24.疾風の双騎士たち
二人に連れて行かれた先は、王都の東の端にある広場だった。祭りの中心からは外れているが活気は中々のものだ。辺りを眺めてみると、貴族や街の外から来た人間はこの辺りにはあまりいないようで、田舎の町内会のお祭りを思わせるような素朴さと一体感が辺りに漂っている。もしかしてこれは。
「ねえ二人とも、もしかしてこの辺りの出身だったりするの?」
「あ、そうで……そうだよ。えーっと……俺たちの家がこの近所にあるんだ」
フィニアンはまだ考えながら喋っているので、反応速度がいつもよりかなり遅い。
「すごいねティナさん、どうして分かったの?」
対するアドリアンはもう完全に普通に話してくる。
「この辺りの人たち、みんな互いに顔見知りに見えるのよ。それなのにあなたたちのことを気にしていないようだったから。一方で私のことはちらちら見ているし」
うん、二人は間違いなく人目を引く容貌の持ち主なのに、みんなそっちを見ないで私ばっかり見ている。おかげで落ち着かない。
「それはセ、ティナさんが可愛いからであって」
「おお、フィニアンがいっちょまえに女の子口説いてるぞ」
いきなり知らないおじさんが乱入してきた。毎日力仕事してます、という感じの引き締まった体のおじさんだ。ちょっとお酒も入ってるようだ。
「おっさん、今のはそういうのじゃないって」
「そういうのじゃなけりゃどういうのだよ? 大体、可愛いって褒めるのは口説き文句の王道だろうが」
「だから違うって!」
そのおじさんはフィニアンと不毛な言い争いを始めてしまった。アドリアンがくすくす笑いながら教えてくれる。
「この人は鍛冶屋のおじさんで、僕たちはいつもお世話になってるんだ」
「ようアドリアン、お前さんの片手剣そろそろ研ぎ直す頃合いじゃねえか? 祭りが終わったら持って来いや。祭りの間は酒飲むのに忙しいから持ってくるんじゃねえぞ」
器用にもフィニアンと言い争いつつアドリアンにも声をかけてくるおじさんだった。
「そんで別嬪の嬢ちゃん、こいつら二人とも将来はいい男になるぜ、今のうちにつばつけときな」
「わ、私は、えっと」
油断していたらこっちにも流れ弾が飛んできた。あわわわ。
「わっはっは! おい二人とも、嬢ちゃん赤くなってるぞ、こりゃあ脈ありだぜ良かったなおい」
これはもう流れ弾というより直撃くらった気分です。
やたらと陽気な鍛冶屋のおじさんが去った後、二人は同時に頭を下げて謝ってくれた。
「ごめん! おっちゃんいいやつなんだけど、割と遠慮がなくって」
「僕たちをからかってくるのはいつものことなんだけど、ティナさんまでからかうなんて思わなかった」
「いいのよ、少し驚いただけだから。……ああいう風に普通の人として扱われることって、今までなかったからちょっとだけ楽しかったし」
私の言葉に、二人は揃ってあっ、と言って顔を見合わせた。セレスティナである私には、聖女様として崇め奉られまくった記憶しかない。例外は育ての親であるレディ・ベアトだけだ。あとアルフレッドみたいな偉そうなやつは除くものとする。
「だからね、細かいことは気にしないでお祭りを楽しみましょう? 今日はお忍びだもの」
ここでやっと二人がいつもの調子に戻った。私たちは三人一緒にうなずくと、改めてお祭りを楽しむべく歩き出した。
それからはまず定番の食べ歩きにいそしみ、小腹が満ちたところでぶらぶらと歩く。街の中央の方には大道芸人などもたくさん来ているのだろうが、ここは街の端の方だからなのかそういった本職の芸人は少なく、代わりに近隣住民がそれぞれの芸を見せ合ったりしていた。素人の手品、子供たちの合唱、飼い犬に仕込んだ芸など。これはこれでほのぼのとして楽しめる。
そうこうしているうちに、木でできた即席の舞台のようなものが設置された広場に出た。人だかりができており、中の一人が大声で叫んでいる。
「さあさあ歌唱大会を始めるよ! 歌声に自信のある人はぜひとも参加を! 大概の曲なら伴奏をつけられるぜ!」
よく見ると、そうやって参加者を募集している人の手にはリュートのような楽器がある。あの人が伴奏担当か。
「おい、ちょっと行ってこいよ」
「うーん……でも今はティナさんとお祭りを回ってる途中だからなあ」
横で二人がごそごそと話し始めた。どうやらフィニアンがアドリアンに出場を勧めているようだ。
「アドリアンは歌えるの?」
「歌えるなんてもんじゃないよ、アディは俺が知る限り一番の歌い手だね」
「ちょっとフィン兄さん、大げさすぎるよ」
アドリアンは恥ずかしがっているが、フィニアンは自信満々だ。
「ねぇアドリアン、良ければあなたの歌声聞かせてくれないかな」
どれほどの歌声なのかがちょっと気になったのでお願いしてみた。アドリアンはやっぱり恥ずかしいようだったが、素直に承諾してくれた。伴奏担当の人のところに一人で歩いていく。
「へへ、久しぶりにアディが本気で歌うのが聞けるな」
フィニアンはとても楽しそうだ。つられて私もわくわくしてくる。そのまま二人でアドリアンの出番を待つこととなった。
歌唱大会の開始を待っている間にもどんどん人は増え、広場は人で一杯になった。フィニアンは私が人ごみに潰されないようにかばってくれている。そのまま他愛もない話に花を咲かせていたが、フィニアンは突然声をひそめると、そっと私の耳元にささやいた。
「さっきはおっちゃんに邪魔されたけど……今日のティナさん、本当に可愛いと思う。いつもの青い服も凛としていいとは思うけど、今みたいにごく普通の女の子として振舞ってるティナさんはもっと可愛い、と思う」
口調を変えているせいなのか話そうとしている内容のせいなのか、フィニアンの口調がさらにぎこちなくなっている。やがて彼はわしゃわしゃと自分の頭をかき回した。
「ああもう何て言えばいいんだろう! ごめん、俺自分でも何言ってるのか分からないや。とにかく、君が素敵だって言いたかっただけで……」
気づけば彼は見事に真っ赤になっている。一生懸命に気持ちを伝えようとしてくれたフィニアンに、私はそっと笑いかけた。
「ありがとう、フィニアン。私もあなたといられて幸せです」
あれおかしいな、私も何か顔が熱くなってきたような?
結局私たちはそれ以上会話を続けることができず、人ごみにもまれながら並んで黙りこくっていた。かばっていてくれるフィニアンの腕が背中に当たっているのが落ち着かない。そして沈黙がむずがゆい。しかし嫌な気分ではない。なんだろうこれ?
ありがたいことに、不思議な沈黙がそう長くならないうちに歌唱大会が始まった。参加者たちが次々と自慢の喉を披露していく。ずっと大聖堂で育った私ことセレスティナは聖歌以外はろくに知らないが、それでも歌詞と曲調で歌の種類は分かった。童謡、伝承や神話を歌ったもの、そしてやはり多いのが恋の歌。おっと今の人が歌ってるのは笑える曲だ。カラオケでネタ曲を入れるノリだろう。
そしてついにアドリアンの番が来た。高く透き通った声が、普段のアドリアンからは想像もつかないほど朗々と響き渡る。
まずその声に酔いしれて、そして気づいた。彼が歌っているのは恋の歌だ。それも、どれだけ思えども決して叶わない恋の苦しみを切々と語る悲恋の歌。目を閉じて歌うアドリアンの声には尽きせぬ恋慕とそれ故の悲嘆が確かに乗せられていて、聞いている側の胸まで苦しくなってくる。油断するともらい泣きしてしまいそうだ。
歌い終えたアドリアンが一礼すると、辺りから割れんばかりの拍手が湧き起こる。よく見ると泣いている人も結構多い。それだけ彼の歌が素晴らしかったということだろう。
アドリアンが戻ってくると、既にいつもの調子を取り戻したフィニアンが大喜びで出迎えた。
「アディさすがだな! 今日は特に調子良かったな」
「そりゃあティナさんに聞いてもらうんだもの、本気を出さなきゃね」
「そうだな。ところで、何であの曲にしたんだ? お前の十八番は違う曲だろ?」
「あの曲が今の気分にふさわしいと思ったんだよ。なぜかは分からないけど、今ならあの曲を最高に美しく歌いあげられる、そんな気がして」
そう言うアドリアンの横顔は憂いに満ちて、フィニアンと同じ顔でありながら全く違う美しさをたたえていた。
それからも三人でお祭りを回り、結局私が二人に送られて客間に戻ったのは日が暮れるころだった。客間では先に戻っていたナタリアがわくわくした様子で待っており、私が戻るや否や尋ねてきた。
「セレスティナ様、今日はどうでした!?」
あまりにも目をキラキラさせているので、彼女の一連のたくらみやらなんやらについて問いただす気にはなれなかった。一応彼女なりに私を思ってのことではあるし。
「最初は驚いたけれど、楽しめましたよ」
今日あったあんなことやこんなことを思い出していたら、なぜか顔が少し熱くなった気がする。不可解だ。
しかしナタリアはそんな私の様子を満足そうに眺め、言い放った。
「それは良かったです。あ、明日と明後日も殿方に声をかけてありますので、頑張ってくださいね」
前言撤回! ナタリア鬼だ!
とは思ったものの、もはや拒否する気力もない私だった。




