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25.微笑の魔術師と怜悧なる侯爵


 建国祭二日目。私はまたナタリアに身支度をされ、行ってらっしゃいませと送り出される。昨日と同じ場所で待てとのことだ。今なら出荷前の牛の気分が分かりそうだ。ちなみに私の装いは昨日とは違い、髪は低めのポニーテールで飾りは控えめ、服も優しい水色のワンピースで、昨日のものよりシンプルだが上品なつくりのものだ。なぜここまで装いに凝るのだろうか。

 その疑問は待ち合わせ場所についた時に解決した。ナタリアめ、エスコートさせる男性に合わせて私の格好を変えてやがる!


 待ち合わせ場所にいたのはラファエルとアルフレッド。ここにはいないナタリアに聞きたいことは山ほどある。まず、どうやってラファエルとモニカを引き離したのか。そして多忙なはずのアルフレッドを何と言って引きずり出したのか。あと、どうしてこの二人の取り合わせなのか。相手をする私の身にもなってほしい。

 二人は何やら熱心に話し込んでいる。そういえばこの二人、初対面から魔法の話で盛り上がってたな。そこにゆっくり近づいていくと、私に気づいたらしいアルフレッドが声をかけてきた。

「おはよう、ティナ殿。君の怖いもの知らずの侍女殿から説明は受けている」

 怖いもの知らず……今回彼女がしでかしたことからするとそうだろう。しかし彼女はいつもはかなりの怖がりなのに、よくアルフレッドにこんなとんでもない提案をできたものだ。

「しかし、口調を改めろと言われても、私はほぼいつもこの話し方だからな。このままで行くことにする」

「僕はちょっとだけ砕けた感じにすればいいのかな? お忍び、だよね?」

 彼らは昨日の二人よりあっさり状況になじんでいる。ちなみに、アルフレッドはいつもよりシンプルで質素な装いではあるがやはり貴族の装束で、ラファエルは黄色いローブは着ておらずごくありふれた普段着だが、どこかだらしない感じはいつも通りだ。

「はい、今日はよろしくお願いします」

 アルフレッドが貴族っぽい格好のままなので、私の口調もいつも通りの方がいいだろう。ああややこしい。

「それでは二人とも行くぞ。見ておきたいものがある、この建国祭の間しか見られないものだ」

 挨拶が済むと、すぐにアルフレッドが歩き出した。私とラファエルが後を追う。うーん、何か引率の先生と生徒みたいになっていないか?




 速足で歩くアルフレッドが目的地についたころには、ラファエルは肩で息をしていた。私は最近鍛えているせいなのか何ともない。

「ラファエル、大丈夫?」

「うん、大丈夫……アルフは足が速いね」

 いつの間に愛称で呼ぶ仲になったんですかあなたたち。そしてそのアルフは一張の天幕の前で私たちを待っていた。

「さあ入るぞ、二人とも」

「ここは何でしょうか?」

「魔術師の占い小屋だね」

「ああ。魔術師は王都には長く留まることが許されず、また彼らが王都内で魔法を使うことも許されていない。唯一の例外がこの建国祭だ」

「だから魔術師の出し物はこの三日間を逃すと王都では来年まで見られないんだよね」

 占い小屋とアルフレッド。なんともミスマッチな取り合わせだ。どうして彼はここに来たがったんだろうか?

 私の問いたげな視線を察知したのか、アルフレッドが言った。

「そうか、ティナ殿は魔法を用いた占いは知らないのだな。説明してやってくれるかラファエル殿。君の方が詳しいだろう」

「えっ、僕? 僕もこれは専門外なんだけどなあ。ええとね、魔法には色々な分野があるんだけど、その一つに『予知』というのがあるんだよ。この『予知』は、今現在の魔力の流れを知ることで、未来の魔力の流れを予測するというものなんだ。この小屋でやってる占いはそれを応用してる」

 何だか占いというより天気予報みたいだなあなどと思っていると、心なしかいつもより目を輝かせたアルフレッドが説明を引き継いだ。

「私は以前からその占いに興味を持っていたのだが、王都にいては見る機会がないからな。建国祭に魔術師がこうやって出向いてくるのを待っていた」

「そういうことだったのですか。……それで、アルフレッド様は何を占ってもらうのでしょうか」

 私が尋ねると、アルフレッドは心外だという顔をした。

「私を占わせる気はなかったのだが。予知の魔法自体に興味はあるが、不確かな未来を言葉にされるのは好まない」

「ええと……でしたら必然的に、占ってもらうのはラファエルになるような……」

 私も教会の者だし、不用意に魔術師と関わらない方が賢明だろう。ということは消去法で一択だ。

「あ、そうか。うわあ何を占ってもらおう。占い師にどう質問するかで精度が変わるんだよね、あれ」

「ならばできるだけ精度が高くなるような質問を頼む」

「善処してみるよ」

 やっぱりこの二人「が」仲良くなってる気がする。ナタリアとしてはこの二人「と」私を仲良くさせたかったのだろうけど。




 そうして私たちは一列になって天幕の入り口をくぐった。中は小さな魔法の明かりが星のように揺らめいているだけで、まるで夜のように暗かった。奥にヴェールとたっぷりとひだをとった長い衣をまとった占い師が床に座っているのが見える。その前にはとても複雑な魔法陣が刻まれた大きな低い机があり、机のこちら側には綿の入った大きな敷布が敷かれている。ラファエルが真っ先にそこに腰を下ろし、アルフレッドと私もそれにならった。

「先見を望む者よ、貴方の問いは何でしょうか」

 中年の女性のものらしい、穏やかで抑揚のない声がそう言った。ラファエルは一つ一つ言葉を選びながら質問を紡ぐ。

「僕の追い求めるものの先に、救いはありますか」

 なんだその抽象的極まりない質問は。しかも意味不明だ。

 意表をつかれてあぜんとする私とは対照的に、占い師は落ち着いた様子で魔法陣に触れ忙しく指を動かし始めた。楽器でも奏でているような優雅な動きだ。それに合わせて、魔法陣のあちこちが光っては消える。

「求めるものはその手の中に……そして青い風がもたらす変革……留まれ、その先に救いは来たる」

 占い師がそれだけ言うと、魔法陣の光はすべて消えた。占い師はそのまま会釈する。あれ、占いって今ので終わりなの?

 しかしラファエルはこれで納得したらしく、晴れ晴れとした顔で立ち上がった。




 天幕を出て少し歩いたところで、アルフレッドがラファエルに聞いた。

「それでラファエル殿、今の占いについてどう思う」

「大体のところは納得がいきました。詳細は明かせませんが、僕はあるものをずっと求めてきたんです。そのために魔術師として研鑽を積んできたのだと断言できるくらいに。それがこの手にあると言われて、こんなに嬉しいことはありません」

 ラファエルは興奮気味だ。口調もいつものものに戻ってしまっている。

「変革というのが何を指しているかというのは見当がつかないんですが、それでもその後に全てが報われるんです、きっと」

 あ、ラファエルが自分の世界に入り始めた。

「ずっと……あのときからずっと、僕は求めてきた……救われる日を待っていた……たとえ不確かな予知の占いでも、その日が来ると言われたことが僕には嬉しい」

 珍しく、ラファエルが悲しげな表情になった。いつもつかみどころのない微笑みを絶やさない彼であったのに。口元にはいつもの笑みが浮かんでいるのに、目はどこか遠くを見ている。

 ラファエルがラファエルでなくなりそうな気がして手を伸ばすと、彼はそっと私の手を取り悲しげな微笑のままささやいた。

「ありがとう。あなたが全ての始まりです」

 私もアルフレッドも、今のラファエルにかける言葉が見つからずにただ立ち尽くすだけだった。




 それから少しして、ラファエルが突然「あ、僕変なこと言ってましたね?」といつものゆるい調子に戻ったので、何とも言えない空気を抱えたまま再び三人で歩き出すことにした。この辺りは魔術師たちの出店が多いようで、魔術都市でも見かけた魔法を駆使した芝居小屋もあった。それらを見物しながらさらに歩いていると、突然声をかけてきた者がいた。

「おーいラファエル、ちょっと手を貸してくれ!」

 それはラファエルの顔見知りの魔術師で、彼が言うには芝居小屋の演出に使う魔法陣の調子が悪くなったということだった。そこに魔法陣を専門に研究するラファエルが通りかかったので、魔法陣の修復に手を貸してほしいと頼みに来たのだ。

「ごめん、ちょっと行ってくるね。すぐに戻るから」

 そう言ってラファエルは芝居小屋の奥へ消えていった。私とアルフレッドは近くの長椅子で座って待つこととする。

「あの、アルフレッド様に聞きたいことがあります」

「何だ?」

「アルフレッド様はお忙しいのに、どうしてナタリアの頼みを聞いてくださったのでしょうか」

 せっかくの二人きりなので、朝からずっと気になっていたことを聞いてみた。

 アルフレッドは小さく笑うと、私の疑問に答えてくれた。

「確かに建国祭の間は警備の仕事が増えるのでいつもより多忙になるが、私も魔法を用いた出店を見てみたかったからな、どうにかして一日休みをとる予定だった。そして、その見学に同行する者がいても問題はない。だからナタリア殿には『二日目なら空いている、ただし行き先は私が決める』と答えたのだ」

 さすがはアルフレッド、見事に合理的な理由だった。これではナタリアが想像する乙女らしい休日にはなりそうもない。やっぱり彼女は人選ミスをしていると思う。

「……ただ、ナタリア殿の申し出は君にとっても良いものだと思ったのも確かだ。君は最近鍛錬やら何やらで私の頭痛の種を増やしてくれているが、それも君が周囲の役に立とうとしてのことゆえ、責めるのも酷だろう。そしてそうやって頑張っている君には息抜きも必要だと思った」

 頭痛の種についてはすみませんでした。それはそうとして、アルフレッドが私のこと気遣ってくれてるの!?

「若い女性は一般的に占いの類を好むと聞いている。魔法の芝居小屋も、とても華やかで見ごたえがあるものだった。だから……今日の散策は、君の気晴らしになっただろうか?」

 アルフレッドが少々言いにくそうにしながらこちらをうかがう。彼は普段偉そうなだけにギャップがすごい。というか嬉しい。ちょっとした気遣いがとっても嬉しい。

 なのでそのまま伝えてお礼を言ったら、アルフレッドがついと横を向いた。……もしかして照れてるの? 珍しいもの見ちゃった。案外可愛いところあるんだな、アルフレッドも。




 その後、修復を終え戻ってきたラファエルと合流し、さらにいくつか芝居小屋を見て回ったところで解散となった。ラファエルはモニカが迎えにきた(それまでモニカはナタリアと遊んでいたらしい)し、アルフレッドはそろそろ職務に戻らねばといって足早に王城に戻っていった。

 さあ、明日もまたナタリアに飾り立てられるんだろうし、今日はゆっくり休もう。



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