26.黄金の聖騎士と黒の狩人
建国祭最終日。またもナタリアにおしゃれをさせられる。今日呼び出されてるのが誰かは考えるまでもない。確実に呼ばれそうなのにまだ呼ばれていないあの人だ。その人に合わせたらしい本日の私の装いは、両サイドの髪だけを軽く編んで後ろに流して留め、フリルレースのついた赤いボレロと裾に透かし模様が入った白いワンピースだ。……この三日間で一番甘いコーディネートである。ナタリア的に、彼にはこういう格好が釣り合うと思っているのだろうか。当たっているような気がしなくもないのが恐ろしい。
案の定待ち合わせ場所にいたのはジークだった。気のせいか落ち着きがない。私が声をかけるとまず満面の笑みになり、それから目を見張り、ちょっと赤くなった。表情が忙しい。彼は張りのある白いシャツに細身のズボンというシンプルないでたちもあって、騎士団の副団長ではなく普通の若者のように見える。普通ではないな、どっちかと言わなくてもスーパーモデルに近い。
「ええと……ティナ、と呼べばいいのかな。前に機会があれば口調を改めてほしいと君に言われていたが、こんな形でその機会がくるとは思わなかった」
ためらい気味ではあるがまあまあ敬語は外せています、合格。
「ふふ、その機会がきて私も嬉しいわ」
私は普通に答えたつもりだったが、ジークは結構驚いていた。そう言えばジークにこんな話し方をしたのは初めてのような気がする。
「すまない、少し驚いただけだ。君もそのような話し方ができるんだね」
「友達と話すときはこんな感じなのよ」
「そうか、それは知らなかった」
……誰と誰が喋ってるんだって感じだな、違和感しかない。初日のフィニアン&アドリアン組のときより違和感がすごい。なぜだ。
「それよりジーク、そろそろ行きましょう? せっかくナタリアがお膳立てしてくれたんだから」
「そうだね。と言っても私は建国祭にはあまり詳しくないんだ。いつもはずっと警護に回っているから。実は今日も、夕方の少し前には警護に戻らないといけなくて」
「だったら、まだ回っていないところに行きたいわ。あっちの方とかどうかしら」
「いいね、行こうか」
繰り返しますがこれは私とジークの会話です。敬語を外しただけでここまで変わるものなのか。
「ああ、その前にこれを」
そう言ってジークが差し出したのは小さな赤い薔薇のような花だった。
「ティナは知らないと思うけれど、建国祭の最終日には男性から女性にこの花を贈るしきたりがあってね。女性はこれを一日髪に飾って過ごし、陛下の最後のお言葉のあと王都の中心を流れる川に流すんだ」
元現代日本人からすると、赤い薔薇を贈るというのは愛の告白のイメージがあるので少し落ち着かない。
「友人や家族からも贈られるから、大家族の奥さんなんかだと頭中花だらけになってとても華やかなんだ」
なるほど、そういう感覚のやつですね。だったら安心して受け取れる。
「そうなのね、素敵だわ」
「動かないで、今髪に挿すから」
ジークが注意深く左耳の上の編んだ髪に花を挿してくれた。どうかな? と小首をかしげてみる。
「似合っているよ」
自分では見えないが、今日の服装にこの花はとても良く合っているはずだ。たぶんナタリアはここまで調べ上げて服を決めたのだろう。
ジークと並んでゆっくりと街の中心に向かう。この建国祭で最もにぎわっている界隈だ。昨日や一昨日に見たものと似たような、しかしもっと大がかりで豪華な出し物がたくさん並んでいる。数多くの大道芸人や吟遊詩人が道端で芸を披露しており、それらを眺めながら歩くだけでも十分に楽しめる。そして今日は新たに、件の花を売る花売りたちがあちこちに出現していた。街を行く女性たちも、みな花を髪に挿していてとても華やかだ。
その人込みの中にどこかで見たような顔があった。どこかで見たような、けれど何か違うような、誰だったかな?
私が答えにたどり着くより早く、その人物は私を見て笑顔になると大股でこちらに歩いてきた。近づいてくるその顔を凝視して、やっと私はそれが誰か気が付いた。髪はいつもの赤ではなく黒だが、決してここにいるはずのない人。ちょっとレックスなにやってるの!!
「やあティナ、楽しんでるかい?」
ん? 私をそう呼ぶということはもしかして?
「お察しの通りナタリアの差し金だよ、この髪もね。いやあ、お祭りは楽しいねえ」
あっけらかんと笑うレックス。どうやらナタリアは彼に染め粉を渡して目立つ髪の色を変え、脱獄を手伝ったようだ。お祭りだからって何てことをしているんだ。いやレックスも機会があれば城下町に行ってみたいとは言っていたけれど。
あまりのことに頭をかきむしらんばかりの私の傍らで、ジークがきょとんとしている。彼はどういう知り合いなのかといぶかしんでいるようだ。
「ティナ、こちらの方を紹介してもらってもいいかなあ」
「ええ。こちらはジーク、私の……友人です」
改めて考えてみると私とジークの関係は説明が難しい。大雑把にまとめれば友人で合っているとは思う。今ナタリアの嘆き声が聞こえたような気がするが無視する。
「ジーク、こちらは私の友人の……」
ひとまずはレックスについても友人ということにしておく。正確には囚われの王族にして私の護身術の師匠だけど、さすがに内緒にしておくべきだろう。それはそうとして、名前も伏せておかないといけないような。
私がそこで言いよどんでいると、レックスが割り込んでくれた。
「私はロイ。ティナの友人同士よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく、ロイ」
二人はそのまま握手を交わしているが、ジークはまだレックスの正体が気になっているようだった。無理もない、レックスは変装していてもなお王族の貫禄のようなものがにじみ出ているのだから。ぎりぎりお忍びの貴族に見えなくもないが。
「それにしてもティナ、今日はめかしこんでるね。見違えたよ」
さらりと息をするように褒めてくるレックス。ジークが悔しそうに見えるのは気のせいか。
「さて、挨拶だけっていうのももったいないけれど、私はあまり一つ所に長居はできなくってね」
それはそうでしょう、脱獄中なんですから。顔を覚えられるのはまずいでしょう。
レックスは通りがかった花売りを呼び止めると、例の花を買い私の髪に挿してくれた。ジークにもらった花の隣だ。ジークの眉間にしわが寄ってきたのは気のせいか。
「それではこれで失礼するよ。二人とも、お祭り楽しんでね」
彼は現れた時と同様にあっという間にいなくなってしまった。ジークはやや不機嫌そうな顔で「変わったお友達……だね」とつぶやいた後、私の手を引いてレックスが去ったのとは反対の方向に歩き始めた。
「少し驚いたけど、気を取り直してお祭りを楽しもうか。ほらティナ、あちらにも面白そうなものがある」
ジークが不機嫌そうに見えたのも一瞬のことで、もういつも通りの彼に見える。そもそもなぜ機嫌が悪かったのか分からないけど。レックスって別に他者に不快感を与えるタイプだとは思えないんだけどなあ。
そうして二人であちこち回っていると、また意外な顔に出くわした。
「あ、ヴィーカ」
「お、セレスティナか」
彼はナタリアの差し金ではなかったようです。呼び名で判断できるというのもおかしな話だけれど。いや、そもそもヴィーカはナタリアと面識がなかったか。
「偶然ですね、こんなところで会えるとは思いませんでした」
「だな。にしてもあんた見る度に格好が変わるな。そういうのもいいぜ」
私たちが短くも親しげに挨拶を交わしていると、またジークの眉間のしわが復活した。おっといけない。とりあえずジークとヴィーカに互いのことを紹介する。ジークは大森林のことを思い出すと暗くなりがちなので、そこには触れないようにヴィーカのことは「ちょっとした知り合い」としておいた。ヴィーカにもジークが騎士であることは伏せておく。
と、見つめあっていた二人の間の空気が突然変わった。凄腕の騎士同士が剣を構えて向かい合っている時の張りつめた空気によく似ている。
「君……一度腕前を見てみたいものだね」
「あんたこそ、結構できそうだよな」
挑発しあっているような認め合っているような微妙な関係に見えるが、まだまだ武人としては駆け出しの私にはまだ理解できない。駆け出さないでくださいー、とナタリアの悲鳴が聞こえたような気がしたがやはり無視する。
「っと、あんたの連れのお嬢様が置いてけぼりくらってるぞ」
ぽかんとしている私を指してヴィーカが言った。
「ああ、済まないティナ。君のお友達が手練れのようだったのでね、つい真剣になってしまった」
いいのよ、と笑って首を横に振って応えた。それを見たヴィーカが、「へーえ」と得心したような顔をしている。
「あんたらずいぶん親しげだな。そういうことか?」
どういうことだ。
「ま、ジークの目の前でなんだけどさ、これもしきたりだからな」
そう言ってヴィーカはレックスと同じように花を買い、私の髪に挿す。左耳の上の花はこれで三つ目。
「じゃあなセレスティナ、ジーク。家族以外の花がこれ以上増えないといいな」
なんだかよく分からない声援をジークに送ると、ヴィーカもさっさとよそへ行ってしまった。一方のジークはあっけにとられた顔とそこはかとなく恥ずかしげな顔とが混ざり合った複雑な表情になっている。
「……ティナ、そろそろ疲れてないか? あちらで少し休もう」
ジークは複雑な表情のまま、私を連れて比較的静かな通りへ移動したのだった。
にぎやかな目抜き通りから二本ほど奥の通り、その一角に静まり返った広場があった。物売りたちの姿はなく、思い思いの場所でくつろぐ人の姿がちらほら見える。
「この広場だけとても静かなのね」
「みんなここを休憩所にしているんだ。私は前に建国祭の巡回をしていて偶然ここを知ったんだよ」
ここまでずっと歩き通しで少々疲れていたので、私たちは空いた長椅子に並んで腰かけることにした。私は背もたれに寄りかかって小さく伸びをし、くつろごうとしたのだが、よく見ると隣のジークが何だか暗い。どうしたんだろう、今日のジークはちょっと変だ。
「あの、ジーク大丈夫……?」
「セレスティナ様……今日あなたとご一緒するのが私で良かったのでしょうか」
あれ? 口調戻った? そして突然何を言い出した?
「ご友人たちと話しているあなたはとても楽しそうでした。私はあの方たちのようにあなたを楽しませられたのでしょうか」
そんなことを気にしてたのか、相変わらず真面目だなあ。
「大森林の時も私はあなたを守れなかった。私はあなたの騎士であるのに……私には何もできない」
あちゃあ、一人で考え込んでマイナス思考の堂々巡りにはまりこんでるみたいだ。しょうがないなあ。
こういう時はあれで行こう。私はそっと手を伸ばし、ジークの頭をぽんぽんと叩いた。いい子いい子。
「私はあなたがいてくれるだけで嬉しいです、ジーク」
私の嘘偽りのない気持ちを言葉にする。もっと気の利いた事言えないのかなあ私、などと思っていたのだが、ジークにはそれで十分だったらしく泣きそうな笑顔を返してくれた。
「申し訳ありません、少し弱音を吐きました……ありがとう、ティナ。これからも、どうか傍に」
どういたしまして、ジーク。こちらこそこれからもよろしくね。




