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31.情報収集、開始


 次の日、私は一通りの身支度を終えると、まずナタリアを城下町の聖堂に使いに出した。レディ・ベアトに会う約束を取り付けるためだ。そして一人になった私は、真っ先にアルフレッドのもとを訪れた。正確には訪れようとした。現在、その途中の廊下で立ち尽くし中だ。

 昨日、アルフレッドに色々聞きにいこうと決めた。そこまではいい。しかし何をどう切り出すか、具体的な内容がノープランのままだったのだ。ねえアルフレッド、陛下は魔族を全滅させたいらしいけど、王太子殿下は同じ考えかしら? これは即却下。ねえアルフレッド、王太子殿下は魔法に寛容な方かしら? 遠まわしな上に聞きたいことが聞けなさそうなのでこれも却下。

 そもそも十七年前に何があったかについて、シルヴィオ側の話しか聞いていないことに思い至った。王国側ではそのことをどう言い伝えているのだろう? アルフレッドに質問しに行くのは、それを調べてからでもいいだろう。

 私はきびすを返した。新たな行先は書物庫だ。




 書物庫についた私は、王国の歴史について書かれた紙束を探し始めた。考えてみれば、王国の歴史は結構波乱万丈なのかもしれない。十七年前には魔族と戦い、十五年前にはレックスを幽閉した。私が知っているだけでも、二つも大きな事件がある。

 目的の書物はすぐに見つかった。ありがたいことに、十七年前の記録は消されていないようだった。

 その紙にはこう書かれていた。「邪なる魔物を滅ぼすべく、聖女がやつらの本拠地へと旅立った。魔物たちは卑劣にも聖女をだまし討ちにしたため、報復として本拠地に火を放った」と。

 王国はシルヴィオの言っていた通り、魔族をまるごと魔物扱いしているようだった。それに、歴史は自分たちに有利なように書き残すと聞いたことはあるけど、これはきっとその典型例なのだろう。人間側と魔族側で印象が真逆だ。どちらの方が真実に近いんだろう。あるいはどちらも違うとか。

 駄目だ、これだけでは判断材料がなさすぎる。先代の聖女については後々レディ・ベアトに聞くとして、もう少し情報が欲しい。王城の書物庫ですらこれだけしか残ってないのなら、あとは誰かに話を聞くしかないか。

 その時私の脳裏に一人の人物が浮かんだ。十七年前には既にそれなりの年齢で、王城に出入りしており、戦に関係することを知っていそうな人物。そう、騎士団長おじさんことウィリアムおじさんだ。よし、突撃だ!

 私は急いで紙束を片付けると、王城にある騎士団長の執務室へと速足で向かった。




「おはようございます、ウィリアム様」

「おや聖女様、これは珍しい。何の御用でしょうか」

 正直、ウィリアムおじさん相手にどう話を切り出すかも見事にノープランだ。けどきっと大丈夫、彼はアルフレッドほど勘がよくない、たぶん。ちょっとくらい妙な質問をしてしまってもどうにかごまかせる、おそらく。

「実はお尋ねしたいことがありまして」

 回りくどくいってもらちが明かなさそうなので直球で行ってみる。

「ほう、私に話せることでしたら何なりと」

「ありがとうございます。先ほど、書物庫で王国の歴史について書かれた書物を読んでいたのですが、先代の聖女様が魔物に討たれたと書かれておりました。いったいどのような出来事だったのか気になったので、当時を知る方にお話を聞きたくて」

「確かに、その当時私は騎士団副団長でしたからな。多少はお話できます」

 ゆったりとうなずくウィリアムおじさん。よし、上手くいった。

「あの出来事は痛ましいものでした。先代の聖女様は自ら進んで魔物と対峙されるお方で、白の浄化を使われないときであっても、騎士団の先頭に立ち私たちを鼓舞しておられました。そんな先代の聖女様が、ある時陛下の命を受けて魔物の本拠地に向かうことになったのです」

 ここで彼は遠い目をした。当時を思い出しているようだった。

「その本拠地というのは、深い森の中にある村でした。建物は全て木で作られており、角や翼を生やした人型の魔物たちが暮らしていました。私たちは村の外で待ち、先代の聖女様お一人が村の奥に進まれました」

 彼の顔が苦痛にゆがむ。当時の苦痛が全く癒えていない、そんな顔だった。

「あの時、私も先代の聖女様について行っていれば……あいつらの好きなようにはさせなかったのに!」

 と、ウィリアムおじさんは急に我に返り、私に向かって一礼した。

「失礼いたしました、あの時のことを思い出すと、どうも冷静ではいられないのです。……先代の聖女様が一軒の屋敷に入られてしばらく経ったころ、その屋敷が白い光に包まれました。白の浄化に似ていましたが、ずっと強い光で、一方でその大きさはとても小さかったのをよく覚えています」

 結局、彼も現場は見ていないということか。

「それからしばらくして、私たちは村全体がとても静かになっていることに気づきました。斥候を出してみたところ、村はもぬけの殻になっておりました。そこには傷一つなく眠っておられるような聖女様の亡骸だけが残され、魔物たちはいつの間にか全て消えていたのです」

 魔族は強い魔力を持っているというし、転移などでこっそり村を抜け出したのだろうか。

「それらが判明した時、私たちに同行していた王太子殿下が命令されたのです。村に火を放て、と」

 ここで王太子の名前が出てくるとは思わなかった。この話だけではまだ彼の人となりを判断することはできないけれど。


「私たちはそのまま引き上げました。先代の聖女様の最期がどのようなものであったかは未だに分かっていません。ですが私は、今でもあいつらを許せずにいます。陛下も大いに悲しまれ、先代の聖女様の仇である人型の魔物を滅ぼすと宣言なされたのです」

 そう締めくくると、ウィリアムおじさんは悲しそうな笑みを浮かべた。

「さて、私の話せることはこのくらいです。いかがでしたか、聖女様」

「ありがとうございます、とてもためになりました」

 私が礼を言うと、ウィリアムおじさんはさらに悲しそうな顔になった。

「セレスティナ様、どうかあなたは生きてください。あなたに幸運があることをいつも祈っておりますよ」

 不意打ちで投げかけられた気遣いの言葉に、私は目頭が熱くなるのを感じながら頭を下げた。




 さて無事にウィリアムおじさんからの情報収集は成功した訳だけど、まだアルフレッドに突撃するには早いかなあなどと廊下で考え込んでいたら、息を切らしたナタリアが呼び止めてきた。どうやら聖堂から走ってきたようだ。

「ああ、セレスティナ様やっと見つけました! 街でラファエル様に偶然会いまして、そうしたらラファエル様がセレスティナ様にお会いしたい、と」

「あら、どういった用件なのでしょう」

「ラファエル様とモニカは今日王都を経つので、その前にお見せしたいものがあるとか」

「分かりました。二人は今どちらに?」

「いつもの宿屋にいます。一緒に行きましょう」

 見せたいものって何だろう。そういえばラファエルの研究が進んでるって言ってたし、その途中経過でも見せてもらえるのかな。

 私はナタリアに従い、王城を出て城下町に向かった。




 二人は城下町のいつもの宿屋で私たちを待っていた。ラファエルは笑顔で、モニカは何が起こるのか見当がつかないという顔だった。

「セレスティナ、いらっしゃい。ナタリアから聞いたとは思いますけど、見て欲しいものがあるんです」

 そう言ってラファエルが取り出したのは私の小指くらいの小さな白い石と、黒い塵の入った容器だった。この黒い塵はいつぞや私が触れて浄化したものと同じだろう。つまり、倒された魔物から放出された濃い「黒」のかたまりだ。そして白い石には青い線で複雑な模様が刻まれている。

 ラファエルは白い石をそっとつまむと、黒い塵に慎重に触れさせた。黒い塵は白い石に触れたところから透き通り消えていく。ちょっと待って、これってもしかして。

「この通り、とても小さな規模ですが浄化の再現に成功しました」

「凄いじゃないラファエル!」

 思わずラファエルに飛びつくモニカ、ぽかんとする私とナタリア。本当に凄い、ほんの少しとはいえ浄化の力を再現するなんて。

 シルヴィオの話のせいですっかり忘れかけていたけれど、そう言えばラファエルの研究は私の希望の星だった。この白い石はその第一歩だ。いずれ大型化されて量産されれば、私が白の浄化を使わなくても、魔術師たちが魔物を浄化できるようになるだろう。そしていずれは、浄化の魔法具が作られるかもしれない。

 私が死ぬ可能性が少し減ったのは事実だ。それはとても嬉しい。だが、本当に手放しで喜んでいいのだろうか。

 魔族を無理やり浄化しようとした先代の聖女。その話を聞いてしまった今、誰でも浄化を使えるかもしれないという未来はどこか不安を感じるものだった。

 消そうとしても消せない不安感を感じながら、私もモニカに続きラファエルに賛辞を贈ったのだった。



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