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32.腹を割って話すのは難しい


 ラファエルに研究成果を見せてもらった後、魔術都市に帰るという二人と別れを惜しんでいたらそれなりに時間を食ってしまった。今日はアルフレッドを訪ねるのはやめておこう。というか、午後は彼がどこにいるか分からないことが多い。軍務大臣補佐になってから彼と会う機会が増えたので知ることができたのだが、アルフレッドは午前中は割と執務室にいるものの、午後は大体会議やら謁見やら騎士たちとの情報交換やらであっちこっち飛び回っている。彼に質問するのは明日にしよう。……別に、心の準備ができてなくて先延ばしにした訳じゃないからね。

 城下町の聖堂に使いに出したナタリアは、明後日の午後に聖堂に来るようにとの伝言を持って帰っていた。ずいぶん早いが、だったらレディ・ベアトは王都の近くにいるのだろうか。彼女が前に王都を立ってから結構経っているのに。

 そんな訳で、アルフレッドに質問に行くなら明日が最適だろうと考えたのだ。シルヴィオの話しぶりからすると、悠長にしている時間はなさそうな気がするし。

 結局、その後はずっと上の空だった。訓練にも身が入らないし、寝ようとしても寝付けない。それもこれも翌日の予定のせいである。どうやって本題に切り込もうか、どう質問しようか。アルフレッドのことで頭がいっぱいだ。断じて恋ではない。




 次の日の朝、私はアルフレッドの執務室の前に立っていた。今日こそは。

 扉を軽く叩く。中から返事があり、促されるまま部屋に入る。そこには、大きな机に書類を積み上げて読んではサインを繰り返すアルフレッドの姿があった。他の者の姿は見えない。

「さて聖女殿、今日は何の用だ?」

 そう言う間もサインをする手を止めない。私は緊張で汗ばむ手を握りしめ、口を開いた。

「アルフレッド様は良い魔物がいる、ということをどう思われますか」

 どう質問するかについて昨日から散々考えていたのだけれど、結局こんな聞き方になってしまった。こんなところでゲームの知識に頼るのは心苦しいのだが、彼は良い魔物、すなわち魔族の存在を信じているはずだ。こう切り出せば何らかの反応を得られるかもしれない。

 私の問いに、片眉を吊り上げたアルフレッドは理解に苦しむといった顔で聞き返してきた。

「なぜそのようなことを唐突に聞く?」

「私、は」

 もう一度拳を握る。アルフレッドは私よりずっと賢い。彼に駆け引きは通じない、下手な嘘をつくと見破られる。彼にとって多少おかしく聞こえたとしても、私にとっての真実をそのまま述べるのが正解だろう。

「昨日、十七年前のことを聞きました。先代の聖女様が魔族に討たれたという話です」

「ほう、それで」

 あえて魔族、という言葉を使ってみたが、アルフレッドの表情に変化は見られない。

「みなさまが魔族……良い魔物についてどう思っているのか気になりました」

「ふむ。陛下は魔物は全て滅ぶべきだとお考えだ。王太子殿下も同じ考えでいらっしゃる。いや、むしろ王太子殿下は陛下よりも魔物の討伐について積極的な方だ」

 一応答えはもらえたけれど、これだとまだ王太子の考えについて断定するには少し足りない。どうも彼は私が聞きたいことを分かった上ではぐらかしてきたような気すらする。

 私が内心うなっていると、今度はアルフレッドが直球で問いを投げてきた。

「それで聖女殿、君の方は魔族をどう思っているのかな」

 今度は彼が魔族、という言葉を使って聞いてきた。困った。彼のことだから何か分かっているのだろうが、どういう意図でその言葉を使っているのかが全く読めない。


 もう一度よく考えてみよう。私はさっき魔族が良い魔物であるとほのめかした。彼がそれに気づいていないはずがない。ならば今の問いは、「良い魔物をどう思うか」と読み替えてもいいのだろう。そんな問いは堂々と王城で口にできるものではない。だって王は魔物を全て滅ぼそうとしているのだから。

 そういうことなら、私の答えは一つだ。

「私は、魔族とも共に生きていけるのではないか、と思います」

 私が知っている魔族は二人、シルヴィオとヴィーカだけだ。あとはヴィーカが連れていた狼たちもそうか。けれど、彼らが不倶戴天の敵かと言われると、それは違うと思うのだ。

 私のその言葉を聞くと、アルフレッドは満足そうな笑みを浮かべた。書類を処理していた彼の手が止まる。

「聖女殿、その考えは立派だが、王都では決して口にしないように。しかし君がいきなり十七年前の話を蒸し返してくるとはな……偶然にしてはできすぎている」

 彼はそのまま手を止めて考え込んでいたが、しばらくすると顔を上げて言った。

「その件について詳しく話をしたい。今晩、君一人で私の自室に来てくれないか。他の者に聞かれたくはないのでな」

「はい、分かりました」

 夜に自室で二人きりというのがちょっと気になるが、まだまだ情報が足りないし、アルフレッドともっと話せるならそれに越したことはない。

 そうして、私はアルフレッドの執務室を後にし、夜に備えるのだった。




 夜も更けて、城内が静かになったころ。私は一人でアルフレッドの自室を訪ねていた。初めて見る彼の自室は、高級ではあるが派手ではなく調度品の趣味も良いものだった。召使いは全て下がらせているようで、部屋の扉を開けたのも私を奥の間に導いたのも、全部アルフレッド本人だった。

 奥の間の座り心地の良いソファに腰をおろすと、向かいに座ったアルフレッドがいきなり切り出してきた。

「では単刀直入に聞こうか。君はどこで『魔族』という言葉を知った? 三日前に建国祭で会った時と君の様子が異なっていることと何か関連があるのか?」

 私が言いよどんでいると、アルフレッドは説明を付け足した。

「そもそも、王国において『魔族』などという言葉を知っているのは一部の物好きか年寄りだけだ。さらに教会の者が『魔族』という言葉を使っているのを聞いたこともない。そんな稀な言葉を、君がある日突然使うようになった。君は前から王国の歴史について調べているような節があったが、そんな言葉にたどり着けるほど深く調べていたとは思えない」

 彼の言葉に、私はかつて彼と書物庫で出会ったことを思い出していた。

「しかもその魔族という言葉を良い魔物とほぼ同義の言葉として使い、さらに十七年前の話を突然蒸し返している。これらには何か事情があるのだろう? さらに言うと、これらはみな関連しているのではないか?」

 さすがはアルフレッド、正しく推測している。確かに私が魔族という言葉を知ったのも、十七年前の話を知ったのも、全部シルヴィオに会ったせいだ。しかし今それを馬鹿正直に言っていいのか悩ましい。

「ふむ、その顔は図星のようだな。君が言い出しにくいのであれば、まずは私の話を聞いてもらおうか」

 アルフレッドは膝に肘を乗せて手を組むと、その手に顎を乗せた。くつろいだ姿に見えるが隙は無い。

「私たち王国のものが滅すべきものとしている魔物の中には、人を襲う邪な魔物と、そうでない善良なものとがいるのではないか、私はそう考えている。君が指摘した内容と同じだな」

 私はこくりとうなずいた。同意ととられるか、ただの相槌ととられるか。

「一方で、かつて魔族と呼ばれる存在がいたという言い伝えがある。強い魔力を持ち、人に似て非なる姿をしていながらその性は善良で、彼らは人に交わり暮らしていたのだそうだ」

 ここでアルフレッドは私の目を見つめてきた。

「異形でありながら善良であるという点で、善良な魔物と魔族とは共通しているとは思わないか? 私たちは魔物を討つという名目で、討ってはならない善良なものを討っているのではないだろうか?」

 アルフレッドの指摘はシルヴィオの話と恐ろしいほど合致している。彼は一体どうやってこの結論にたどり着いたのか。

 その驚きがまるごと顔にでていたらしく、アルフレッドは私の顔を見て小さく笑った。なんだか楽しそうだ。

「なに、私にもかつていたのだよ、魔族の友人が。子供のころ時々屋敷を抜け出して街に出かけていたのだが、その時に知り合った。どこから見ても普通の人間なのに、彼の背中には鱗が生えていた」

 ここまで予想外の告白をされてはただ驚くしかない。

「彼は言っていた、『僕たちは魔族なんだよ』と。私たちはごく普通の少年同士がそうするように、親交を深めていった」

 アルフレッドは、彼には珍しく昔を懐かしむような目になった。

「しかし十七年前のあの出来事があった後、彼は忽然と姿を消してしまった。彼の家はもぬけの殻で、彼もその家族も、王都のどこにも見当たらなかった」

 おそらく本拠地にいた魔族と同じように、他の地に住む魔族も人里離れたところへ逃げていったのだろう。

「それから数年が経って、私は侯爵家の嫡子として登城し魔物との戦いに関わるようになった。そして気づいたのが、魔物の中には倒した途端黒い塵になって消えてしまうものと、死体を残すものとがいるということだった。残った死体は異形ではあったが、それを討ったものたちの話によるとそれらは好戦的ではなく、むしろ私たちから逃げようとしていたのだそうだ」

 それは魔物ではなく魔獣だったのだろう。人間は魔族も魔物も全部ひっくるめて魔物扱いしているのだというシルヴィオの言葉がよみがえった。

「ある日魔物の討伐任務に赴いたとき、魔物の死体に交じって人間の死体が二体あった。一人の頭には大きな角が生えていて、もう一人は全身に鱗が生えていた。それは子供のころの友人ではなかったが、あの友人と同じ性質のものであることは疑いようもなかった」

 アルフレッドは死者を悼むように目を閉じた。

「それから私は魔物の討伐記録について調べ上げ、確信を得たのだ。陛下は、邪なる魔物を討つと称して罪なき魔族をも討とうとしているのだと」

 そこまで一気に語ると、彼はまた顔を上げて薄く笑った。


「さて、私がここまで明かしたのだ。そろそろ君の事情とやらを聞かせてもらえないか、聖女殿?」

 艶やかな黒い瞳、「黒」のそれとは違う生き生きとした黒が、まっすぐに私を射抜いていた。



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