまず人間を守ることを選ぶ。それが人間の王たるものの務めだ。その上で、可能な限り魔族を守りたい。それが私の考えるより良い王の姿だ」
そう断言すると、レックスがまとう空気が少し柔らかくなった。
「全ての者を守る、それは絵空事だ。でも同時にとても素敵な望みだ」
そしてレックスは優しく微笑んだ。それは見るものを元気づけるような笑顔だった。
「君は君の思うままに進んでごらん。その素敵な望みが叶う道があるとしたら、それは私が進む先ではなく君が進む先にあるのだろうね」
彼は私の言葉に動かされはしなかったが、それでも私を応援してくれていることは痛いほど理解できた。




